大戦乱記

バッファローウォーズ

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人の想い、絆の芽生え

飛蓮の恨み

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 ナイツは百二十名程のカイヨー兵を率いて、国境周辺までひたすらに駆けた。
途中、ナイト達によって前線拠点から追い出された敗残兵と遭遇したり、追撃に当たった荀擲隊の姿が見えたりするも、三千の敵中を突破したナイツ達にかかれば道端の小石程度の存在だった。敗残兵は一蹴され、荀擲は地理に疎い為に中々追い付けず、馬の足で引き離された。

 彼等は難なくナイト隊と合流。端的な事情説明と飛蓮の自己紹介を行った後、直ちに撤退を開始した。
別の場所に控えていた楽瑜・稔寧隊、侶喧隊にも退却指示がもたらされ、二隊も速やかな反転を以てカイヨーを後にする。


遜康城

 飛蓮救出作戦を終えた翌日の早朝。
ナイツ達はカイヨー北隣にある剣合国軍領の遜康で、先ずは侶喧隊との合流を果たす。

 その最中、飛蓮は侶喧との再開を心から喜び、彼等が涼周に忠誠を誓った経緯や涼周の存在を改めて聞き、笑みを浮かべて理解を示した。

 たが、彼女の笑顔は十数分後に消えて無くなり、代わって憤怒の表情が浮かび上がる。
帰還した楽瑜を、故郷に侵攻してカイヨー民三分の二殺しの片棒を担いだとされる彼を前にして彼女は――

「貴様が楽瑜か! 虐殺者の痴れ者が!」

 全力で飛刀を投げて迎えた。

 それでも楽瑜は、飛蓮の飛刀を避けようとも防ごうともしない。ただ急所に当たる位置は避ける様に、僅かに右へ微調整するのみ。
カイヨーの者から罰せられ、忌み嫌われるのは当然とばかりに、粛然と酬いの刃を受けるつもりで仁王立ったのだ。

「……ぬ、すまんな稔寧」

 然し、風を切る飛刀は楽瑜の前方二十センチの所で魔障壁に弾かれ、地に落ちてやっと音を立てた。
楽瑜の副将たる稔寧が、上官の抵抗する気配を感じなかった為、咄嗟に防いだのだ。

 すると飛蓮は、他の者が止めに入ろうとするよりも早く、次の飛刀を取り出して今度は稔寧に的を定めた。楽瑜を守る盾を先に消そうと考えたのだ。
そうなって初めて楽瑜は抵抗の姿勢を見せ、躊躇う事なく稔寧の前に身を乗り出した。

「だめぇっ!!」

 涼周が叫ぶも、周りの者が止めに掛かる事は間に合わず、飛蓮は第二の刃を繰り出した。

「っう!?」

 刹那、一発の銃声が響いて飛蓮が投げた短刀は粉々に砕け散る。
ナイツ、侶喧、メスナに抑えられる中、飛蓮は銃声がした方を睨み付けた。

「お止めなさい、飛氏の姫君。貴女は勘違いをなさっている」

 そこには片手銃を突き出して静かに佇むマヤケイの姿があった。
彼はゆっくりと片手銃を降ろして腰のホルスターに収めたが、取り出す際に見せた瞬間的動作の後では、それがとてつもないゆっくりな動きに思えた。

「姫様お止めを! マヤケイ殿の仰る様に、姫様は勘違いしておられます! 楽瑜殿の部隊はカイヨーに攻め込みはしましたが、殆どが民の保護に当たっておられました! 私や他の頭目達もそれを見ております故、嘘ではありません!」

「間違いなんて関係ない……! この二人がカイヨーに攻め入り、女子供に至るまで虐殺を行った奴等の一員というだけで、殺すには充分な理由だ!」

 カイヨーで見せた冷静な言動が嘘の様に、楽瑜へ向き直って怒り狂う飛蓮。

「あの夜の恨みを! 私達飛刀香神衆は必ず忘れん! 無抵抗な民の虐殺を目的と言わんばかりに殺しまくりやがって! 城を真っ先に制し、逃げてきた子供達を待ち伏せて銃弾と剣を振りかざしたお前達を! 私は絶対に許さない!!」

