藤城皐月物語

音彌

文字の大きさ
315 / 512
第7章 大人との恋

315 不謹慎なデート

しおりを挟む
 藤城皐月ふじしろさつきは一人でパピヨンでモーニングを食べた。その間に及川祐希おいかわゆうきは飯田線に乗って、新城しんしろへ友人の黒田美紅くろだみくに会いに行った。昼前に皐月は美容院でカラーをし直し、少し髪を切ってもらった。
 昼ご飯を食べた後、皐月は入屋千智いりやちさとに会いに出かけた。名鉄めいてつ豊川稲荷とよかわいなり駅から豊川線に乗り、八幡やわた駅で降りた。短い距離だけど、鉄道好きの皐月にはワクワクする時間だった。
 高架になっている八幡駅のホームからは豊川市民病院がよく見える。市民病院は皐月の祖母が闘病中に入院していたところで、5年生の時によく通ったところだ。
 皐月が千智をデートに誘った時、待ち合わせ場所を八幡駅に指定されて驚いた。千智の祖母が豊川市民病院で入院していると言ったからだ。前に千智の家の近くで会った時は自宅療養していたので、容態が悪化したようだ。

 駅のホームから階段を降りたところで千智は待っていた。千智の置かれた深刻な状況を思うと、皐月は素直に千智に会えたことを喜べなかった。
 千智は手を振っていたが、いつものように嬉しそうではないような気がした。キャップをかぶっているから表情が読みにくい。
「こんな時に会おうなんて言っちゃって、ごめん」
「いいよ。だって皐月君は家の事情なんて知らなかったんだし。……それにおばあちゃんが皐月君に会っておいでって言ってくれたの」
「そうか……」
「皐月君が気を落とさなくてもいいんだよ。とりあえずイオンに行こっ」
 千智に手を引っ張られて皐月たちは八幡駅を離れた。千智の手はしっとりとして、温かかった。
「皐月君、髪の毛切ったんだ。新しい髪型、好きだよ」
「よかった。伸ばそうか切ろうか迷ってたんだけど、千智がいいって言ってくれたから、切って正解だ」
「紫のカラーもきれいになったね」
 千智の顔にいつもの笑みが戻った。
 病院に沿って歩いていると、ずっと手を繋いだままでは不謹慎な気がした。皐月が繋いでいた千智の手を離すと、バイザーの奥で千智が少し不満気な顔をしていた。

 豊川市民病院に隣接したところにイオンモール豊川がある。皐月はイオンで修学旅行に履いていく靴を買い、千智は祐希の高校の文化祭に着ていく服を買う予定だ。
「皐月君、本当はイオンに来るつもりじゃなかったんでしょ?」
「そうだね。千智からおばあちゃんの話を聞くまでは豊橋に行くつもりだった。でもイオンでいいよ。俺、イオンって大きくて、いろいろな店が入っているから好きだ」
 皐月はイオンで学校の友だちに会うことを気にしていた。イオンは豊川市民がよく買い物に行くところだ。
 皐月自身は一人でイオンに来たことがなかったが、クラスメイトの間ではイオンで買い物をしたという話をよく聞いていた。だから、イオンに行けば知り合いに会う確率は高いだろう。

 千智と二人でイオンにいるところを誰かに見られたら、千智と付き合っているという噂は事実になる。あっという間に学年中に知れ渡ることになるだろう。
 皐月は千智との仲が同級生たちにバレることを覚悟した。だが、栗林真理くりばやしまりはどう思うのだろうか。皐月の気がかりはこの一点だけだ。
「皐月君、髪の毛切って格好良くなっちゃったね……」
「何? その言い方。『なっちゃった』って?」
「絶対に今より女の子からモテるようになっちゃう」
「ははは。そんな心配はいらないって。俺のクラスの女子はみんな博紀に夢中だから」
「月花先輩より皐月君の方がずっと格好いいのに……」
 千智は皐月よりも月花博紀げっかひろきの方がモテることが気に入らないようだ。これではアイドルの推し活みたいだ。千智の少しむくれたところがかわいい。
 皐月は自分の犯している罪を思うと、千智の純粋な思いを受ける資格がないんじゃないかと心苦しくなってきた。だが、この苦悩を自分の心の中に収めておいて、千智と二人でいる時は幸せだと思ってもらわなればならない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...