大戦乱記

バッファローウォーズ

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戀王国の仲間達

戀王国の熊型錝将軍

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 独立記念日当日。式典開始まで残り一時間。
本城大広間には戀王国の文武百官を始め、王国連合からの追悼使節団、ナイト、キャンディ及びリーリアとメスナの姿があった。

「涼周ー、もう戻るよ。肩車してあげるからおいで」

「ぅー、もうちょっとー」

 既に着座する者、最終打ち合わせを行う者、まだ到着していない者など、多くの参列者が様々な状態にある現状を思えば、噴水を優雅に泳ぐ魚へ涼周が餌をあげていることは至って普通と言えるだろう。少なくともナイトと涼周はそう思っている。

(…………暇潰ししてこいって言うから餌を持って付き合えば、一時間以上もパラパラフリフリパクパクと……まったく、よくもまぁ飽きないな)

 ナイトから手渡された餌袋の中身が一向に減らない事、餌を食べる魚達が目に見えて筋肉質になっていく事、心なしか人面魚っぽくなりつつある事が気になるものの、涼周のお尻フリフリを見て楽しむナイツは深く考える事を止めた。

「ナンダカトッテモムラムラシテキタヨ」

「ルブブブブブカラダモジシンモミチミチノミチオダヨ」

「ナンテステキナキンニクナンダホレボレスルヨ」

 しかも、魚達から幻聴の様なものまで聞こえてくる。
これは察するべきではない、餌やりを続けさせるべきではないと、ナイツは盛大に無視。前屈みの状態で魚を眺める涼周を強引に肩車して、この場を離れようとした。
惜しいかな。ナイツがここで理解を示さなかったばかりに、後世に名高い「戀王国人面魚伝説」が広まるのは、大分先の話となるのだ。

 どうでもよい事だが、人魚と聞いてオホッ! となるのは良いとしても、漢字を逆さまにしただけの魚人と聞いたらキモチワルッ! となるのは如何なものか。
何故その様な事を言うのかと問われれば、それは戀王国人面魚伝説が、水草すら涙で身を濡らす程の、魚人の恋物語であるからだ。

「……ぅ? 熊ぁっ!?」

 一方、嫌々ながらもナイツの肩車を受けて視野を広げた涼周は、突然の大声をあげた。
熊とはなんぞやと、ナイツは涼周が声を放った方角に向き直る。

「ゴッホッホ!! 熊と来ましたか! 我輩はこれでも兎を目指しておるのですぞ! ほれ、この豊か過ぎる茶髭と熊が如き巨躯! どうです? 兎そっくりでしょう?」

 兄弟の視線先には、長く清らかな茶髭と、正装である事を思わせない程に主張する筋肉を持つ、初老の巨漢が堂々と君臨していた。
正装を破らんばかりの立派な体躯もとい筋肉に、噴水を泳ぐ人面魚達が魅了されて鼻血を垂らす。筋肉に国境はなく、人間・魚類・野獣であろうがそれは変わらないのだ。

「お久しぶりです我昌明ガショウメイ将軍。何卒、弟の無礼をお許し下さい」

「無礼などとはとんでも御座らん! 我が歴戦たる肉体をお褒めいただき、嬉しい限り!」

 弟に代わって謝罪する兄に対し、彼の将軍は豪快に笑って受け流す。
ファーリムの様に、澄んだ瞳をする人物だった。

「にぃに、この人、この人……」

 さくっと鑑定を済ませた涼周は小声で紹介を求め、初見こそ驚いたものの、早くも慣れた様で別段恐れる素振りは見せなかった。

「彼は戀王国の錝将軍にして、王国連合軍第一軍団都督、豪牙天剛ゴウゲテンゴウ・我昌明将軍だよ。分かったら、ちゃんと挨拶して」

 兄から説明と挨拶を求められた涼周は一旦地上に降ろされ、改めて我昌明と向き合う。

「涼周です。よろしくおねがいします」

 舌足らず且つ不調法ながらも、兄達を参考にしたお辞儀をする。

「我昌明と申す。貴殿が噂の幼子大将・涼周殿ですな。以後、お見知り置き下され」

 対する我昌明は、将軍の頂点に立つ者としての威厳を感じさせる一挙一動を示す。
それを見てナイツは、行く行くは我昌明みたく頼れる大人の男になりたいと強く願い、弟にも毅然とした態度をとれる様になってほしいと願った。

