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人の想い、絆の芽生え
飛蓮救出作戦、始動
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カイヨー城 旧飛氏館
現在、カイヨーの守備を任されている将は主に二人居る。
前任の守将・ダンシャンに代わってカイヨーに派遣された荀擲と、ジョウハンにて厚遇を受けていた元飛刀香神衆頭目の殷撰だ。
殷撰は承咨の密命に従って剣合国の使者を襲撃した犯人で、その見返りとして彼はカイヨーの城主という立場を強く推薦された。
だが、独断専行を行った承咨の発言力は弱く、殷撰はカイヨー一国を任される事はなかった。
ただ地理に明るく同地の防衛経験を買われ、守将参謀という形式で半分の権限は与えられた。
(反逆した地への赴任か……見方によれば口封じを兼ねて最前線に送られたとも思える)
殷撰は山城の一角に築かれた館の一室にて、薄暗闇に包まれた城下を見ながら思案に耽る。
(私が……この町を変えたのだ。変えさせてしまった。……まさか奴等が、あれ程までに制御の利かぬ正規軍だとは思っても見なかった。……あの惨劇で死んだ者が、あの惨劇を生き残った者が……私を恨むのは当然だろうな)
「カイヨー民三分の二殺し」と呼ばれる大虐殺が起きた夜までは、この城下町も活気に溢れた良い町だった。
保守的なカイヨーの民は素朴ながらも豊かな暮らしに満足し、多くの子供達が城に遊びに来ては、竹で出来た飛刀による射的を興じ、大人達はその様子を見て和んでいたものだ。
夜になって城下に明かりが灯れば、町に囲まれた山城は自ずと照らし出されもする。
山の木々に付けた飾りを光に反応させ、ちょっとしたお祭りも年に何回かして楽しんだ。
だが今や、それら全てが見る影もない程に破壊されている。
町並みは大部分が焼き払われ、壊され、奪われた。
民も殆どが殺され、生き延びた者も他所の土地へ移っている。
城下に灯る明かりは殆どが承土軍兵の寄宿舎や、新たに住み付いた僻地の豪族達の新居によるものだろうし、商業、農業、工業、全ての産業も零に近い状態だ。
(……最早この地に、以前の賑わいが戻る事はあるまい……)
裏切りの代償は殷撰一人で償えるほど、小さなものではなかった。
「父さん。こんな所でどうしたのですか?」
彼が変わり果てたカイヨーを黙って見詰める最中、不意に背後から声が掛かった。
「諞か……お前こそ何をしに現れた? 六刻も前に屋敷へ戻ったと思うのだが」
振り返った先に立っていた者は、殷撰の息子たる殷諞。槍を携えた長髪の青年である。
「何やら胸騒ぎがしまして、気を紛らわす為にも巡回をしているのですよ」
「……私も、そんな所だ」
殷諞は改めて父の隣に立ち、幾許かの寂しげな明かりを灯す城下を見詰めて口を開く。
「父さん、一つ聞いてもよいですか?」
「……何が聞きたい」
「……何故飛影様を、長年仕えた飛刀香神衆を裏切ったのです?」
息子の問い掛けに対し、殷撰はすらすらと答えを返す。
「この乱世に於いて、家を残すには強大な軍の下に馳せ参じなければならん」
「……父さん、もう一つだけ教えて下さい。何故、剣合国軍ではなく承土軍に靡いたのです?」
然し、次に問われた内容については僅かな逡巡を見せた。
「……それについては、事前に説明したであろう。承土軍が私に近付き、私は飛影様では奴等に抵抗できぬと判断した。だから承土軍に寝返り、家の存続を図ったのだ」
「剣合国軍に助けを求めるという考えは無かったのですか?」
連投される問いに、殷撰は本当の理由を打ち明けざるを得なくなった。
「…………お前には、どうして母親が居ないと思う?」
「そう言えば居りませんね。我が家に母さんは」
殷諞は冷めた口調で淡々と返す。物心つく以前から、彼には母親の存在がなかったのだ。
言動が妙にひねくれているのも、母親の温もりを知らぬからだろう。
殷撰は息子ながら哀れと思うが、先ずは過去の経緯を話してやる。
「飛影様以外の者は知らぬが……私達の姓は、本来は「殷」ではない。我が家は本来、剣合国の傘下にあった豪族だ。かの暴君・ゲンガ(ナイトの祖父)の代まではな……」
「……これは初耳です。……成る程、大体想像がつきましたよ。父さんが異様に剣合国軍を嫌い、ナイト寄りの動きを見せる飛影様に反対していた事も」
