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第2章 2学期と思春期の始まり
57 一斉下校
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始業式の日は一斉下校だ。全校生徒が校庭に集まり、班旗を持った班長のもとに集まって順次帰路につく。藤城皐月は栄町2班で、月花博紀は栄町1班。同じ町内でも大通りをはさむと班が違ってくる。
各班の班長が校庭の所定の位置に立っていると、隣の班の博紀が皐月に話しかけてきた。
「今月のお前の席、いいな」
「そう? 先生の真ん前だけど」
皐月には博紀の言いたい事がわかっている。でもあえて知らんぷりを決め込んだ。
「俺、吉口さんが男子と喋ってるの初めて見た」
「そうだよな。実は俺もそうだった。吉口さんが自分以外の男子と話しているのって見たことなかったよ。でもあの子って話してみると普通の女の子だよ。見た目ちょっと怖そうだけど、ふとした仕草とか表情とかかわいいし」
「そうか……」
博紀は吉口千由紀の話がしたかったわけではなく、本当は二橋絵梨花の話がしたかったはずだ。あるいは皐月の家に住み込んでいる及川祐希のことなのかもしれない。
近くを通る五年生の女子がチラチラと博紀の方を見ていく。博紀のファンは同じクラスの中だけでなく、違うクラスや下級生にも多い。こんなにモテるくせにどうして博紀は俺と仲のいい女の子が気になるのだろう、と皐月はいつも不審に思う。
博紀の弟の直紀が皐月の班の今泉俊介と一緒に小走りでやってきた。五年生は六年生よりも元気がいい。
直紀は博紀と違って性格が朗らかなので、皐月は好感を持っている。博紀は外面は爽やかだが、皐月には負の感情を隠そうとしないでぶつけてくる。皐月はそんな博紀のことを嫌いではないが、鬱陶しいと感じることもある。
「なあ直紀、千智って今日どんな服着てた?」
「ちさと?」
「直紀のクラスの入屋千智のことだけど」
「……ああ、そういうこと! 皐月君、名前で言うからわかんなかったわ。なんで入屋のこと名前呼び捨てで呼ぶの?」
「昨日言ったじゃん。俺たち仲いいって。それに直紀だって名字呼び捨てにしてるじゃないか」
「何だよ、その『俺たち』って。なんか教えたくなくなっちゃったな~」
皐月は学校で千智を見かけたら手を振る約束をしていた。一斉下校の今はそのチャンスだ。少しでも千智を早く見つけられるよう、直紀に今日の服装を聞いておこうと思ったが、思わぬ抵抗にあってしまった。直紀は自分が思っているよりも千智のことが好きなようだ。
「俊介知らない? 千智の今日のファッション。もし知ってたら教えてよ」
「さぁ、どうだったかな? 体操服じゃなかったっけ、知らんけど」
「俊介、お前適当なこと言ってるだろ」
「皐月君の発言は俺たち入屋ファンを完全に敵に回したんだよ。わかってる?」
俊介は直紀と違って皐月のことを面白がっている。
「また女の子の話してるんでしょ。皐月君と俊介君は女の子のことばっか話してるよね」
班の集合場所に四年生の山崎祐奈がやって来た。祐奈は大きくなるにつれて恋バナに敏感になってきた。
「祐奈ちゃん知ってる? 入屋さんの今日のファッション」
「知ってるよ。黒のワンピースに黒のキャップかぶってた。なんかいつもと雰囲気が違って格好よかったよ」
「ありがとう。やっぱファッションのことは祐奈ちゃんしか頼りにならんな~。そういえば今朝、祐奈ちゃんを見た時に思ったんだけど、祐奈ちゃんの今日のジャンスカ、新しいのだよね。超かわいいね」
今頃になってファッションを褒めるのもおかしいが、皐月は祐奈に少しでも気持ち良くなってもらいたかった。
「ありがとう。ジャンスカ着るの初めてだからドキドキしてた」
「すごく似合ってるよ。着こなしもカンペキ!」
嬉しそうにしている祐奈を気にかけつつ、皐月は千智を見つけられるよう周りに視線を巡らせていた。低学年の子たちが次から次へとやって来て、各班に分かれていく。皐月の班にも四年生の近田晶が一年生の弟の近田光の手を引いてやって来た。そのすぐ後ろに三年生の岩月美香もいた。これで皐月の班の子が全員揃った。
人の流れから考えると、今日はもう千智にはもう会えないかもしれない。人の波から目を戻して班の子たちを見ようと思った時、視界の隅に人の流れに逆らうように歩いている黒い服を着た子を見つけた。
(千智だ!)
