大戦乱記

バッファローウォーズ

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正しき忠誠

参謀殿の初献策

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「ファーテイスから出撃したシャイ・チャイと殷撰のカイヨー城救援軍は、カイヨー城の陥落に続き、前線の友軍まで敗北したとの報告を受けて反転。城下町に火を放った後に撤退した。
剣合国軍はカイヨー解放に成功したものの、ファーテイスとトーチューの南西に敵を構え、迂闊に動けなくなる。
この状況を打破せんと、ナイトは半分の戦力を以てファーテイス攻略に出ようとした。
だが、衡裔の放った離間策が功を奏し、キュロ州南西部・三葉の地にて反乱が発生。剣合国軍はこれ以上の進撃を取り止めざるを得なくなった」



 涼周を主として魏儒隊一万三千が降伏した結果は、殊更大きなものだった。
終戦から間髪入れず、魏儒は配下の将校を繰り出し、鉉彰隊敗残兵の吸収を進言する。

「鉉彰の部隊は惜しむべき強兵が多く存在します。彼の者等を呼び集め、先に降伏・捕縛された者達と合わせれば、楽瑜殿の部隊としての運用が可能でしょう」

「……今回ばかしは、そんなに上手くいくとは思えない。彼等の将は父上に討たれてしまった。魏儒兵の様に上官の想いを反映した訳でもない兵達が、ナイトの子に当たる涼周の為に戦おうなんて気にはならないと……」

「…………」

 魏儒がナイツを僅かに睨む。お前に対して進言している訳ではないといった不満と軍閥差別化を思わせる、冷淡な眼差しだった。
然し涼周本人が軍事に疎く、ナイツが代弁者たる存在である為に魏儒もとやかくは言えず、仕方なしといった声音でナイツの問いに答える。

「……鉉彰は元々、衡裔と承土がラクウトゥナ小大陸を席巻する際に雇い入れた傭兵旅団の長。配下の将兵も半分以上が傭兵上がりだ。それ故に奴等の忠誠は金で買える」

「……金かぁ……なんだかな」

 涼周の想いによって帰順した魏儒を前にして、ナイツは微妙な感情を抱いた。
魏儒隊は直ぐに涼周色に染まるだろうが、金を目当てに集まった元傭兵が果たして立派な戦力足りえるのかと。

「三軍は得易く一将は求め難しというだけの事。それに、将としては楽瑜殿が既に居る状況ならば、兵も自然と彼の想いに応えよう」

 ナイツの言葉と首を傾げた動作から魏儒は彼の考えを察し、要らぬ懸念と断言した。

「抑々にして、その実例が私の陣営を破ったのだ。彼等を元傭兵と侮るな。彼等は主と仰いだ者の為ならば、全力を尽くして突撃する好漢どもだ」

「ふははっ! 確かにそうだね。鉉彰兵の忠誠は、後から自ずと付いてきた」

「……勘違いだけはなさるな、ジオ・ゼアイ殿。鉉彰兵は金と馴染みがあれば誰にでも付いていく訳ではないぞ。主が涼周殿であり、将が楽瑜殿であるからこそ忠誠を誓うのだ」

「あぁ、俺の考えが浅はかだったよ。気付かせてくれてありがとう。……よし、涼周! 早速、魏儒達にお願いするんだ。散っていった鉉彰兵を呼び集めよう!」

 念を押す魏儒へ、ナイツは涼周の両肩に手を当てて新たな主君を押し出した。

 仲間から提案され、兄にも促された涼周は小さく頷き、魏儒にお願いする。

「ぅ、お願い。……でも、魏儒や兵達……家族……」

 それと同時に、涼周は兵達の家族を強く心配した。
表情に影を落とし、自分の勧誘による結果が、仲間達に多大な迷惑を掛ける事を案じる。
案じて、謝罪も兼ねたのだろう。視線を落とした幼子の姿は、申し訳なさそうに許しを請う一礼にも見えた。

「城下町に居た民はどうしました? 虐殺して追い払ったのであれば、私達は主を見誤った事になりますが……」

「そんな事してない! 侶喧と一緒に、保護した!」

「ふっ……でしょうな。では我等は、涼周殿に感謝しなければなりません」

(いや魏儒様……でしょうなって、それは違う意味でひどいですよ……)