「…………私は身を粉にして飛影様に尽くし、ラスフェ(ナイトの父)による侵攻の際も抜群の働きを示して飛刀香神衆存続に努めた。然し、飛影様は自衛を望み、承土軍と剣合国軍の勢力拡大を黙認し、あまつさえナイトが継いだ剣合国軍と停戦協定まで結んでしまったのだ。飛影様は私の境遇を知っていながら、私を裏切った。……故に私も裏切り、あれ以降はひたすらに我が家存続の為に動いてきたのだ」
殷撰は目線を城下町から変えない息子に、続けて語る。
「諞、よく覚えておけ。お前に母の居ないもの悲しさを教えたのは、全て剣合国軍だ。……奴等に同情なぞするでない。全ては家を存続させる為だ」
「……肝に銘じておきましょう」
話し終えた殷親子は互いに口を閉ざした。
そして数分後、殷諞が踵を返して部屋を出ようとした時に、事が発覚する。
「殷撰殿ここに居られたか! 敵襲でござる! 詳細な数は分からぬが敵は十中八九、剣合国軍でござろう! 拙者は直ちに出撃致す故、殷撰殿には後続の用意と城の守りをお任せ致す!」
大鎧を身に纏った荀擲が現れ様に早口で言い捨てる。
どうやら北部国境周辺に点在する三つの前線拠点から火の手が確認できたようだ。
「待たれよ。これは敵の策と思われる。下手に出ぬ方が宜しかろう」
だが、殷撰は前線拠点への援軍及び荀擲の出撃を否定。根拠と対応策を迅速に伝え、山城や城下の守りを固める事に専念させた。
遜康と境をなす北部国境周辺ではナイト、侶喧、楽瑜と稔寧。計三組の小隊が国境周辺に築かれた承土軍駐屯地に夜襲を仕掛け、陽動戦を展開していた……筈だった。
「ふっははは! 承土軍の兵はだらしがないな! この基地、俺達が制圧したぞー!」
「……上手くいきすぎたな。まあ良いか。有り難く物資を頂くとしよう」
「何たる惰弱。同じ軍に属していた事が恥と思える」
「皆さんお疲れ様、です」
適度に敵を引き付ける作戦だったにも拘わらず、あまりの敵の弱さに三隊は開始早々にあっさりと拠点を制圧。
承土軍兵の度肝を抜かれた表情や熟睡ぶりを見る限り、この地での戦闘は想定していなかったのかと言いたくなる程の無防備さだった。
ナイト達はここを基点にして隣接基地への攻撃を仕掛けていく。
そして至る箇所で圧勝。もはや本格的な侵攻となりつつあり、殷撰が援軍派遣を拒んだ事も影響して前線陣地は悉く敗れ去った。
現在、カイヨーの守備を任されている将は主に二人居る。
前任の守将・ダンシャンに代わってカイヨーに派遣された荀擲と、ジョウハンにて厚遇を受けていた元飛刀香神衆頭目の殷撰だ。
殷撰は承咨の密命に従って剣合国の使者を襲撃した犯人で、その見返りとして彼はカイヨーの城主という立場を強く推薦された。
だが、独断専行を行った承咨の発言力は弱く、殷撰はカイヨー一国を任される事はなかった。
ただ地理に明るく同地の防衛経験を買われ、守将参謀という形式で半分の権限は与えられた。
(反逆した地への赴任か……見方によれば口封じを兼ねて最前線に送られたとも思える)
殷撰は山城の一角に築かれた館の一室にて、薄暗闇に包まれた城下を見ながら思案に耽る。
(私が……この町を変えたのだ。変えさせてしまった。……まさか奴等が、あれ程までに制御の利かぬ正規軍だとは思っても見なかった。……あの惨劇で死んだ者が、あの惨劇を生き残った者が……私を恨むのは当然だろうな)
「カイヨー民三分の二殺し」と呼ばれる大虐殺が起きた夜までは、この城下町も活気に溢れた良い町だった。
保守的なカイヨーの民は素朴ながらも豊かな暮らしに満足し、多くの子供達が城に遊びに来ては、竹で出来た飛刀による射的を興じ、大人達はその様子を見て和んでいたものだ。
夜になって城下に明かりが灯れば、町に囲まれた山城は自ずと照らし出されもする。
山の木々に付けた飾りを光に反応させ、ちょっとしたお祭りも年に何回かして楽しんだ。
だが今や、それら全てが見る影もない程に破壊されている。
町並みは大部分が焼き払われ、壊され、奪われた。
民も殆どが殺され、生き延びた者も他所の土地へ移っている。
城下に灯る明かりは殆どが承土軍兵の寄宿舎や、新たに住み付いた僻地の豪族達の新居によるものだろうし、商業、農業、工業、全ての産業も零に近い状態だ。
(……最早この地に、以前の賑わいが戻る事はあるまい……)
裏切りの代償は殷撰一人で償えるほど、小さなものではなかった。
「父さん。こんな所でどうしたのですか?」
彼が変わり果てたカイヨーを黙って見詰める最中、不意に背後から声が掛かった。
