藤城皐月物語

音彌

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第9章 修学旅行 京都編

414 伏見稲荷大社

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 伏見稲荷大社の境内に入ると、一段と高い所に楼門が聳え立っていた。左斜めから見上げる楼門は恐ろしく美しかった。青い空に手前の手水舎ちょうずやの銅葺屋根の緑青ろくしょうと、楼門の丹塗りの柱、尾垂木おたるき欄干らんかんの黄金色の断面の配色が雅やかだ。
「思ったより人が少ないよね?」
 手水舎で手と口を清めながら神谷秀真かみやしゅうま岩原比呂志いわはらひろしに言った。
「境内が広いから人が少なく見えるだけで、この先の千本鳥居は人の密度が高くなっていて、行列になってると思うよ。油断するとまた遅れるから」
 比呂志は秀真の楽観的な言葉を単独行動の罪滅ぼしのつもりで言っているものだと看破した。そんな比呂志を見て、藤城皐月ふじしろさつきは比呂志の遅延回復の本気度を知り、自分の考えの甘さを知った。

 皐月たち六人は階段から楼門を見上げた。この楼門は豊臣秀吉によって造営されたもので、大きな屋根は入母屋造いりもやづくり桧皮葺ひわだぶきだ。南北に延びる廻廊は切妻造きりづまづくり檜皮葺で、連子窓れんじまどには青緑色の格子が施されている。桃山風の豪華絢爛な楼門だ。
 楼門へ至る石段を上ると、楼門の手前には狛犬ではなく狛狐が置かれていた。皐月たち豊川市民にとって、狛狐は豊川稲荷で見慣れたものだ。狐は稲荷大神の眷属けんぞくという神の使いで、野山にいる狐とは違い、人の目には見えない霊的な存在だ。
「なあ、皐月こーげつ。豊川稲荷の大本殿の前にある狐って、何か咥えていたっけ?」
「いや、何も咥えていなかったはず。一の鳥居の狛狐も何も咥えていなかったと思う」
 伏見稲荷の狛狐の多くは玉・鍵・稲穂・巻物のいずれかを咥えている。楼門前の左の狐は鍵を咥えていて、右の狐は宝珠ほうじゅを咥えている。狛犬の阿吽あうんのようなていになっているが、意味は違うらしい。皐月と秀真はこれらの意味を調べたことがあるが、どうにも興味が持てなかった。

 楼門を抜けると目の前には外拝殿げはいでんがある。この外拝殿は八坂神社や下鴨神社で見た舞殿ぶでんのようだ。八坂神社の舞殿は拝殿の役割もあったという。
「なんだかどこの神社も造りが似てるね」
「確かにそうだね。いくら立派な造りでも、みんな似ている。続けて見ていると、さすがに感動が薄れるなぁ」
 珍しく栗林真理くりばやしまりと比呂志が二人で話をしていた。
「岩原君は飽きちゃったの?」
「ちょっとね。でも、神谷氏は飽きずに小さな神社を全部まわっていたんだよ。すごく楽しそうだった」
「皐月も全部の神社をまわりたそうにしていたな……」
「僕は正直、同じような神社ばかり見て何が面白いのかなって思ったけど、それは鉄道も同じだって気がついた。知識や情報があれば小さな差異がわかるし、意味や由来を知っていれば何でも面白いよ。そういうのって、どんな分野でも同じだよね?」
「そうか……専門家って知識があるから面白いんだ。だから神谷君は電車の中で伏見稲荷の情報をいっぱい教えてくれたんだ。確かに事前にいろいろ教えてもらっていると、何も知らずにここに来るより楽しいかも」
 真理は勉強も同じだな、と思い返した。受験勉強をし始めた頃はただ苦しいだけだったが、知識が増えるにつれて楽しくなってきた。大学に入って、好きなことを専門的に勉強したら楽しいんだろうな、と思った。

