大戦乱記

バッファローウォーズ

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剣合国と沛国の北部騒動

浪漫を求めて

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「んげぇっ!? あんたは!?」

「おや、この気配は……」

「あっ、貴女方は……!」

 難民の受け入れが可能になったよー! という報告を兼ねて涼周に会いに来たのは営水。
だがナイト一行の前に姿を現した彼を見るなり、飛蓮が嫌な声を上げ、それに気付いた営水も彼女に向き直ると身を固めてしまった。

 営水と飛蓮及び稔寧が顔を合わせたのは実質二度目だったが、互いの名前と身分を知った上で改めて顔を合わせたのは、これが最初であった。
実は文尊集落の残軍を降伏させた後、営水はナイトの要望に応じて田俚の追討部隊に加わり、集落で戦っていた飛蓮、稔寧、李洪ら連合軍の将達と会っていなかったのだ。
そしてナイトが涼周と仲間達を連れて沛国に向かうと同時、入れ替わる様に集落へ戻った為、李洪とは面会したが飛蓮と稔寧との顔合わせはしていなかった。

「二人ともどうしたの? そんなに顔をひきつらせて」

 ナイツが三者の間に入って事情を聞くと、飛蓮は営水を指差しながら小声で説明した。
大勢の人前で営水の尊厳を傷付けないように配慮するところは、彼女の優しさだろう。

「……ナイツ殿、こいつですよ。添櫂集落で涼周殿の風呂を覗いた助平魔神は」

 ナイツの目が光り、首だけが営水の方へ向いた。

「…………ねぇ、営水、本当、なの、かな?」

「いえ……あれは……私も戦の早期決着を図っての行動でして……」

 目を游がせる営水はしどろもどろになって弁明する。
ナイツは彼の様子から、こいつはぁ確信犯だぜとっさぁん、と飛蓮の証言を認めた。

「言い訳は…………」

 営水の左肩に右手を置いたナイツは僅かに溜めた後、左手で営水の右腹部を掴む。

「無用じゃあーー!!」

 そして気合いを込めた掴み投げを以て、営水を三葉の添櫂集落にある漢道場の「ウホッ! ポロリもあるよ、素敵な漢だらけの熱帯天国」へ舞い戻した。

「おっう! 色男が空から降ってきたでござる!」

「おっう! 以前現れた色男でござる!」

「佐用! 前以上に漢らしくなった色男でござるーー!!」

「でやえでやえー! 次こそは入信させるでござるぅーー!!」

「またここか!? ここは普通にまずいっ!?」

 結果、営水は何とか地獄からの生還を果たすが、報告する前に飛ばされた事が影響して、ナイツ達が三葉の受け入れ準備完了を知ったのは、その日の夜となってしまった。


「あきません! 通しませんよ!」

「いえ、私は貴方へ聞きたい事があって来たのでして、この先にある涼周様専用風呂を覗こうなどと考えてはおりません」

 湯治場に戻った営水が、ナイト一行に報告を行った二時間後の事。
ナイツと飛蓮合作の「涼周風呂」を警護するナイツの前に、営水本人が現れたのだ。

「俺に聞きたい事? 何が聞きたいんだ?」

 営水の言動に動揺は見られず、ナイツは彼を信用して疑念の眼差しを解いて聞き返す。

「私以外の仲間の状況を知りたいのです。聞けば、各所に散っておられるとか?」

「うん。楽瑜と魏儒と侶喧は今、カイヨーに居るね。それでもって侶喧は梅朝に移り住んでもいるし、楽瑜隊は最近まで義士城に駐屯していた。……魏儒はまだ何処に駐屯するとも決まってない。でも態々俺に聞かなくても、三葉には安楽武や李洪が居る筈だけど? ……もしかして李洪とも、反りが合わなかった?」

「いえ、李洪殿は至って真摯に接して下されました。されど安楽武軍師は私を快く思われぬ様でして、もしや李洪殿にも安楽武殿の息が掛かっているのではと考え、確認を兼ねて信の置ける貴方にお尋ねした次第です」

「……軍師が営水の事を? ……元から新参者に厳しい節が少しはあったけど……」

 軍師が味方の存在を一方的に快く思わなかった事は滅多にない。
だが、仕事上の付き合い以外で他者と親しくしている姿を見掛けないのも事実。

「……確かに安楽武は少々難しい人柄だ。……それでも彼は、徒に軍内へ不和を生じさせる様な小物ではないよ。多分、営水の考えすぎじゃないかな?」

 安楽武は嫌な相手を前にしても感情を隠す。足を掬われる危険を恐れているからだ。
そんな彼が態々態度に顕す事はしないだろうと、ナイツは見ていた。

「……そうだと良いのですが。どうも気になります」

「……自分の存在が涼周の枷にならないか、心配?」

 ナイツの問い掛けに、営水は小さく首肯した。
愚かな忠臣と揶揄された今までが半ばイエスマンであった為に、彼は上位の者に対して押しが弱く、どうしても受け身になる癖があるのだ。

