大戦乱記

バッファローウォーズ

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涼周の仁徳

飛昭との出会い

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 義士城に思わぬ者が訪れたのは、トーチュー騎軍敗北より更に二日後の事。
その者は黒の戦衣を泥と血で潰し、至る所に生々しい傷を負った男だった。

 男の来城を知ったナイトはキャンディを伴って急いで出迎え、先ずはその傷を治す。

「ナイト殿、キャンディ殿。かたじけない。この飛昭、慎んでお礼申し上げる」

 男は飛昭と名乗った。それは消息を絶っていた飛刀香神衆の次期頭領の名前であった。


 軍議の間に集まった諸将は、飛昭からカイヨー解放戦の一部始終を聞くことになる。
その話によると、山中に身を隠していた飛昭はトーチュー騎軍の侵攻に呼応し、彼等との連合を果たした。然し籠城の構えをとっていた承土軍が夜陰に乗じて出撃し、カイヨー民兵に紛れていた自軍の兵とともにトーチュー騎軍を内外から挟撃。トーチュー騎軍は万を超す被害を出して撤退し、甘録とはぐれてしまった飛昭は命からがら遜康へたどり着いたとの事だった。

「敵には鮮やかな勝利を描く者が居ると思って目を凝らせば……承土軍の指揮を執っていたのは衡裔だった。山城の頂にて、篝火の下に佇むあの闇がかった蒼の軍装、間違いない」

 飛刀術一番の使い手と言われる飛昭は、自らの視力に自信があった。
彼の言葉が正しければ、レトナ国にて反乱軍鎮圧に当たっている筈の衡裔が、知らずのうちにカイヨーへ入っていたという事になる。

 そして結果は、多くの者が予期していたトーチュー騎軍の侵攻に対して敢えて籠城する事で、彼等を深く誘き寄せて劣勢を演じ、それを利用してカイヨー内の反乱勢力の一掃にまで至った。
衡裔は自身の直属軍を動員する事なく、現地にある四万の守備兵力だけでトーチュー騎軍と飛刀香神衆残党を撃退したのだ。

 ここでナイトは、承咨と引き換えにカイヨー兵を解放した事を悔やむ。
自分達のせいで飛昭の許に有力な戦力が集まらず、敗北の一因を作ったと思ったのだ。

「……そうだったのか。……俺達がカイヨー兵を解放した事が、衡裔に付け入る隙を与えてしまったのかもしれん。飛昭殿……申し訳ない」

 だがナイトの謝罪を前にした飛昭は、慌ててそれを止めさせる。

「そんな! 頭を下げないでください。民達の解放に関しては私を含めた皆が、本当に有り難く思っています。寧ろ彼等が居ては、あの圧勝劇による死者がもっと出ていた筈。ナイト殿が気を病むのは、お門違いというもの」

 それでもナイトは頭を下げきった。
飛昭は彼の姿に思うものがあり、それ以上無理に止めさせる事を諦めた。

(……悪いのは父上でも飛昭殿でもない筈なのに……何なんだ、このやりきれなさは)

 ナイツは父親に対して、普段は冷めた対応で軽くあしらっているものの、それは反抗期故のもの。
真面目で優しい彼は、この場面を目の当たりにして心穏やかでいられる者ではなかった。

「……ナイト殿、民の解放についてですが……傷の手当てを受ける最中にメイセイ殿からお聞きした、大人顔負けのチビマッチョ素敵幼児とは、一体?」

 飛昭の発言に、ナイトは一転して目を泳がせた。
と言うのも、傍にいるキャンディが「何その呼称、貴方まさか仲間達に涼周の事をそんな風に話してるの? もしそうならご飯抜きにするわよ。何が大人顔負けのチビマッチョよ、大人体負けのおへそは持ってるけどマッチョの要素無いわよね。ねぇ私から目を逸らしてるけどちゃんと理解しているの?」……みたいな無言の圧力をかけていたからだ。

「あ……あー。……うん、涼周の事だな。ほら、そこに座ってる……」

「ねぇ貴方? ちょっとこっちへ」

 苦しい声を上げた途端、キャンディは満面の笑みを作ってナイトに迫る。

「…………すんません」

 耳元で何を囁かれたかは分からない。だがキャンディが身を引くと同時にナイトは頭を下げきった。

 その姿にはナイツも飛昭も思うものがなく、ナイツは何時も通りの呆れ顔を作り、飛昭はナイトを従わせるキャンディに恐れを抱いた。

「うん、まあ……そこにいる俺と奥の可愛い子供が、カイヨー民の心を掴んだらしいのだ」

 ナイツの膝上に座り足をパタパタさせている涼周に、飛昭は向き直った。

「貴殿が涼周殿か。先の戦では、我が民達が大変救われたと聞いてます。カイヨーを守護する飛刀香神衆の者として、改めて礼を申します」

「うん。りょけん、あるじできた!」

「侶喧……主、できた?」

「飛昭殿、これはですね……」

 足の動きを激しくさせて喜ぶ涼周を抑えつつ、ナイツは言葉足らずを補う為に説明する。
ナイツの無駄なく的確な説明に、砦から始まる一連のやり取りを把握した飛昭は大きく首肯して、侶喧達の下した判断を褒める。

「流石は侶喧、良い判断だ。……ナイツ殿、良き事を聞かせてくだされた。感謝いたす」

 そしてナイトに正面を向け直した飛昭は、一呼吸置いた後にある意思表明をする。

「……ナイト殿、真に勝手ながら、俺にも侶喧達に便乗させてもらえぬだろうか? 既にカイヨーは落ち、多くの民が殺され、生き延びた者の多くは貴殿の領内で世話になっている。ならばこそ、この恩に報いん為にも、ナイト殿が愛している涼周殿の手足となり、その盾となりたい」

「おぅ! 是非とも……と言いたいが、果たして涼周本人が自らの盾を望むかどうかだ」

 ナイトは屈託ない笑みで二つ返事をしようとしたが、紗奈歌集落での涼周の対応を知る限り、飛昭の決意が採用されるかは涼周にかかっていた。

 涼周はナイトの視線に気付き、次いで飛昭とも目が合う。
数秒間、涼周は飛昭の目をじっと見つめた。彼の人物像を見抜いているのだ。

「……りょけんと、おなじ」

「侶喧達と同じ条件なら良いよと……弟は言っております」

 ナイツの捕捉を聞いた飛昭は数秒の間、押し黙った。
家族に次いで涼周に尽くす。この言葉通りなら妹の飛蓮を救いだし、彼女やカイヨーの者達を第一と定めた後に、涼周に尽くす事になる。

(子供ながら崇高な考えだとは思うが……なにか釈然としない。我々の熱意が本当に伝わっているのかが気になる所だ。……だが、それは追々見定めるものか)

「分かりました。第一に家族や民を優先し、その上で涼周殿の御力になりましょう」

「ぅんっ! よろしく!」

「んがぁっ⁉」

 ナイツの膝上から跳び上がって床に降り立つ涼周。
その際、ナイツの顎に涼周の後頭部が直撃し、彼は不意に走った痛みに若干涙目となるものの、当の涼周は一向に痛がる様子がなかった。

(まあ、涼周に怪我がないならいいけど……! 思ったより固かったし、純粋に……いたい)

 普段から撫で撫でしているあの小さな頭が予想外の強固さを誇る事を知り、ナイツは暫くの間、涼周の後頭部に近寄らない事を決めたという。
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