大戦乱記

バッファローウォーズ

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若き英雄

食卓軍議

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楚丁州南亜郡 鉱平原

 見晴らしの良い平野にて対峙する二つの勢力があった。

 北側に横陣を敷き、盾の中心に剣が描かれた白い軍旗を靡かせる者達は剣合国軍ケンゴウコクグン
人界統一を唯一成し遂げた英雄ジオ・ゼアイ・アールアの末裔である、ジオ・ゼアイ・ナイトが率いる精強軍だ。

 対する南側の軍勢は丘上に本陣を置き、そこを軸にして扇状に部隊を展開。
こちらは主に二種類の軍旗を用いていた。丘上にある本陣以外には、楚丁州南部が特産の黄色の三弁花・マーベリアを描いた白旗が無数に掲げられている。そして本陣には、堂々とした黒地の大旗が鎮座しており、旗印は湾曲した棘を持つ朱色の花・ヒメウタリを中心に、六本の剣が刃先を向けて囲ったものだ。

マーベリアの白旗は楚丁州南部の豪族・チョウ氏を示し、ヒメウタリの黒旗は楚丁州を含む数州の支配者・覇梁ハリョウが率いる覇攻軍ハコウグンを示す。覇攻軍は力による支配を推し進め、周辺勢力に対して滅亡か従属の二者択一を迫る。そして従属を誓った勢力からは人質を取り、滅亡を選択した勢力への尖兵として利用していた。輙氏もその内の一軍である。

 丘の正面を望める高台に本陣を設けた剣合国軍の将達は晴天の下、大胆にも屋外で軍議を開いていた。

「参ったな、首尾よく機先を制したつもりだったが……うまうまとこの地に誘い込まれた訳だ」

 箸休めの沢庵を五切れも手掴みし、スナック菓子の要領で口に投げ込む壮年の男。諸将が口を塞ぎ思案に耽る中、その集中を乱す様な言動を見せる。

「だが奴等だけが上手いのでは詰まらん。 故にこの沢庵と茶漬けで我等も旨くなろうではないか」

 左手に持った茶碗を掲げて、己の考えを打ち明けた。
だが誰一人として賛同の声を上げる者はなく、先程運ばれてきたばかりの昼食にすら手をつけない。

「無視しても構わんが、食材だけは無駄にするなよ」

 男は返事のない将軍達を咎めず、再び箸を進めた。
自分達の守る民が汗水流して育て、ついこの間の収穫祭でともに祝った新米。保存と携帯機能と栄養を考えた想いの結晶である沢庵。領内の大河で荒れ狂う魚軍と闘った漁師軍より提供された鮭の干物。国境近くの民が持たせてくれた早朝採れたての新鮮野菜の数々。

それら全てを実に美味しそうに食べるこの男。無精髭と無造作な総髪が特徴的な偉丈夫。大将らしからぬ言動が常に周りを動かす大将。彼こそがジオ・ゼアイ一族の実質的な現当主 ジオ・ゼアイ・ナイトである。
英気盛んにして剛毅、着飾る術を知らず、民と共に進み民を知って政を為す傑物。ジオ・ゼアイ一族が落ち目でなければ、天下にも手が届くと噂されていた。

「で、何か策は浮かんだか?」

 ズズズと茶を啜りながら諸将に問うナイトに、一人の老将が返す。

「敵の狙いは長期戦に持ち込み、我々の補給を断った上で殲滅する事」

 沢庵を三切れ頬張りバリバリボリボリ。

「対して我々の今戦に於ける陣容は電撃軍そのものです」

 ブチッ! モグモグ……ブチッ! モグモグ……と鮭の干物を噛み千切っては良く噛んで食べる。

「ここは殿シンガリを残して撤退するか……損害を覚悟で丘を攻め取るかの二択でしょう。 速さを活かした退軍ならば、犠牲を最小限に済ませられます。 逆に丘を奪取するならば全力で攻め寄せ、迅速に制する事です。敵陣を落とせばその物資も得られ、これ以降の動きの幅が広がります。 例えば、今作戦の第一目的を捨て、我らがここに踏みとどまり、後続軍を得た後に本格的な侵攻に切り替える等で…」

 カッカッカッと米をかき込み沢庵と一緒によく噛んで食す。新米ならではの甘さと沢庵の塩気が口の中でよく混ざり、更に食を進ませた。

「大殿、それは儂の昼餉です。 それともう少しお静かに願います」

「おう悪いな、方元ホウゲン

 自らの分を食べ終えたナイトは方元と呼ばれる老将の食事に手を伸ばし、彼の軍扇で叩かれる。
方元は齢六十を超えるも、衰えを感じさせない戦いぶりを見せる歴戦の将だ。眼光鋭く、その険しい表情は常に周りを律する威厳を放ち、たるみ等は一か所も見当たらない。

