藤城皐月物語

音彌

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第9章 修学旅行 京都編

358 はしゃぐ男子たち

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 稲荷小学校の修学旅行出発の集合場所は豊川とよかわ駅の改札口の前だ。東西自由通路は広いので、1学年の児童数くらいなら余裕で集まることができる。
 豊川駅西口のロータリーに次々と車が横付けされ、児童が降りてきた。西口には長時間の駐車ができないので、すぐに車は去って行った。駅で子どもを見送るつもりがあるならば、親は車を東口にある名鉄協商の駐車場に停めるか、西口から少し離れた豊川商店街の駅前駐車場に停めなければならない。

 藤城皐月ふじしろさつき及川祐希おいかわゆうきは広い階段を上らずに、エスカレーターで改札口まで上がった。改札口前には集合時間10分前なのに、すでに大勢の児童たちが集まっていた。見送りの父兄が皐月の想像よりも多く、修学旅行が大型の学校行事だということをここで改めて実感した。
 6年4組の児童が集まっているところを見ると、月花博紀げっかひろきの周りには男子の友だちが集まっていて、その周りに女子が群がっていた。皐月は博紀と目が合ったので、軽く手を挙げた。祐希を見たからなのか、博紀が一瞬動揺したように見えた。
「博紀、おはよー」
「おはよう。祐希さん、おはようございます」
「おはよう、博紀君。いよいよ修学旅行だね~」
「はい。祐希さんはこれから登校ですか?」
「うん。でも、登校前に皐月たちを見送ろうと思って来たの」
 博紀と話をしている祐希を見て、一緒にいた村中茂之むらなかしげゆきら男子の友だちはポカンとしていた。皐月の班のメンバー以外に祐希の存在を知る者はいない。ファンクラブの女子たちは博紀と親しげに話す祐希に強い視線を送っていた。

 皐月は博紀のファンクラブ会長の松井晴香まついはるかに腕を引っ張られ、群れから少し離れたところで詰問された。
「ちょっと、藤城。あのJKってどういう人?」
「おう。松井、おはよう。彼女は俺んに下宿している人だ。博紀とは面識がある。事情は複雑だから、また暇な時に教えてやるわ」
「月花君の態度が私たちと話す時と全然違う……」
「年上だからじゃね?」
 晴香が泣きそうな顔になっていた。皐月は自分がみんなにからかわれることばかり考えていたが、博紀のファンがこんな風に悲しむことを全く考えていなかった。
「松井、メイクしてきただろ。服もよく似合ってる。お前の方があの女子高生よりずっとかわいいじゃん」
「慰めてくれなくてもいいよ。絶対あの女の方がかわいい……」
「そんなことねーよ。俺は松井の方が圧倒的にかわいいと思ってる。今日のお前って6年生で一番かわいいんじゃねーか? もっと自信持てよ。それに京都ではずっと博紀と一緒にいられるんだろ。お前の勝ちじゃん」
 実際、この日の晴香はかわいかった。晴香は勝色かちいろのフレアデザインのジャンパースカートに、白のリボンブラウスを合わせてきた。黒のウォーキングブーツと組み合わせて、きれいめのガーリーテイストに仕上がっていた。
 皐月は元気づけるために晴香を褒めたが、こんなに魅力的な女子に好かれる博紀のことを羨ましく思ったくらいだ。皐月は晴香のメンタルを保つためにも、今すぐ祐希を博紀から引き剥がさなければならないと思った。

「祐希、もう改札に行けよ。学校に行くんだろ?」
「こんなに早く高校に行ったって、開いてないよ。私は皐月たちを見送ってから行くの」
 小学生男子に囲まれているからか、祐希はやけに機嫌が良かった。確かに晴香が泣きたくなるくらい祐希はかわいかった。男子たちも同級生の女子を相手にしている時とは違い、祐希には甘えている感じがした。
「ねえ、博紀君と皐月の写真撮らせてよ。後で小百合さんに見せてあげたいから。博紀君、いい?」
「いいですよ」
「マジか、お前! 写真撮らせてもいいのか? 祐希に拡散されるぞ」
「そんなことしないよ。私の友だちにちょっと見せて、自慢するだけだから」
 博紀がこんな際どいお願いをきくとは思わなかった。祐希は同級生の博紀ファンと、数少ない皐月ファンに写真を見せたいのだろう。皐月が博紀と一緒に写真に写るのは夏休みの終わりの豊川稲荷以来だが、二人で写った写真はまだ一枚もない。
「博紀と一緒に写った写真、俺のスマホの待ち受けにしようかな」
「気持ち悪いこと言うな、バカ」
 撮影を終えると、祐希が博紀や茂之たちを集めてみんなの写真も撮りたいと言い出した。舞い上がっている祐希を苦々しい思いで見ていると、真理が到着した。

「祐希さんも入ったら? 私が撮ってあげる」
「真理ちゃん? おはよう。かわいい~! 写真、お願いしちゃおうかな」
 栗林真理くりばやしまりは祐希からスマホを受け取り、まずは祐希を真ん中にした皐月と博紀の三人の写真を撮った。その後、クラスの男子たちを交えた、紅一点の集合写真も撮影した。
 この時、少し遅れて花岡聡はなおかさとしがやって来た。祐希の周りに男子が群がっていることが気になるらしい。
「先生、おはよ。あの女子高生って誰?」
「ああ。あの人は俺ん家に住んでいる人。確か花岡には話したことがあったよな。俺の家に芸妓げいこの弟子が来て、娘を連れて来て一緒に住み込んでるって。その子だよ」
 祐希のスマホの写真を博紀たちが見て、男子たちが祐希に写真をくれと言い出した。修学旅行が終わったらみんなに送ってやると、祐希の代わりに皐月がみんなと約束した。
「祐希。こいつが俺の親友の花岡聡大先生」
「こんにちは。及川祐希です」
「こんにちは、はじめまして」
 聡が顔を赤くしていた。普段はエロいことばかり言っているくせに、意外と初心うぶな奴だ。今日の聡はグレーのビッグシルエットの重ね着風トレーナーを着ていて、カーキーのカーゴパンツで決めてきた。チャラい感じが格好いい。
「ねえ、祐希。聡と三人で写真を撮ろう。真理。俺たちの写真、撮ってくれる?」
「いいよ。じゃあ、祐希さんが真ん中になって」
 祐希を真ん中にして三人が並んだ。三人で撮ろうと思ったが、背後に男子どもが集まってきてしまい、また集合写真になってしまった。
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