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第9章 修学旅行 京都編
435 怖い女子
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6階に着くと、エレベーター前に6年1組の担任の太田先生が待っていた。太田先生は中堅の男性教員で、北川先生と違って落ち着いた雰囲気がある。
「貴重品の提出、あとは藤城君だけだぞ。貴重品袋は用意してきた?」
「はい。今すぐに出します」
旅館内では盗難や紛失を防止するため、透明のビニール袋を用意して記名をし、そこに財布や家の鍵などを入れて提出しなければならない。
「話は神谷君と岩原君から聞いているよ。実行委員の仕事、御苦労さま」
太田先生に頭を下げ、藤城皐月は自分たちの部屋の608号室へ入った。部屋のドアは開けたままにしなければならず、靴を下駄箱に入れて襖の奥の部屋に入った。
「遅かったじゃねーか!」
真っ先に皐月に声をかけてきたのは花岡聡だった。聡は教室で馬鹿話をする皐月の親友だ。
「ちょっと実行委員の仕事をしてたんだよ」
時間ぎりぎりにホテルに到着したというよりも、委員会の仕事をしていたと言っておいた方が聞こえが良い。聡の顔を見ると江嶋華鈴と過ごした余韻が全て消え、夢から現実に引き戻されたような感覚になった。
608号室には同じ班の神谷秀真や岩原比呂志がいなかった。名簿順で2部屋に分けられたので、幼馴染の月花博紀とも同室にはならなかった。
修学旅行のしおりの「旅館での過ごし方」には「必要のない限り、部屋から出ない」と書かれている。秀真や比呂志と分断されることに、皐月は今さらながら憤りを感じ始めていた。しおり作りの時に、この文章をこっそり削除しておけばよかったと後悔した。
「もう体験学習が始まるぞ。7階の会議室に移動しようぜ」
籤引きで部屋長になった村中茂之に促され、皐月たちは階段を上って一つ上の7階へ上がった。稲荷小学校の方針として、大人数で一斉に移動する時はエレベーターの利用を禁止している。
会議室は修学旅行生の使用を前提としているため、広めに作られていた。スタッキングテーブルはやや奥行きが狭いが、稲荷小学校の130人の児童でも窮屈な思いをすることなく席に着くことができる。しおり作りの段階では、席順をあらかじめ決めることが難しかったので、入室した順に席を詰めて座ることにしてある。
皐月たちが会議室の前に来ると、微かにいい匂いがした。匂い袋を作る体験教室がここで開かれることになっている。この企画は女子児童から好評らしく、稲荷小学校の修学旅行では恒例行事になっている。
入口付近で6年3組の男子児童たちがたむろしていた。皐月には彼らがあえて中に入らないようにしてるんじゃないかと思えた。
皐月たち6年4組の児童たちは彼らを気にせず会議室の中に入ると、次に座る席は3組の野上実果子の隣からだということがわかった。
「藤城、お前が野上の隣に座れよ」
「いいのか? ラッキー」
「野上の隣を喜ぶのはお前だけだよ」
5年生の時に同じクラスだった堀内怜央は実果子のことをいまだに怖がっている。怜央と実果子の間で直接何かがあったわけではないが、キレた時の実果子の怖さを知っている。女子たちとのトラブルで暴力沙汰を起こした実果子を目の当たりにした同級生たちは実果子のキレ方がトラウマになっている。
「おう、野上。メイク落としたのか」
「実はさ、うっかりリップ落とさないでホテルに入っちゃったんだ。そしたら、北川に怒られちゃってさ。あいつ、学校から出たら急に偉そうになりゃがって……」
「5年生の時みたいに、邪魔者扱いされるよりはマシなんじゃね?」
「私も公共の場じゃ怒るわけにもいかないから耐えたけどさ、あいつマジむかつく」