「大丈夫だって。安楽武はただ単に、営水達が仲間になったばかりで、まだちょっとだけ疑ってるんだよ。それに涼周の足を引っ張ったとしても、涼周達はその程度の事で怒らないし、何かあった際は俺や父上だって力になるからさ」

「……御気遣い、有り難く存じます」

 静かに、それでいて朗らかに、営水は微笑を浮かべた。
あの弟にしてこの兄とは流石だと、そう思ったのだ。

「おぅお二人さん! 風呂の警備かい? お疲れさん!」

 そして、なんの脈絡もないままに突如として現れたマヤシィ。

 ナイツと営水は彼の神出鬼没さに驚きつつも、掛けられた言葉に反応を示す。

「うん。涼周と飛蓮と稔寧が入浴しているからね。覗きが居ないか見張っているんだ」

「ご苦労なこって。……じゃあ俺はちょっと用事があるんでな。頑張ってくれぃ」

「うん、お疲れ様」

 言って、マヤシィはナイツの横をすり抜けて脱衣所へと入っていく。
とても自然に、それでいて堂々と、他者の認識をずらして突撃していった。きっと彼もキャンディや淡咲と同じく、温泉が好きなのだろう。

 ナイツと営水には、マヤシィが顔パスで入っていく姿が遠い昔の様に思えたと言う。
二人は矛盾に気付く事なく、さも自然に会話を続けた。

「それにしても最近は戦続きで……俺でも結構疲れたよ……!」

「はい。ナイツ殿達はカイヨー解放戦に続いて三葉の鎮圧。そして沛国と……連戦に次ぐ連戦でしたね。何でしたら私が警備を代わりますので、貴方も温泉に浸かられては?」

「それは助かるよ。……なら営水のご厚意に甘えて、寛がせてもらおうかな。さてとっ…………ん? ちょっと待って。何かがおかしいぞ」

「どうしました?」

「いや、俺はさっきまでここを守ってたんだよな?」

 自分と飛蓮が作った小屋を徐に指差して問うナイツに、営水は普通に頷いて返す。

「はい。涼周様や飛蓮殿達が入浴しておられるので」

「……一体、なにから守ってたんだっけ?」

「それは覗きを行う不埒な輩からではないですか?」

「…………今さっき……マヤシィが入っていかなかった?」

「…………あ……!」

 ザル警備とは正にこれ。否、マヤシィが格別なのかもしれない。

「兎に角、急いで止めるよ!」

 ナイツと営水は暖簾を潜って脱衣所に入る。
中では既にマヤシィが事に及ぼうとしていた。

「おぅや? どうしたお二人さん。まるで覗き魔を見つけたみたいに慌てちゃって」

「現に見付けたんだよ。……マヤシィ殿、これ以上は駄目だからね。早く出るよ……!」

 しれっとした態度を見せるマヤシィに、ナイツは語気を強めて警告した。
だがこの程度で屈するマヤシィではなく、寧ろ彼はナイツと営水にも覗きを勧める。

「二人とも勘違いをしているよ。こりゃ愛の一環で、溺れていないか見守ってんだぜ」

「限りなく犯罪者の言い訳に聞こえるけど。……因みに飛蓮と稔寧も居るし、溺れる心配はしなくても大丈夫だから。兎にも角にも、早く出るよ」

「そう言っちゃって……ナイツ殿も実のところは、気になってんじゃないの?」

「いやまぁ、確かに気にはなるけどね……」

「……いいかいナイツ殿。兄ってぇのは何時如何なる場合に於いても弟や妹を想う存在だ」

「うん、それは分かってるよ。だからこうして覗きが居ないかを見張って……」

「いいや、分かってない。分かってないよあんた。本当に想うなら、なんで汚名を背負ってまで見守らないんだ? あんたは弟の命と自分の名声、どっちが大事なんだい?」

「!?」

 諭されたナイツは目を見開いてハッとするが、懐柔されなかった営水は冷ややかな視線をマヤシィに向ける。

「……えらく強引な論点のすり替えですね。そんな言い分で納得できる訳が……」

「確かに、マヤシィ殿の言う通りだ」

(ええぇぇぇーー!?)

 営水が目を見開いて驚く一方、ナイツは自分が間違っていた事を認め、考えを改めた。

「俺はなんて酷い兄だったんだ。己の面子を第一にして、大切な涼周の事を二の次にしていたなんて。……これでは、兄失格……だな」

 拳を握り締めて己の非(?)を悔いるナイツの肩へ、マヤシィの大きな左手が置かれる。

「過去は変えられないが、これからの未来は変えられる。さぁ、兄貴たるを示そうぜ!」

 右手の親指を湯屋へ向けて歯を光らせるマヤシィ。
己が行動に何ら過ちを感じていない、無駄に清々しい駄目な見本そのものであった。

「よし行こう! 営水も続け!」

「…………御意に」

 真面目な性格が祟ったナイツは騙された状態を真面目に貫き、兄歴の大先輩によって簡単に洗脳されたしまった。
しかも彼は、実に漢らしい表情を浮かべて営水をも巻き込む。

 とことん厄介事に巻き込まれる質の営水。不本意ながらもナイツに従った。
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