 彼女は魔力を体に帯びさせてでも暴れる為、ナイツとメスナも仕方なくそれに応じる。

「…………汝の痛みの主張、我はしかと胸に刻んだ。許しを乞おうなどとも思わん。涼周殿や稔寧の為に死ぬ訳には参らぬが、恨みの一撃を放ちたくなった際には、遠慮なく我を痛めつけられよ。……だだ、我の背後にありし稔寧だけは、やめてくれ。彼女には何の罪も恥もない。我が立場上の理由でブイズどもを力尽くで止められなかった中でも、彼女は全力で民達を守った。承土軍の中にあって、彼女以上に民を助けた者は他には居らぬ」

 カッと見開いた雄々しい瞳が、飛蓮の心に嘆願した。
嘘偽りの色が全く感じられない瞳に、流石の飛蓮も稔寧だけは仇から除外せざるを得ない。

「飛蓮いやっ! 楽瑜、違う! 敵と違う! だから首とらないでっ!」

 更には涼周までもが飛蓮に泣き付き、彼女の短刀入れに顔を埋める形で楽瑜達を庇う。

 こうなっては、もはや飛蓮に為せる術はない。
彼女は体に帯びさせた魔力をゆっくりと収め、涙を流す涼周を抱き寄せながら楽瑜を睨む。

「…………カイヨー民の恩人から、かくも言われてお前を殺す訳にはいかない。でも、許した訳でもない。お前がもし、この子を裏切る様な真似をした時は……覚悟しておけ……!」

「心得た。天地神明に誓って涼周殿を裏切らぬと宣言致す」

「…………ふんっ! ……承土軍に属していた奴の言う事など、どうだかな!」

 軽蔑の眼差しを以て、飛蓮は楽瑜の誓いを嘲笑う。
この場は一応の終息を迎え、銃声を聞き付けたナイトと、次いで遜康守将のメイセイが駆け付けるまでは平穏を取り戻した。

「父上! 大事な時に何処へ行っていた…………なんて言いません。……もう予想が付きましたから」

「おぅ! その予想とやらを、この父に答えてみよ!」

「……どうせみんなの分の咖喱を仕込んでたんでしょ。匂いで分かります」

「おぅ! 辛くとも悲しい時は食って寝て治すもんだ! 皆で辛いものを食べて、辛さを弾き返そうではないかっ!」

「文字遊びのつもりですか…………まったく」

「いや、父さんこれでも役に立とうとだな……」

 そこへ騎乗した状態のメイセイが現れる。

「おいナイト殿! 厨房の玉葱と人参と豚肉とジャガタラ芋と……兎に角すべての食材を大鍋にぶちこんで咖喱を作っているのはあんたか!」

「そうだが、何か問題があるのか?」

「蜂蜜が入っていないだろうが! 蜂蜜がぁ! 咖喱と言えば四割が蜂蜜だろうが!」

「おおっといけねぇー! 涼周に盗み食いされるのを防ぐ為に、倉庫に隠したのをわーすれてたー!!」

「倉庫か! 倉庫にあるんだな! ならば後は俺に任せろ! はあっ!」

 そう言い残し、甘党戦士は黎明の中を食料庫へ向かって駆けて行く。戦場の鬼たる所以を自ずから感じさせる、勇ましい背中を輝かせながら。

「…………何が、はあっ! ……だよこの甘党ども……」

 ナイツは半眼を作ってそれを見送った。
因みにナイトとメイセイ監修の下で作られた特製咖喱は、ある意味で五臓六腑に染み渡る絶品だった。涼周が何杯ものお代わりをし、兵達が涙を浮かべてナイトに抱き付く程に。

「これは咖喱であって咖喱ではない! 芸術であります!」

「正に究極の一品! 我等、感動の涙で脱水症状まっしぐらでござる!」

「うわわあぁーん! お父さぁーん! 俺だよぉー!」

「ふっははははは! おぅイエース!」

 ナイトは彼の体に顔を埋めて感激する大勢の兵達に囲まれて、仁王立ちのまま両手に特製咖喱を掲げて声高らかに笑う。
飛蓮は終始言葉を失って唖然とし、ある意味で世の中の広さを知った。
そして混沌なる状況にあっても微笑みを浮かべ、剣合国軍の結束の強さを冷静に推し量るマヤケイは、やっぱり凄かった。
ついでに言えば、涼周の頬に付いた咖喱を拭き取り、微笑み掛けて食欲王の動きを封じてしまう隠しきれていない天然才能も、とても王子様然としていた。
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