「ねえ、燈籠のデザインって一つ一つ違うみたいだけど、なんだろう……。もしかして星座?」
 吉口千由紀よしぐちちゆきが秀真に話しかけていた。
「そう。あれは黄道十二宮がデザインされた鉄灯篭だよ。明治時代に作られたんだって」
「山羊座を探していたんだけど、よくわからなくて……。並びから推測すると、あれだと思うんだけど」
 千由紀の指差したのは得体の知れない化け物だった。とても山羊には見えない。
「ああ、そうか……。黄道十二宮だから山羊座じゃなくて磨羯宮まかつきゅうだ。磨羯はメソポタミア占星術だと淡水世界の神のことだけど、インドに伝わったら魚のお化けになっちゃった」
「じゃあ、山羊とは関係ないんだね。まあ、私はなんでもいいんだけど、山羊座の人が可哀想になるデザインだよ、これ」

 皐月は真理や千由紀たちの写真を撮っていた。伏見稲荷も下鴨神社と同じで、写真にした方が美しさが際立っているように見えた。
「ねえ、藤城さん。二人の写真を撮らない?」
「いいね。撮ろう」
 藤城皐月と二橋絵梨花にはしえりかは顔を寄せ、自撮り写真を撮った。
「背景に社殿を入れたいな。誰かに頼んでみようか」
 皐月は近くにいた年配の女性に声をかけ、撮影を頼んだ。本当は写真慣れをした若い女性に声をかけたかったが、あいにく近くに女性はこの人たちしかいなかった。男性なら何人かいたけれど、皐月は大人の男の人が苦手だ。
「あなたたち、修学旅行で来たの?」
「はい。愛知県から来ました」
 女性との受け答えは皐月がした。
「二人で伏見稲荷に来たの?」
「いえ、六人で行動しています。他の子たちは今、それぞれ見たいところを見ています」
 話が長くなるのかな、と思っていたらすぐに写真を撮ってくれた。
「君たち、伏見稲荷っていつ建てられたのか知ってるかな?」
「はい、知ってます。711年に三ケ峰に稲荷神が降臨したのが伏見稲荷の始まりだそうですね」
「あら、よく知ってるわね。最近の小学生は良く勉強しているのね。じゃあ修学旅行を楽しんでね」
 女性たちと別れると、絵梨花が話しかけてきた。
「藤城さん。今の人たち、いい人だったね」
「うん。ちょっと驚くレベルだった。ああいう大人っていいな」
「お母さんより上の世代じゃない?」
「そうかもね。女の人の魅力って齢なんて関係ないんだな……」
 彼女たちは50代に見えた。皐月は彼女らに稲荷小学校の校長先生と同じ雰囲気を感じていた。
「藤城さんは年上の女性が好みなんだね」
「ハハハ。バレたか。でも、同級生も好きだよ」
 隣にいる絵梨花を見ると、楽しそうに笑っていた。

 伏見稲荷大社は今まで参拝してきた寺社に比べて一段とあけの色に満ちていた。皐月たちは外拝殿をまわり、本殿の前の内拝殿に出た。ここでは参拝者が引っ切りなしに鈴を鳴らしていた。
 石段を上り、注連縄しめなわの張られた唐破風からはふ屋根から中へ入って、内拝殿で二礼二拍手一礼をした。
「豊川稲荷と違って、雰囲気が明るいね」
 真理の表情も明るかった。
「そりゃ神社だからな」
「私ね、皐月の自由研究を書き写していて、豊川稲荷に行ってみたくなったんだよ」
「そうか。じゃあ今度一緒に行こうか」
 皐月は幼馴染なのに、一緒に豊川稲荷へ行ったことがなかった。豊川稲荷があまりにも近過ぎて、わざわざ参拝に行くような所だとは思っていないからだ。
「受験が終わったらね。それと、伏見稲荷ももう一度ゆっくりと参拝してみたいな。今日はこのまま急いでまわらなければいけないんでしょ?」
「修学旅行だからしゃーないな。伏見稲荷もまた来なくちゃいけないね」
 さすがに皐月と真理は絵梨花たちのいる前で、また一緒に来ようとは言えなかった。
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