「諞か……お前こそ何をしに現れた? 六刻も前に屋敷へ戻ったと思うのだが」
振り返った先に立っていた者は、殷撰の息子たる殷諞。槍を携えた長髪の青年である。
「何やら胸騒ぎがしまして、気を紛らわす為にも巡回をしているのですよ」
「……私も、そんな所だ」
殷諞は改めて父の隣に立ち、幾許かの寂しげな明かりを灯す城下を見詰めて口を開く。
「父さん、一つ聞いてもよいですか?」
「……何が聞きたい」
「……何故飛影様を、長年仕えた飛刀香神衆を裏切ったのです?」
息子の問い掛けに対し、殷撰はすらすらと答えを返す。
「この乱世に於いて、家を残すには強大な軍の下に馳せ参じなければならん」
「……父さん、もう一つだけ教えて下さい。何故、剣合国軍ではなく承土軍に靡いたのです?」
然し、次に問われた内容については僅かな逡巡を見せた。
「……それについては、事前に説明したであろう。承土軍が私に近付き、私は飛影様では奴等に抵抗できぬと判断した。だから承土軍に寝返り、家の存続を図ったのだ」
「剣合国軍に助けを求めるという考えは無かったのですか?」
連投される問いに、殷撰は本当の理由を打ち明けざるを得なくなった。
「…………お前には、どうして母親が居ないと思う?」
「そう言えば居りませんね。我が家に母さんは」
殷諞は冷めた口調で淡々と返す。物心つく以前から、彼には母親の存在がなかったのだ。
言動が妙にひねくれているのも、母親の温もりを知らぬからだろう。
殷撰は息子ながら哀れと思うが、先ずは過去の経緯を話してやる。
「飛影様以外の者は知らぬが……私達の姓は、本来は「殷」ではない。我が家は本来、剣合国の傘下にあった豪族だ。かの暴君・ゲンガ(ナイトの祖父)の代まではな……」
「……これは初耳です。……成る程、大体想像がつきましたよ。父さんが異様に剣合国軍を嫌い、ナイト寄りの動きを見せる飛影様に反対していた事も」
「…………私は身を粉にして飛影様に尽くし、ラスフェ(ナイトの父)による侵攻の際も抜群の働きを示して飛刀香神衆存続に努めた。然し、飛影様は自衛を望み、承土軍と剣合国軍の勢力拡大を黙認し、あまつさえナイトが継いだ剣合国軍と停戦協定まで結んでしまったのだ。飛影様は私の境遇を知っていながら、私を裏切った。……故に私も裏切り、あれ以降はひたすらに我が家存続の為に動いてきたのだ」
殷撰は目線を城下町から変えない息子に、続けて語る。
「諞、よく覚えておけ。お前に母の居ないもの悲しさを教えたのは、全て剣合国軍だ。……奴等に同情なぞするでない。全ては家を存続させる為だ」
「……肝に銘じておきましょう」
話し終えた殷親子は互いに口を閉ざした。
そして数分後、殷諞が踵を返して部屋を出ようとした時に、事が発覚する。
「殷撰殿ここに居られたか! 敵襲でござる! 詳細な数は分からぬが敵は十中八九、剣合国軍でござろう! 拙者は直ちに出撃致す故、殷撰殿には後続の用意と城の守りをお任せ致す!」
大鎧を身に纏った荀擲が現れ様に早口で言い捨てる。
どうやら北部国境周辺に点在する三つの前線拠点から火の手が確認できたようだ。
「待たれよ。これは敵の策と思われる。下手に出ぬ方が宜しかろう」
だが、殷撰は前線拠点への援軍及び荀擲の出撃を否定。根拠と対応策を迅速に伝え、山城や城下の守りを固める事に専念させた。
遜康と境をなす北部国境周辺ではナイト、侶喧、楽瑜と稔寧。計三組の小隊が国境周辺に築かれた承土軍駐屯地に夜襲を仕掛け、陽動戦を展開していた……筈だった。
「ふっははは! 承土軍の兵はだらしがないな! この基地、俺達が制圧したぞー!」
「……上手くいきすぎたな。まあ良いか。有り難く物資を頂くとしよう」
「何たる惰弱。同じ軍に属していた事が恥と思える」
「皆さんお疲れ様、です」
適度に敵を引き付ける作戦だったにも拘わらず、あまりの敵の弱さに三隊は開始早々にあっさりと拠点を制圧。
承土軍兵の度肝を抜かれた表情や熟睡ぶりを見る限り、この地での戦闘は想定していなかったのかと言いたくなる程の無防備さだった。
ナイト達はここを基点にして隣接基地への攻撃を仕掛けていく。
そして至る箇所で圧勝。もはや本格的な侵攻となりつつあり、殷撰が援軍派遣を拒んだ事も影響して前線陣地は悉く敗れ去った。
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