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第9章 修学旅行 京都編
357 家族に見送られて
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藤城皐月は居間で小川珈琲店の『有機珈琲フェアトレードモカブレンド』をコーヒーミルに入れ、ゴリゴリと手で挽いた。コーヒーサーバーにドリッパーを乗せ、ペーパーフィルターを密着させて、挽いたばかりのコーヒー粉を入れた。粉の表面を平らにするのがいいと、幼馴染の栗林真理に教わっているので、その通りにした。
皐月が再び台所に行くと、及川頼子が薬缶からドリップポットに湯を注いでいた。皐月は火傷しないように気をつけてドリップポットを居間に運んだ。
皐月は慎重にドリッパーに湯を注いだ。最初に軽く、全体に湯を浸み込ませ、二度目は中央に小さな円を描くように湯を注ぐのがいいらしい。これも真理に教わった。
皐月はコーヒーが抽出されるのを見つめながら、及川祐希との関係に背徳感が薄れていることを感じていた。それは秘密の約束をしたという安心感でもあるが、キスに慣れてきたことで間違いない。女の子と触れあうことに憧れ、ドキドキしていた頃の純情は忘却の彼方へ捨ててしまったのかもしれない。
コーヒーを淹れ終わったので、ドリッパーを片付けに台所へ持って行った。頼子は調理を終えていて、出来上がった弁当を楽しそうに詰めていた。朝食のパンがちょうど焼けたところだったので、皐月はトーストにバターを塗り、自分の分と祐希の分を居間へ運んだ。
コーヒーサーバーからマグカップにコーヒーを注いでいると、祐希が二階から下りてきた。制服に着替えた祐希はナチュラルにアイメイクをしていて、一目いつもより華やいでいた。
こんなにもかわいくなった祐希と一緒に駅に行けば、クラスメイトや他のクラスの子たちにいろいろ言われるだろう。皐月は誰から何を言われようとも、自分にとって悪いことにはならないだろうと思った。
「うわ~。コーヒーとトーストだ。いい匂いっ! お腹空いちゃった~」
「食べようぜ」
今日は録画している『Newsモーニングサテライト』を見ないで、YouTube にあるスターバックスのJAZZカフェミュージックを流すことにした。リラックスし過ぎて家でゆっくりしたくなってしまうが、今日は時間を気にしなければならないので、ちょっと早食いするつもりだ。
「祐希ってさ、なんで今朝はメイクしてんの?」
皐月はサラダを食べ終わった後、さっきから気になっていたことを聞いてみた。
「かわいくなったでしょ?」
「かわい過ぎるんだよ」
皐月はパンの耳を齧り、コーヒーで流し込んだ。
「皐月のお友だちに見られるから、ちゃんとしなきゃって思っただけ」
「デートだろ、どうせ」
「違うよ。……心配?」
「別に」
一辺だけ残したクラストを持ち、バターのたっぷり滲み込んだクラムだけを大きく口を開けて頬張った。美味しいものを食べると、一瞬ではあるが嫌なことから意識を逸らすことができる。
頼子が祐希のも含めて三人分の弁当を持って来た。皐月と真理の分は使い捨てられる紙袋にくるまれていて、祐希の弁当はランチバッグに入れられていた。
「お弁当に羊羹を入れておいたからね」
「ありがとう。何個入れた?」
「一つだけど?」
「昨日は江嶋に二つあげてたじゃん」
「あれは昨日と今日の分。もっと欲しかったの?」
「いや……やっぱりいいや」
卑しかったかな、と皐月は苦笑した。微笑んだ頼子はリュックサックの横に弁当を置き、居間の隣の部屋に入って、皐月は母の小百合に「いってきます」と一声かけた。
朝食を終えた皐月と祐希は食器を台所へ戻し、リュックの中に突っ込んである移動用のナップサックに弁当を入れた。祐希は玄関の鏡でメイクを直し始めた。
「おはよう。もうそろそろ家を出るの?」
小百合が寝足りない顔で、就寝着のまま部屋を出てきた。
「うん。無理して早起きしなくても良かったのに」
「あんたが家を出たら、もう一度寝るよ。駅での見送りは祐希ちゃんに任せる」
学校側は保護者による駅での見送りを推奨している。
「見送りに来る親はあまりいないんじゃないかな。親に車で送ってもらう奴はいると思うけど、車を停める場所がないから、親はすぐに帰っちゃうと思う」
「凛子も朝は真理ちゃんを玄関で見送るにとどめるって言ってたな。駅まで出ると、メイクをしなきゃいけないからね。まあ、凛子の家は駅のすぐ近くだから、わざわざ駅まで行かなくてもいいんだけど」
皐月と祐希は小百合と頼子に見送られて家を出た。今日はいつもより朝も早いし、向かう方向も違う。隣には祐希がいるので、皐月には特別の朝という感じがして、自分でも驚くほど気持ちが昂ってきた。
「リップ塗ったんだ」
「新しい色、買ったの。似合う?」
「うん」
