星空のツァイトライゼ ~未来の君がくれた二人の時間~

成井露丸

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Episode 18 タイムリープの真相

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【2024年11月1日】


「どうして? 翔が持っているのさ?」

 僕の質問に翔は肩をすくめた。

「その質問はむしろ俺が悠人にしたいんだけどな。――まあ、答えの想像はつくけれど。……未央ちゃんから譲り受けたんだろ?」
「――どうしてそれを?」

 僕が驚きを隠せずに疑問符を返すと、翔はちょっと切なそうに目を細めた。

「なに。知っているからさ」
「……何を? ……どこから?」
「きっと、全部。きっと、はじめから」

 そう言うと、翔はこれまでのことと、自分の想像について話し始めた。「あくまで俺の推察だけどな」と断った上で。

「俺自身が未来から来たタイムトラベラーなんだよ。もちろん『ときを翔ける紫水晶アメジスト』を使って。目的は未央ちゃんと同じ。夏菜子の事故を阻止するためさ」

 僕は驚いて翔の方を見た。顔は真剣で嘘をついている様子はなかった。

「――どうして?」
「お前にまだ言っていなかったかもしれないけれど、俺、夏菜子ちゃんのこと、ずっと好きだったんだよ。……これまではお前たちがカップルになるのかなって思っていたから、遠慮して言ってなかったけどさ」

 初耳だった。だけど、なんだか、そうだとすると色々と辻褄が合う気もした。

「――なんだか、ごめん」
「お前が謝ることは何もないよ」

 なんだかこれまでデリカシーの無いことを一杯言っていた気がする。

「だけどきっと俺は失敗したんだ。夏菜子を救えなかった。未央ちゃんがいた世界線ではそうなっていたみたいだ」
「どうしてそんなことが分かるんだ?」
「未央ちゃん本人が言っていたのさ」
「――事件があった日か? 彼女は未来に帰る前?」
「いや、事件が起きる前さ。彼女が、悠人の知らない、色々と動いていたことを聞くのはいい気分じゃないかもしれないけどさ。――あの子は事件を止めるために本当に本気だったんだと思うよ。――悠人、お前の代わりにな」
「――僕の、代わり?」
「ああ、ここから先は、事件の前日に俺のところに来た彼女が話していたことさ――」

 *

 未央のいた世界線で、夏菜子を救うことに失敗した翔は落胆の中にあった。

 そのまま紫水晶アメジストを使って未来に戻ることも考えたが、それで帰っても夏菜子が意識不明となる未来が確定するだけだ。二度目のタイムリープは無いのだから。
 彼女が目を覚まさずに鬱屈とした灰色の日々が過ぎていく中、苦しみ続けているのは翔だけではなかった。事故以来、悠人はどこか危うさと共にあった。毎日と言わないまでも週に数度は見舞いに来る悠人は、まるで恋人そのものだった。

 その一方で、秋口くらいから悠人の側には一緒に歩く女性が現れた。それが有坂未央だった。偶然が重なって悠人と親しくなった彼女は眠り続ける夏菜子の同級生だった。文学部の二回生。二人はまだ付き合ってはいないみたいだったが、その雰囲気は夏菜子と悠人の特殊な親密さとはまた違う、普通のカップルに近い自然な雰囲気を翔は覚えた。それでも二人が付き合い出さないのは、きっと眠り続ける夏菜子への遠慮なり何かの思いがあるからだろうと、翔は考えていた。
 だから、翔は悠人に賭けることにした。自分の持っている紫水晶アメジストを渡して、自分の代わりに夏菜子を事故から救わせようと。自分以外の誰かが過去改変を行った場合、それが今の自分にどう影響するのかはわからない。だけど、もう、それしか無いと思った。

 翔の説明を聞いた悠人は初め疑ったものの、一旦納得すると、翔の提案には迷うことなく頷いた。自分が過去に飛んで、夏菜子を助けるのだと。悠人に紫水晶アメジストを渡すと自分自身が元の世界に帰れなくなるかもしれない。だけどもうそれで良いと思った。翔は悠人に託すことにした。それから数日が過ぎた。悠人は過去に跳び、――そして失敗した。

 悠人は失敗の詳細を翔には語らなかった。語られたところで、翔にはもうどうにもできない。その知識を活かすこともできないのだから。「ときを翔ける紫水晶アメジスト」は一人一回しか使えないのだ。

 しばらくして、一人の女性が翔の元を尋ねた。それは悠人と親しい女性――有坂未央だった。友達以上、恋人未満。きっと夏菜子のことがなかったら、この子は何の障害もなく悠人と恋人同士になっていたのだろう。翔はそう思った。そう思わせるほどに、二人の波長は合っているように思われた。世の中には一緒にいた時間とか合理的理由とかじゃなくて、波長が合って恋人同士になる男女がいるものだ。
 有坂未央は言った。自分が過去に飛んで、東雲夏菜子を助けるのだと。翔は驚いた。ともすれば東雲夏菜子は彼女の恋敵なのだ。それに彼女にとって東雲夏菜子は同じ学部だとはいえ交流の無かった他人なのだ。それなのに彼女は過去に飛ぶという。自分の危険も顧みず。それはきっと悠人のため。眠り続ける夏菜子に何か深い思いを抱え続ける悠人のため。
 本当に良いのか? 危険を冒してまで、恋敵をわざわざ蘇らせる必要があるのか? そう尋ねる翔に未央は言った。

『起きてくれなくちゃ、恋敵として悠人くんを、取り合うことさえできないじゃないですか?』

 それが本心だったのかどうかはわからない。きっと、ただ辛そうな悠人の顔を見ていられなかったのだと思う。そして有坂未央は相沢翔から紫水晶アメジストを受け取って、過去へと飛んだのだ。

「――じゃあ、夏休みに会った時の彼女は」
「夏菜子を助けるために未来から来た彼女だったてわけさ」

 僕の中で、当時の記憶が動き出す。彼女は僕に話しかけてきてくれた。ただ携帯の充電アダプターを貸してくれないかと。
 それから彼女は僕を経由して、翔にコンタクトを取った。

「未来の俺が言っていたらしい。夏菜子を助けるためには、過去の俺にコンタクトを取って協力しろってさ。――連絡もらって、会ったら速攻で紫水晶アメジストを見せつけられて協力を要請されたよ」

 未央自身も未来へと帰る前に言っていたことだったから、理解はしていたけれど、翔にはっきり言われるとどこか安心するものがあった。

 ――そうだったのか。

 だから今、自分の手にある紫水晶アメジストは、もう一つの未来で翔が僕に渡し、僕の失敗の後に、未央に渡され、そして僕へと渡った紫水晶アメジストなのだ。

「良く分かったよ。翔。だけど、もう未央はいない。この世界にいる未央はあの時の未央とは違うんだ。――僕は許された一度きりのタイムリープで過去を変えようとした。だけど変えられなかった。未央が帰るのを止めることはできなかった」

 僕が吐き出すように口にする。すると翔は突然ギターを手に取って「あああああああああ!」と叫びながら、コードをかきならした。それから振り返ると、気障っぽく髪を掻き上げてみせた。そして悪そうな笑みを浮かべる。
 これから最高のライブでも始めるアーティストみたいに。

「――まだ、わからねぇかなぁ、悠人!」
「……何が?」

 翔はピックを持った右手で僕の手元を指差す。僕の手の中には紫水晶アメジスト

「過去からこっちに戻ってくるときにその石はどうなった?」
「――紫色に光ったよ?」
「それがどう言うことかわかるか?」
「……どう言うこと?」

 首を傾げる僕に、翔は頭を掻きむしる。

「だからタイムリープした後に元の時間に戻るためには、『ときを翔ける紫水晶アメジスト』が必要だってことだよ!」
「――だから?」
「未央ちゃんが未来に帰ったのなら、なんでお前がその紫水晶アメジストを持っているんだよッ!?」

 僕はそこまで言われて、ようやく気づく。翔の言わんとすることに。

「つまり、未央は元の世界に戻っていない? この世界の未央は僕のことを忘れてもいない? 忘れているふりをしているだけ……?」

 翔は僕に向かって一つ頷く。

「――でも、どうして、そんな……」
「元々、未央ちゃんは、夏菜子ちゃんが助かったら、身を引く覚悟だったんだと思うぜ。――あの子はお前が本当に好きなのは夏菜子ちゃんだと思い込んでいたからな。未来から来た自分が横取りするのは良くないし、それに勝てっこないって思い込んでるんじゃねーの?」

 なんとなくそれは分かった。紫水晶アメジストで戻った過去でも、彼女はそんなことを言っていた気がする。あの時、僕ははっきりと言えなかった。あの世界線で、僕はまだ夏菜子への義理を果たせていなかったから。母への誓いのようなそれを破ることはできなかった。

 でも、今なら違う。
 今なら言える。
 僕が好きなのは有坂未央なんだって!
 初めて会った時から、君に恋していたんだって。
 この世界線でも、きっと、もう一つの世界線でも!

「――話は全部聞かせてもらったわ!」

 突然、大きな声がして、振り返った。
 そこには夏菜子が立っていた。
 両手を腰に当てて仁王立ち状態で。血を分けた僕の妹が。

「びっくりしたなぁ。いつからいたんだよ、夏菜子?」
「ん? 結構前から。なんだか神妙な話をしていたから、邪魔してもいけないかなって、ひっそり聞いていた」
「いや、かなり秘密の話だったから、聞くなら聞くで、一声くれよ……」
「いいでしょ? 私だって当事者なんだから。ていうか、私こそが当事者なんだから」

 そう言うと、夏菜子は僕の隣へぽすんと腰を下ろした。

「私が事故なんかに合わなければこんな複雑なことにはならなかった。悠人はきっと未央ちゃんと出会って、普通に恋に落ちて、恋人同士になっていたんだと思う。――だから、私にも手伝わせて!」

 そう言う夏菜子の横顔は出会ってからこれまでで一番晴れ晴れしていて、そして凛々しく見えた。
 賀茂川の水面を歩いていた鳥たちが、十羽ほど一気に、夕焼けの中へと飛び立った。
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