実果子の話から、6年生になってからは問題を起こさない限り放置されているような感じがした。
「お前、変わったよな。成長したじゃん」
「うるせーな。上から目線で言ってんじゃねーよ」
「でも、あまり感情を抑え込まない方がいいよ。ストレスが溜まるだろ?」
「煽るようなこと言うなよ。後で面倒になるのは嫌なんだ」
教室では誰とも慣れ合うことをしない実果子が皐月と楽しそうに話しているので、周りの児童たちが皐月と実果子のことを不思議そうに見ていた。実果子と話をしていると、いつも周囲から変な目で見られる。
テーブルの上にはすでに匂い袋を作る材料が置かれていた。児童の席の前には小さなボールとスプーン、洗濯挟みが置かれていて、おおよそのグループごとに瓶に入れられた香原料と、色取り取りの布袋や紐が用意されていた。瓶には原料の名前が書いてあるシールが貼られていた。
「先生、この中に女にモテる匂いってあるのかな?」
隣に座っている花岡聡が瓶のラベルを見ながら目を輝かせていた。聡は女がらみの話をする時、いつも皐月のことを先生と呼ぶ。
「フェロモンみないなやつだよな……。ああいうのって動物から出るもんじゃないのか? さすがに小学生の体験学習には使われないだろ」
「そりゃそうか。小学生だもんな。それにフェロモンなんて高そうだし」
聡の反対側の隣にいる実果子に脇腹を突かれた。腕を引っ張られ、顔を近くに引き寄せられた。
「なあ、お前もあいつみたいにエロいこと考えてるのか?」
実果子は小さな声で皐月に話しかけた。皐月も小声で答えることにした。
「まあ、少しはな。そういう年頃じゃん、俺たちって」
「イヤらしい奴だな」
実果子は少し頬を赤く染めていた。皐月は「俺たち」を聡とのことで言ったつもりだったが、実果子は自分とのことと勘違いをしているのかもしれない。皐月はこの仮説の検証をしてみたくなった。
皐月がからかうつもりで顔を覗き込むと、実果子の頬がさらに赤くなった。やっぱり実果子もフェロモンからエロいことを連想したようだ。
「貴重品の提出、あとは藤城君だけだぞ。貴重品袋は用意してきた?」
「はい。今すぐに出します」
旅館内では盗難や紛失を防止するため、透明のビニール袋を用意して記名をし、そこに財布や家の鍵などを入れて提出しなければならない。
「話は神谷君と岩原君から聞いているよ。実行委員の仕事、御苦労さま」
太田先生に頭を下げ、藤城皐月は自分たちの部屋の608号室へ入った。部屋のドアは開けたままにしなければならず、靴を下駄箱に入れて襖の奥の部屋に入った。
「遅かったじゃねーか!」
真っ先に皐月に声をかけてきたのは花岡聡だった。聡は教室で馬鹿話をする皐月の親友だ。
「ちょっと実行委員の仕事をしてたんだよ」
時間ぎりぎりにホテルに到着したというよりも、委員会の仕事をしていたと言っておいた方が聞こえが良い。聡の顔を見ると江嶋華鈴と過ごした余韻が全て消え、夢から現実に引き戻されたような感覚になった。
608号室には同じ班の神谷秀真や岩原比呂志がいなかった。名簿順で2部屋に分けられたので、幼馴染の月花博紀とも同室にはならなかった。
修学旅行のしおりの「旅館での過ごし方」には「必要のない限り、部屋から出ない」と書かれている。秀真や比呂志と分断されることに、皐月は今さらながら憤りを感じ始めていた。しおり作りの時に、この文章をこっそり削除しておけばよかったと後悔した。
「もう体験学習が始まるぞ。7階の会議室に移動しようぜ」
籤引きで部屋長になった村中茂之に促され、皐月たちは階段を上って一つ上の7階へ上がった。稲荷小学校の方針として、大人数で一斉に移動する時はエレベーターの利用を禁止している。