「ところで我昌明将軍。将軍は今到着なされたのですか?」

「如何にも。我が軍団の管轄内に賊共が現れましたのでな、軽く討伐してきたばかり」

「……聞けば第四軍団都督の于詮将軍も、討伐作戦に当たっているとの事……。戀王国や周辺の連合諸国では、近頃争乱が頻発しているのですか?」

 秦恵蘭が隠し、彼女から説明を受けているであろうナイトやキャンディも話さない内容を、ナイツは我昌明から聞き出そうとした。
問われた錝将軍は表情変えぬまま、ナイツと涼周に近寄って小声で話す。

「御客人に話す内容ではありませんが一つだけ言うならば、確かにその通りです。于詮の当たっている東部地域と境を接するゲルファン王国で圧政化が進み、彼の大国は現在内乱状態。心ある実力者は我等に助けを求め、民の蜂起も日に日に増しています。……噂では、王位継承権を巡った内輪揉めも起きていると……」

「では于詮将軍もゲルファン王国軍との戦に……。敵はどれほど強いのでしょうか?」

「流石に大国を謳うだけあって相当な軍事力を誇っています。主な将としては錝将軍・白葯ハクヤクを筆頭に、万人のツワモノと呼ばれる張真チョウシンや、隻竜セキリュウ爽表ソウヒョウ閻怪将エンカイショウ爽司ソウシ兄弟等。いずれも豪勇で名を馳せる猛者共です」

 ゲルファン王国軍の名はナイツも聞いていた。
継承権を持つ者の中で最も武に長けた者が王位を継ぎ、そこに兄や弟といった間柄、人柄や内政及び外交能力は関係ないという、極めて珍しい伝統を持つ勢力である。
そして王が王ならば軍も軍と言うべきか、当然ながらゲルファン王国軍は将兵ともに精強を誇り、軍事力を以て何事も解決する節があった。

 言い換えれば、歴代の王を通して物々しい軍事大国だ。

「深く聞いて申し訳ありませんが、今戦の状況を教えてもらえませんか?」

「同国に所属する将軍が民衆に担がれて反乱を起こし、討伐軍との戦争に発展しました。それ故、反旗を翻した将軍は我等に対して援軍と保護を求めて参ったのです」

「于詮将軍は大丈夫でしょうか? 戀王国軍が出たとなれば、ゲルファン王国軍も黙ってはいない筈。奴等が主将軍達を追加派遣すれば于詮将軍と言えども……」

「懸念はあります。ですから我輩も、賊討伐に当てた部隊を解散させる事なく率いて参りました。式典に多少遅れてでも、不測の事態に備えるべきと心得えましてな」

 我昌明もナイツと同様の心配を抱えていた。
于詮の実力を信じてはいるが、ゲルファン王国軍には彼を上回る強者も存在すると知る為に、状況によっては王国連合随一の猛将たる自分の出陣もあり得ると見たのだ。

「…………まぁ、戦話はこの程度に留め、城へ入りましょう。式典も直に始まりますからな!」

「……はい。では参りましょう」

 ナイツと涼周は我昌明とともに大広間へと向かった。
道中、戦の話によって元気を無くした涼周に気付いた我昌明は、ナイツに代わって涼周を肩車。兄やナイト以上の高さになった涼周は大はしゃぎしたという。

 ちょうどその頃だ。前線地帯より飛ばされた急使が戀王国軍領に到着し、本城へと緊急情報を伝えるべく、最寄りの軍基地に駆け込んだのである。
だがそうとは知らずに式典は始まり、先ずは独立戦争戦没者の追悼が行われたのだった。
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