千智を見失わないように目で追い続けた。少しでも目線があったら大きく手を振ってやろうと思った。千智は背の低い外国人の女の子と手をつないでいる。
千智と目が合った。皐月は背伸びをして大きく手を振った。千智も皐月に気が付いたようで、大きく手を振り返してくれた。
だが嬉しそうな千智の顔が一瞬で強張った顔になり、一礼して踵を返した。皐月が博紀の方を見ると博紀も軽く手を挙げていた。博紀の顔はかすかに引き攣っていた。
「皐月君、誰に手を振ってんの?」
美香が無邪気に聞いてきた。
「クラスの友達」
皐月の嘘に博紀は何も言わなかった。
「嘘! あれ、入屋さんじゃん!」
祐奈にあっさりバラされた。せっかく直紀に気を使って博紀が黙っていてくれたのに、これでは台無しだ。
「祐奈ちゃん、目、いいね」
「私が服、教えてあげたんだよ。間違えるわけないじゃん」
無邪気な祐奈に皐月は文句を言う気にもなれない。
「あ~あ、直紀にバレちゃった」
「いいよ皐月君、変な気を使わなくたって」
直紀は皐月が心配するほど千智に気があるわけではないようだ。そういえば直紀は千智のことをいいとは言っていたが、好きじゃないとも言っていたことを思い出した。
各班の班長が校庭の所定の位置に立っていると、隣の班の博紀が皐月に話しかけてきた。
「今月のお前の席、いいな」
「そう? 先生の真ん前だけど」
皐月には博紀の言いたい事がわかっている。でもあえて知らんぷりを決め込んだ。
「俺、吉口さんが男子と喋ってるの初めて見た」
「そうだよな。実は俺もそうだった。吉口さんが自分以外の男子と話しているのって見たことなかったよ。でもあの子って話してみると普通の女の子だよ。見た目ちょっと怖そうだけど、ふとした仕草とか表情とかかわいいし」
「そうか……」
博紀は吉口千由紀の話がしたかったわけではなく、本当は二橋絵梨花の話がしたかったはずだ。あるいは皐月の家に住み込んでいる及川祐希のことなのかもしれない。
近くを通る五年生の女子がチラチラと博紀の方を見ていく。博紀のファンは同じクラスの中だけでなく、違うクラスや下級生にも多い。こんなにモテるくせにどうして博紀は俺と仲のいい女の子が気になるのだろう、と皐月はいつも不審に思う。
博紀の弟の直紀が皐月の班の今泉俊介と一緒に小走りでやってきた。五年生は六年生よりも元気がいい。
直紀は博紀と違って性格が朗らかなので、皐月は好感を持っている。博紀は外面は爽やかだが、皐月には負の感情を隠そうとしないでぶつけてくる。皐月はそんな博紀のことを嫌いではないが、鬱陶しいと感じることもある。
「なあ直紀、千智って今日どんな服着てた?」
「ちさと?」
「直紀のクラスの入屋千智のことだけど」
「……ああ、そういうこと! 皐月君、名前で言うからわかんなかったわ。なんで入屋のこと名前呼び捨てで呼ぶの?」
「昨日言ったじゃん。俺たち仲いいって。それに直紀だって名字呼び捨てにしてるじゃないか」
「何だよ、その『俺たち』って。なんか教えたくなくなっちゃったな~」
皐月は学校で千智を見かけたら手を振る約束をしていた。一斉下校の今はそのチャンスだ。少しでも千智を早く見つけられるよう、直紀に今日の服装を聞いておこうと思ったが、思わぬ抵抗にあってしまった。直紀は自分が思っているよりも千智のことが好きなようだ。
「俊介知らない? 千智の今日のファッション。もし知ってたら教えてよ」
「さぁ、どうだったかな? 体操服じゃなかったっけ、知らんけど」
「俊介、お前適当なこと言ってるだろ」
「皐月君の発言は俺たち入屋ファンを完全に敵に回したんだよ。わかってる?」
俊介は直紀と違って皐月のことを面白がっている。
「また女の子の話してるんでしょ。皐月君と俊介君は女の子のことばっか話してるよね」
班の集合場所に四年生の山崎祐奈がやって来た。祐奈は大きくなるにつれて恋バナに敏感になってきた。
「祐奈ちゃん知ってる? 入屋さんの今日のファッション」
「知ってるよ。黒のワンピースに黒のキャップかぶってた。なんかいつもと雰囲気が違って格好よかったよ」
「ありがとう。やっぱファッションのことは祐奈ちゃんしか頼りにならんな~。そういえば今朝、祐奈ちゃんを見た時に思ったんだけど、祐奈ちゃんの今日のジャンスカ、新しいのだよね。超かわいいね」
今頃になってファッションを褒めるのもおかしいが、皐月は祐奈に少しでも気持ち良くなってもらいたかった。
「ありがとう。ジャンスカ着るの初めてだからドキドキしてた」
「すごく似合ってるよ。着こなしもカンペキ!」
嬉しそうにしている祐奈を気にかけつつ、皐月は千智を見つけられるよう周りに視線を巡らせていた。低学年の子たちが次から次へとやって来て、各班に分かれていく。皐月の班にも四年生の近田晶が一年生の弟の近田光の手を引いてやって来た。そのすぐ後ろに三年生の岩月美香もいた。これで皐月の班の子が全員揃った。
人の流れから考えると、今日はもう千智にはもう会えないかもしれない。人の波から目を戻して班の子たちを見ようと思った時、視界の隅に人の流れに逆らうように歩いている黒い服を着た子を見つけた。
(千智だ!)
千智を見失わないように目で追い続けた。少しでも目線があったら大きく手を振ってやろうと思った。千智は背の低い外国人の女の子と手をつないでいる。
千智と目が合った。皐月は背伸びをして大きく手を振った。千智も皐月に気が付いたようで、大きく手を振り返してくれた。
だが嬉しそうな千智の顔が一瞬で強張った顔になり、一礼して踵を返した。皐月が博紀の方を見ると博紀も軽く手を挙げていた。博紀の顔はかすかに引き攣っていた。
「皐月君、誰に手を振ってんの?」
美香が無邪気に聞いてきた。
「クラスの友達」
皐月の嘘に博紀は何も言わなかった。
「嘘! あれ、入屋さんじゃん!」
祐奈にあっさりバラされた。せっかく直紀に気を使って博紀が黙っていてくれたのに、これでは台無しだ。
「祐奈ちゃん、目、いいね」
「私が服、教えてあげたんだよ。間違えるわけないじゃん」
無邪気な祐奈に皐月は文句を言う気にもなれない。
「あ~あ、直紀にバレちゃった」
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