会議室は修学旅行生の使用を前提としているため、広めに作られていた。スタッキングテーブルはやや奥行きが狭いが、稲荷小学校の130人の児童でも窮屈な思いをすることなく席に着くことができる。しおり作りの段階では、席順をあらかじめ決めることが難しかったので、入室した順に席を詰めて座ることにしてある。
皐月たちが会議室の前に来ると、微かにいい匂いがした。匂い袋を作る体験教室がここで開かれることになっている。この企画は女子児童から好評らしく、稲荷小学校の修学旅行では恒例行事になっている。
入口付近で6年3組の男子児童たちがたむろしていた。皐月には彼らがあえて中に入らないようにしてるんじゃないかと思えた。
皐月たち6年4組の児童たちは彼らを気にせず会議室の中に入ると、次に座る席は3組の野上実果子の隣からだということがわかった。
「藤城、お前が野上の隣に座れよ」
「いいのか? ラッキー」
「野上の隣を喜ぶのはお前だけだよ」
5年生の時に同じクラスだった堀内怜央は実果子のことをいまだに怖がっている。怜央と実果子の間で直接何かがあったわけではないが、キレた時の実果子の怖さを知っている。女子たちとのトラブルで暴力沙汰を起こした実果子を目の当たりにした同級生たちは実果子のキレ方がトラウマになっている。
「おう、野上。メイク落としたのか」
「実はさ、うっかりリップ落とさないでホテルに入っちゃったんだ。そしたら、北川に怒られちゃってさ。あいつ、学校から出たら急に偉そうになりゃがって……」
「5年生の時みたいに、邪魔者扱いされるよりはマシなんじゃね?」
「私も公共の場じゃ怒るわけにもいかないから耐えたけどさ、あいつマジむかつく」
実果子の話から、6年生になってからは問題を起こさない限り放置されているような感じがした。
「お前、変わったよな。成長したじゃん」
「うるせーな。上から目線で言ってんじゃねーよ」
「でも、あまり感情を抑え込まない方がいいよ。ストレスが溜まるだろ?」
「煽るようなこと言うなよ。後で面倒になるのは嫌なんだ」
教室では誰とも慣れ合うことをしない実果子が皐月と楽しそうに話しているので、周りの児童たちが皐月と実果子のことを不思議そうに見ていた。実果子と話をしていると、いつも周囲から変な目で見られる。
テーブルの上にはすでに匂い袋を作る材料が置かれていた。児童の席の前には小さなボールとスプーン、洗濯挟みが置かれていて、おおよそのグループごとに瓶に入れられた香原料と、色取り取りの布袋や紐が用意されていた。瓶には原料の名前が書いてあるシールが貼られていた。
「先生、この中に女にモテる匂いってあるのかな?」
隣に座っている花岡聡が瓶のラベルを見ながら目を輝かせていた。聡は女がらみの話をする時、いつも皐月のことを先生と呼ぶ。
「フェロモンみないなやつだよな……。ああいうのって動物から出るもんじゃないのか? さすがに小学生の体験学習には使われないだろ」
「そりゃそうか。小学生だもんな。それにフェロモンなんて高そうだし」
聡の反対側の隣にいる実果子に脇腹を突かれた。腕を引っ張られ、顔を近くに引き寄せられた。
「なあ、お前もあいつみたいにエロいこと考えてるのか?」
実果子は小さな声で皐月に話しかけた。皐月も小声で答えることにした。
「まあ、少しはな。そういう年頃じゃん、俺たちって」
「イヤらしい奴だな」
実果子は少し頬を赤く染めていた。皐月は「俺たち」を聡とのことで言ったつもりだったが、実果子は自分とのことと勘違いをしているのかもしれない。皐月はこの仮説の検証をしてみたくなった。
皐月がからかうつもりで顔を覗き込むと、実果子の頬がさらに赤くなった。やっぱり実果子もフェロモンからエロいことを連想したようだ。
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