「キスしたくなっちゃう?」
「なる」
「してもいいよ」
「こんな道端でできるわけねーだろ。バ~カ」
皐月はこんなにかわいくなった祐希と学校で会える祐希の恋人が羨ましくなり、嫉妬心が湧いてきた。凪いでいた心に漣が立ち始めた。
皐月が再び台所に行くと、及川頼子が薬缶からドリップポットに湯を注いでいた。皐月は火傷しないように気をつけてドリップポットを居間に運んだ。
皐月は慎重にドリッパーに湯を注いだ。最初に軽く、全体に湯を浸み込ませ、二度目は中央に小さな円を描くように湯を注ぐのがいいらしい。これも真理に教わった。
皐月はコーヒーが抽出されるのを見つめながら、及川祐希との関係に背徳感が薄れていることを感じていた。それは秘密の約束をしたという安心感でもあるが、キスに慣れてきたことで間違いない。女の子と触れあうことに憧れ、ドキドキしていた頃の純情は忘却の彼方へ捨ててしまったのかもしれない。
コーヒーを淹れ終わったので、ドリッパーを片付けに台所へ持って行った。頼子は調理を終えていて、出来上がった弁当を楽しそうに詰めていた。朝食のパンがちょうど焼けたところだったので、皐月はトーストにバターを塗り、自分の分と祐希の分を居間へ運んだ。
コーヒーサーバーからマグカップにコーヒーを注いでいると、祐希が二階から下りてきた。制服に着替えた祐希はナチュラルにアイメイクをしていて、一目いつもより華やいでいた。
こんなにもかわいくなった祐希と一緒に駅に行けば、クラスメイトや他のクラスの子たちにいろいろ言われるだろう。皐月は誰から何を言われようとも、自分にとって悪いことにはならないだろうと思った。
「うわ~。コーヒーとトーストだ。いい匂いっ! お腹空いちゃった~」
「食べようぜ」
今日は録画している『Newsモーニングサテライト』を見ないで、YouTube にあるスターバックスのJAZZカフェミュージックを流すことにした。リラックスし過ぎて家でゆっくりしたくなってしまうが、今日は時間を気にしなければならないので、ちょっと早食いするつもりだ。
「祐希ってさ、なんで今朝はメイクしてんの?」
皐月はサラダを食べ終わった後、さっきから気になっていたことを聞いてみた。
「かわいくなったでしょ?」
「かわい過ぎるんだよ」
皐月はパンの耳を齧り、コーヒーで流し込んだ。
「皐月のお友だちに見られるから、ちゃんとしなきゃって思っただけ」
「デートだろ、どうせ」
「違うよ。……心配?」
「別に」
一辺だけ残したクラストを持ち、バターのたっぷり滲み込んだクラムだけを大きく口を開けて頬張った。美味しいものを食べると、一瞬ではあるが嫌なことから意識を逸らすことができる。
頼子が祐希のも含めて三人分の弁当を持って来た。皐月と真理の分は使い捨てられる紙袋にくるまれていて、祐希の弁当はランチバッグに入れられていた。
「お弁当に羊羹を入れておいたからね」
「ありがとう。何個入れた?」
「一つだけど?」
「昨日は江嶋に二つあげてたじゃん」
「あれは昨日と今日の分。もっと欲しかったの?」
「いや……やっぱりいいや」
卑しかったかな、と皐月は苦笑した。微笑んだ頼子はリュックサックの横に弁当を置き、居間の隣の部屋に入って、皐月は母の小百合に「いってきます」と一声かけた。
朝食を終えた皐月と祐希は食器を台所へ戻し、リュックの中に突っ込んである移動用のナップサックに弁当を入れた。祐希は玄関の鏡でメイクを直し始めた。
「おはよう。もうそろそろ家を出るの?」
小百合が寝足りない顔で、就寝着のまま部屋を出てきた。
「うん。無理して早起きしなくても良かったのに」
「あんたが家を出たら、もう一度寝るよ。駅での見送りは祐希ちゃんに任せる」
学校側は保護者による駅での見送りを推奨している。
「見送りに来る親はあまりいないんじゃないかな。親に車で送ってもらう奴はいると思うけど、車を停める場所がないから、親はすぐに帰っちゃうと思う」
「凛子も朝は真理ちゃんを玄関で見送るにとどめるって言ってたな。駅まで出ると、メイクをしなきゃいけないからね。まあ、凛子の家は駅のすぐ近くだから、わざわざ駅まで行かなくてもいいんだけど」
皐月と祐希は小百合と頼子に見送られて家を出た。今日はいつもより朝も早いし、向かう方向も違う。隣には祐希がいるので、皐月には特別の朝という感じがして、自分でも驚くほど気持ちが昂ってきた。
「リップ塗ったんだ」
「新しい色、買ったの。似合う?」
「うん」
「キスしたくなっちゃう?」
「なる」
「してもいいよ」
「こんな道端でできるわけねーだろ。バ~カ」
皐月はこんなにかわいくなった祐希と学校で会える祐希の恋人が羨ましくなり、嫉妬心が湧いてきた。凪いでいた心に漣が立ち始めた。
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