280 / 512
第7章 大人との恋
280 この夏の恋
しおりを挟む
明日美に笑顔が戻った。どうやら明日美は道順に自信がなくて心に余裕がなかったようだ。
藤城皐月は自分のスマホにケーブルを繋ぎ、音楽配信にある自分の好きな曲を集めたプレイリストの曲を流すことにした。
「自分の好きな曲を聴かせるのは、自分の心をさらけ出しているみたいで恥ずかしいな……」
「さらけ出せばいいじゃない。私はどんな恥ずかしい皐月でも好きよ」
「本当?」
明日美が口にした言葉は皐月が入屋千智に告白した時と同じ構文だった。
明日美が自分のことをどのくらい好きなのか不安だったが、この言葉を聞いて安心した。自分が千智のことを好きだと思うくらいには、自分も明日美に愛されていることがわかったからだ。
皐月はプレイリストの中から暗示的な曲を選んだ。『≠ME』の『君はこの夏、恋をする』だ。皐月はこの夏、たくさんの恋をした。
「明るい曲だね。流れるようなメロディーが心地いいな。私、この曲好きだよ」
プレイリストをシティーポップからアイドルに変え、皐月は寂しさから解放されたような気分になった。大人の音楽もいいけれど、自分はアイドルが似合うまだ子供だ。
「で、皐月はこの夏、恋をしたの?」
こういう質問をされることは、この曲を選ぶ時に覚悟をしていた。もしかしたら自分はきわどい会話を望んでいたのかもしれない……。
「したよ」
皐月は明日美と恋の話をすることで、自分のこれからの身の振り方をはっきりさせようと考えた。
「へぇ……よかったね」
肩透かしを食らったような気がした。皐月は明日美に恋の相手を追及されるのかと思っていた。
「俺、この夏は明日美に恋をしたんだからね」
「……ありがとう」
明日美はあまり嬉しそうではなかった。何か重大なミスをしたんじゃないかと不安になった。
「皐月の家には女子高生の祐希ちゃんがいるよね。彼女には恋をしなかったの?」
試されてるな、と思った。なんて答えたらいいのか、すぐに答えを出さなければならない。見え透いたことを言っても、芸妓の明日美には即座に見抜かれるだろう。
「……少しは、したかな」
明日美の顔が晴れやかになった。
「やっぱりな~。この前のビデオ通話でチラッと顔が見えた子がそうだよね。かわいい子だなって思ったんだ。皐月が恋しちゃっても仕方ないよね~」
及川祐希の存在は明日美にはすでに知られている。祐希の母の頼子と明日美は芸妓繋がりで交流がある。
明日美は祐希のことで探りを入れたかったのかな、と皐月は考えた。それならば、いい感じに答えられたと思った。
「ときめきは衝動的だもんね。疼く心は抑えられないよね」
「明日美、もう歌詞を覚えちゃったの?」
「印象的なフレーズしか覚えていないけどね。じゃあさ、この夏、皐月に恋をした女の子っていると思う?」
また明日美が試しにきた。今度は自分の気持ちを言う必要がないので、気が楽だ。それに皐月には明日美の聞きたいことの見当がついている。
「さあ? どうだろう?」
「前、一緒に帰ってた子なんて皐月に恋しているように見えたよ?」
「あいつが? それはねーよ」
やはり江嶋華鈴のことだった。明日美は華鈴のことを気にしていたようだ。
「あの子、皐月に恋していると思うんだけどな……」
そうなんじゃないか、と皐月も感付いていた。だが確信はなかったし、自分の自惚れじゃないかとも思った。
それを明日美は一目で看破した。ただ見破られてはいけないのは、皐月が華鈴に対して抱いている仄かな恋心だ。
「あいつとはよく喧嘩するし、委員会でも怒られてばかりだ。恋愛とは程遠いよ」
「ふ~ん」
皐月には明日美の考えていることがわからなかった。少なくとも嫉妬しているようには感じられなかったが、何らかの不満があることは感じられた。
「まあ、皐月が学校で楽しそうにしててよかった」
明日美のこの言葉によって緊張の続いた会話が終わった。釈然としない気持ちは残ったが、返答に苦しくなる前に会話を打ち切ってもらえたことに皐月は救われた。自分のこれからの身の振り方をはっきりさせるどころではなくなっていた。
車が中心街に近づくにつれて、路面に周囲の背の高い建物が影を落とし始めた。郊外を走っている時には気付かなかったが、すでに陽が傾きかけていた。レジェンド・クーペの車内も気付けばすっかり暗くなっていた。
薄暗がりの中、車の運転をしている明日美の顔が優しい大人の顔から妖艶な大人の顔に変わっていた。俺はこんな女と付き合えるのか……と、皐月はある種の戦慄を覚えた。
「明日美」
「……何?」
「暗くなってきたね」
「そうだね。そろそろライトをつけた方がいいかな」
ヘッドライトをつけている車とすれ違うことが多くなってきた。皐月はこのありきたりの会話にまた救われた。明日美はいつも通りの明日美だった。
藤城皐月は自分のスマホにケーブルを繋ぎ、音楽配信にある自分の好きな曲を集めたプレイリストの曲を流すことにした。
「自分の好きな曲を聴かせるのは、自分の心をさらけ出しているみたいで恥ずかしいな……」