 あらぬ疑念を抱かれた事で、涼周は必死になって晴らそうとした。

 魏儒はその即答を前にして微笑を浮かべ、銹達は答えを知りながら聞いた魏儒の大人げなさを心の中で批難する。

「……安心なさられよ。我等の家族は皆がカイヨーの城下に移り住んでおります。故に、今は涼周殿の願いを実行するのみ」

 魏儒は続けざまに、銹達へ指示を下す。

「銹達。落馬からの銅銭禿げからの髪の毛復活と忙しいだろうが、一つ頼まれてほしい」

「はっ。騎兵を総動員して散った鉉彰兵に声を掛けて参ります」

「頼む。私は先に捕縛された者達を説得しに参る」

 銹達の後頭部は少しの間だけ、一部分が禿げていた。楽瑜と韓任の刃が交わった時の衝撃から耐える為に、涼周が彼の頭髪を掴んでブチブチと抜いたからだ。
たが今はもう、涼周の「撫で撫で痛い痛いの飛んでけー」によって髪の毛が復活を遂げており、長く生え過ぎて剪定が必要な程に増加した。

 そして剪定された銹達は更に長髪となり、意外と気に入ったのか上機嫌で駆けていった。
ズタボロになりながらも、サラサラストレートで艶のある黒髪を靡かせる健気な姿が、行く先々で鉉彰隊敗残兵の心を魅了し、予想よりも多くの兵を帰順させた事は言わずもがな。
更に更に言えば、銹達の絶世の黒髪に当てられた鉉彰兵や銹達兵の多くが、退役後は美容師になろうと夢見たのも、当然の事と言えた。

「ん、にぃに、あげる」

「…………何の役に立つの、それ」

 ピロリーン! ナイツは「銹達の毛塊」を1つ手に入れた!
メニューを開いてアイテム一覧から選択すると、抜け毛が気になる場所へ植毛が――
…………ナイツはよく分からないモジャモジャの塊を手に取り、脳裏に走る誰かさんの説明を強制的に遮断した。

 最終的に魏儒は、一万近い鉉彰兵を掌握。楽瑜隊に所属する元鉉彰兵と協力し、徐々に涼周軍への戦力化を図ってゆく方針をとった。
一連のやり取りはシセン・荀擲隊の追撃に移っているナイト本軍にも具に伝わり、ナイトは快諾。シセン隊に率いられてトーチューへ撤退する鉉彰兵にも流布させる事を兼ね、追撃の手を強めた。

 然しその中にあって、安楽武一人だけが得も言えぬ表情を浮かべていた。

(殿と同じ才能を持つ弟君が、殿と同じく魏儒へ目をつける事は分かっていた。……だが、かように早く、それも簡単に仲間へ加えるとは……正直、想像の上を行く)

 魏儒の説得及び陥落は、早くとも終戦後の、彼が捕縛された後だろうと予測していた。
それだけに安楽武は、涼周の仁徳と速攻に一目置きつつも、ナイト以上の才能を有する可能性のある幼子の存在を、大いに危惧する。

(……状況によっては討ち取るべきと捉えていた魏儒を戦の最中に降し……結果としてそれが、有力な鉉彰兵の取得と魏儒兵の保持に繋がった。魏儒の仲間加入が終戦後であったなら、敵味方の死傷者は甚大な数に上り、鉉彰兵・魏儒兵ともに少ししか残らなかった筈。…………それを……戦略的思考を一切持たぬ幼子が、果たしたというのか? 奴は一体……何者だ!)

 自らの描いた最良の策を覆し、莫大な実利をいとも簡単に得た涼周。
安楽武は自身の才能、そして尊崇するナイトの才能が、素性も知れない子供に劣っているのだと、激しく胸の内をざわめかした。


 カイヨー前線地帯で繰り広げられた戦の死傷者総数は、以下に記す通りとなる。
剣合国軍の死傷者数、一万九千。トーチュー騎軍、一千弱。承土軍、四万七千。
トーチューへ撤退できた承土軍の数は、一万余であったという。
彼等は暫くの間トーチューに留まり、衡裔の指示を待つ身となった。

(やっべ、荀擲が逃げてきやがった……隠れろ隠れろ)

 そして飛蓮救出作戦の折、荀擲に顔を見られ存在を知られた飛昭は、同地にて更なる引きこもりを余儀なくされたという。
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