「……どう出る? 決めるのはナイト殿だぞ」

 食い意地の悪いナイトに決断を促す将が一人。剣豪として知られる一方で軍略にも通じるバスナだ。方元とは違うものの、彼もまた目上や格上に臆さぬ言動及び胆力を持つ。

「…バスナ、そう言うお前ならどうする?」

「俺ならばここは退く。 敵の後軍到着までに丘を制圧できる確証はないからな。 それにもし敵が俺達の予想を少しでも上回れば、こちらは一気に後手に回る」

「そうなれば敵地深くまで侵入した俺達は補給路どころか退路も絶たれる……か」

「次の戦を思うのであれば退くべきだ。 敵の足止めは俺が受け持つ」


 今の状況は以下の通りだ。
まず、楚丁州北東部に二十万の軍勢で侵攻したナイトは覇攻軍の国境守備隊二万を軽々と討ち破った後、敵軍主力の集結している楚丁州東部の重要拠点・宝水城へ向け軍を南下させた。だが、進軍は囮であり主力軍を息子のナイツに任せ、ナイト本人は機動力の高い騎軍二万を率いて国境沿いを西進。覇攻軍の守備隊に対して電撃戦を展開し、自軍領側の国境付近に予め伏して置いた複数の小隊と連係して大いにこれを討つ。

総数三万三千となったナイトの別働軍は休息を取った後、当分の腰兵糧を携えて直ちに南下。楚丁州中央にある覇攻軍の兵糧基地へと向かった。
然し、剣合国軍の狙いを一早く察知した覇梁は輙族の軍勢に出兵を命じる。直ちに出陣した輙軍二万は鉱平原の丘周辺に布陣して、剣合国軍の進路上に立ち塞がったのだ。

万全に備えている彼等を無視する事は出来ず、先に進むなら討ち破る他ない。退くにしても、殿を残さなければ丘を駆け下った敵の勢いに呑まれる恐れがある。
丘を奪取し輙軍の物資を得た上で、転戦侵攻に移るのか。危険を冒さず最小限の犠牲で撤退するのか。


 二択を迫られたナイトに助言したバスナは少数での戦いに長ける将軍であり、撤退する本隊の盾となる事も辞さないほどにナイトを尊敬している。彼は最終的な判断をナイトに委ねるが、今の状況を考えるに撤退こそが最善の策だと思っていた。

「メイセイを中央に配し、敵陣を揺する。 右はファーリム、バスナ。左に俺と方元が布陣。 メイセイ、先陣を頼むぞ!」

 然しナイトは敢えて丘の奪取に出る。

「任せろ。 この飛雷将の名の下に敵陣を大いに突き崩してくれる」

 大将からの先陣命令に、湾曲した大剣を背負う隻眼の猛将メイセイが力強く首肯した。
彼のがっちりとした体躯はナイト以上であり、整えられた少量の顎髭、重く低い声、常時の落ち着きが相俟って渋みの印象を受ける。

「よし、ではファーリム。 全軍を共に奮い立たせるぞ!」

 メイセイの頼もしい返事を聞いたナイトは席を立ち、錝将軍ソウショウグン(将軍職の最高位。大将に代わって全軍を率いる事もある実力者)のファーリムに声を掛ける。

「その御言葉を待っておりました。 ですが、先ずは飯を頂きます」

「ああ、良く噛んで食べろよ。 腹から声を出すには腹を満たす事だ」

 ナイトの呼び掛けに応えると共に茶碗を持ち、箸を握るファーリム。他の将軍達もそれに続いて用意された昼食を摂る。

 剣合国軍の将軍達の中には、ナイトに対して無礼と見られる態度を示す者が割と多い。
だがそれはナイトの大将らしからぬ言動故に彼を軽んじての事ではなく、むしろその逆で、大将らしからぬナイトだからこそ誓う忠誠、示す敬意、交える信頼があるのだ。
表現の仕方は人それぞれだが、ナイトという大将への想いは皆一様に揺るがない。
実の所ファーリムも皆の手前では、錝将軍という地位にある為にナイトに礼儀正しく接するが、一対一若しくは古くからの仲間を交えた会話の際は普段通りの豪放磊落な態度に戻る。ナイトが軍議中にも拘らず茶碗を掲げ、食事を勧めてきた時も唯一人これに便乗しようとした。

「大将、いざ!」

「おう! 行くとしよう。 皆の所へ‼」

 ファーリムは鍛え抜かれた肉体を余すことなく使い、他の将より格段と早く完食。全ての食材を心から堪能し、手を合わせて感謝の意を示す。そして素早く席を立つと同時に風の速度で隣のバスナ家の食卓に突撃。鮭の干物を瞬時に強奪した。
この行動でもファーリムは鍛え抜いた体を遺憾なく発揮し、その無駄がない電撃的な動きに彼の側近の将校達からは「流石です。錝将軍!」と歓声が上がる。今後の励みになる事は間違いないだろう。
時を同じくしてナイトも方元家を襲撃して沢庵と干物を、権力を用いて接収した。

「兵達を鼓舞して参る。 皆はゆっくり食べていてくれ」

「分かった」

 沢庵を噛む音を豪快に鳴らせるナイトの声にメイセイのみが答える。

 左手に剣を、右手に干物を持って大きな背を見せるナイトとファーリム。彼等を無言で見送った方元とバスナはナイト、ファーリム両名の姿が遠くなった頃、言葉を交わす。

「……方元殿、あの二人……人界に名を轟かせる英雄に見えるか?」

「見えぬ」

 少なくなったおかずをじっと見る二人に対してメイセイが自分の干物を分け与えた。
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