「さらけ出せばいいじゃない。私はどんな恥ずかしい皐月でも好きよ」
「本当?」
明日美が口にした言葉は皐月が入屋千智に告白した時と同じ構文だった。
明日美が自分のことをどのくらい好きなのか不安だったが、この言葉を聞いて安心した。自分が千智のことを好きだと思うくらいには、自分も明日美に愛されていることがわかったからだ。
皐月はプレイリストの中から暗示的な曲を選んだ。『≠ME』の『君はこの夏、恋をする』だ。皐月はこの夏、たくさんの恋をした。
「明るい曲だね。流れるようなメロディーが心地いいな。私、この曲好きだよ」
プレイリストをシティーポップからアイドルに変え、皐月は寂しさから解放されたような気分になった。大人の音楽もいいけれど、自分はアイドルが似合うまだ子供だ。
「で、皐月はこの夏、恋をしたの?」
こういう質問をされることは、この曲を選ぶ時に覚悟をしていた。もしかしたら自分はきわどい会話を望んでいたのかもしれない……。
「したよ」
皐月は明日美と恋の話をすることで、自分のこれからの身の振り方をはっきりさせようと考えた。
「へぇ……よかったね」
肩透かしを食らったような気がした。皐月は明日美に恋の相手を追及されるのかと思っていた。
「俺、この夏は明日美に恋をしたんだからね」
「……ありがとう」
明日美はあまり嬉しそうではなかった。何か重大なミスをしたんじゃないかと不安になった。
「皐月の家には女子高生の祐希ちゃんがいるよね。彼女には恋をしなかったの?」
試されてるな、と思った。なんて答えたらいいのか、すぐに答えを出さなければならない。見え透いたことを言っても、芸妓の明日美には即座に見抜かれるだろう。
「……少しは、したかな」
明日美の顔が晴れやかになった。
「やっぱりな~。この前のビデオ通話でチラッと顔が見えた子がそうだよね。かわいい子だなって思ったんだ。皐月が恋しちゃっても仕方ないよね~」
及川祐希の存在は明日美にはすでに知られている。祐希の母の頼子と明日美は芸妓繋がりで交流がある。
明日美は祐希のことで探りを入れたかったのかな、と皐月は考えた。それならば、いい感じに答えられたと思った。
「ときめきは衝動的だもんね。疼く心は抑えられないよね」
「明日美、もう歌詞を覚えちゃったの?」
「印象的なフレーズしか覚えていないけどね。じゃあさ、この夏、皐月に恋をした女の子っていると思う?」
また明日美が試しにきた。今度は自分の気持ちを言う必要がないので、気が楽だ。それに皐月には明日美の聞きたいことの見当がついている。
「さあ? どうだろう?」
「前、一緒に帰ってた子なんて皐月に恋しているように見えたよ?」
「あいつが? それはねーよ」
やはり江嶋華鈴のことだった。明日美は華鈴のことを気にしていたようだ。
「あの子、皐月に恋していると思うんだけどな……」
そうなんじゃないか、と皐月も感付いていた。だが確信はなかったし、自分の自惚れじゃないかとも思った。
それを明日美は一目で看破した。ただ見破られてはいけないのは、皐月が華鈴に対して抱いている仄かな恋心だ。
「あいつとはよく喧嘩するし、委員会でも怒られてばかりだ。恋愛とは程遠いよ」
「ふ~ん」
皐月には明日美の考えていることがわからなかった。少なくとも嫉妬しているようには感じられなかったが、何らかの不満があることは感じられた。
「まあ、皐月が学校で楽しそうにしててよかった」
明日美のこの言葉によって緊張の続いた会話が終わった。釈然としない気持ちは残ったが、返答に苦しくなる前に会話を打ち切ってもらえたことに皐月は救われた。自分のこれからの身の振り方をはっきりさせるどころではなくなっていた。
車が中心街に近づくにつれて、路面に周囲の背の高い建物が影を落とし始めた。郊外を走っている時には気付かなかったが、すでに陽が傾きかけていた。レジェンド・クーペの車内も気付けばすっかり暗くなっていた。
薄暗がりの中、車の運転をしている明日美の顔が優しい大人の顔から妖艶な大人の顔に変わっていた。俺はこんな女と付き合えるのか……と、皐月はある種の戦慄を覚えた。
「明日美」
「……何?」
「暗くなってきたね」
「そうだね。そろそろライトをつけた方がいいかな」
ヘッドライトをつけている車とすれ違うことが多くなってきた。皐月はこのありきたりの会話にまた救われた。明日美はいつも通りの明日美だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
還暦妻と若い彼 継承される情熱
MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。
しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。
母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。
同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる