大戦乱記

バッファローウォーズ

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ナシュルク解放戦

昔語りと変わらぬ純愛

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 軍編成の為に慾彭が湖へ戻った時のように、今度は歩隲隊が湖に戻り、歩隲に代わって慾彭が本隊を引き連れて現れた。
反乱軍の編成を行う者が慾彭から歩隲に変わる事で、引き継ぎに多少の時間を要するかと思われたが、二人の連携は「見事」の二文字に尽きるものだった。
お互いが先の事態を予見していた様に、両者は後事の手配を済ませており、実際に顔を合わせても書類と留意点を交わすのみである。
偏に、必然的に聞き手となる事が多い慾彭だからこそ、優れた連携力と適応力と事務処理能力を誇り、それを以て歩隲の作戦に逸早く対応できるのだ。

「何より歩隲と慾彭は独立戦争前から仲が良かったしな! 戦歴を遡れば、あの二人は結構な頻度で共闘していたぞ!」

「寧ろ軍師は慾彭の力に頼り過ぎるきらいがあったな。それが為に慾彭無しの作戦では何度か窮地に陥り、その都度ナイト殿やファーリム殿に助けられていた」

 軍勢の中央先頭にて馬を並べるナイト、ナイツ、涼周(にぃにの馬上)、我昌明、于詮。
彼等は今、ナイトと我昌明による昔語りに興じていた。

「ふっはは! そう言えばそうだったな! 初めの内は涙目で「余計な事を! 感謝なんてしませんからね!」って怒ってたのに、最後の方は「また、助けてもらいましたね。この御恩は、いずれ必ず……!」…………あぁーーー!! 自分で言ってて恥ずかしいぜぇーーー!!」

「ゴッホッホ! そうらしいですな! 我輩は最後の方しか知らぬ故に最初の様子は見ておりませんが、聞くだけでも凄まじい変わりようで、もはや別人ですぞ!!」

「確かに。あれは前後で全くの別人だった。何よりあの淡咲殿が驚いたぐらいだ」

 歩隲の声と仕草を真似るナイトが勝手に自爆。
総髪が決まっている頭を勢い良く掻きむしり、頭髪を凄まじく擦りあわせる事で膨大な自然運動エネルギーを発生させる。そうすれば頭上に小さな竜巻が生み出され、身軽な涼周をナイツの馬上から浮かび上がらせて肩車の状態に落ち着かせる。

 ナイツは有り得ない現象を起こした父に対して閉口し、そんな事は慣れたとばかりに笑う我昌明や于詮、関係なく空中浮遊を楽しんだ涼周を余所に独り言の様に呟く。

「…………そうだったんですね。歩隲殿は結構、素直じゃなかったと……」

 それを拾ったのはナイツの隣を進む于詮。

「あぁ。仲間になった当初は、こいつの性格では軍師になるなんて絶対に無理だろうと思っていた。だが今となっては実際に軍師となり、戀王国の双璧の片割れを担っている。……それに俺達が驚く程、歩隲は変わった」

 彼と秦恵蘭、歩隲、慾彭の四人は独立戦争前に仲間となっており、中でも于詮は最古参に当たった。因みに我昌明は独立戦争序盤で仲間になっている。

「逆に言えば、我輩等は何にも変わっておりませんなぁ……」

 肩に大矛を掛ける我昌明が昔を懐かしみ、彼に似合わぬ静けさを纏って呟く。
独立戦争時には産まれていないナイツや涼周に、自分達は昔から輝いているのだぞ……と、誇らしく言うかの様な素振りだった。

「そうかしら? 我昌明殿が一番変わった気がするけど?」

「!?」

 突如、ナイトの真後ろから聞き慣れた声が掛けられる。
それは于詮よりももっと古参の仲間であり、ナイツ誕生には絶対に必要な人物だった。

「おぅ奥! 豪快に現れたな! 禹凝城で帰りを待っているんじゃなかったのか?」

 そう、ナイトの妻にしてナイツの実母たるキャンディお母様その人。
ナイトが乗る馬のお尻の上に立ち、肩車された涼周の肩に左手を置く事で自分の姿勢を保持して、さも当然の様に空いた右手で涼周の頭を撫で撫でしていた。

「…………一雨降りそうだなって、思ったから」

 そして音も気配もなく現れたキャンディの一言には、覇気もなかった。
生横郡で見せた表情と同じく、得も言えない美しさを持った憂い顔を作っていたのだ。

(……交橋戦の時と同じく……何か良からぬ事が起こる……か)

 それが意味する事を淡咲から聞いているナイツは、即座に気を引き締め直す。
だが流石と言うか、彼以上にナイトとその仲間衆はもっと多くの事を理解していた。

「…………張真やシュクーズではないな。さては奴等よりも上手が駆け付けたか?」

「おぅ、そうかもしれん。念の為に慾彭やメスナ、それと歩隲にも知らせよう」

「ゴハハハハ!! ……成る程、これは確かに一荒れしそうですなぁ!!」

 険しい顔付きを浮かべて経験則による予想を立てる于詮。キャンディの発言を一番信頼するであろう纏め役のナイト。空を席巻しつつある雨雲を見詰めて大矛を握る力を強める我昌明。
ここに慾彭や歩隲が居ればどんな反応を見せるのか気になるが、とにもかくにも三将の気配はがらりと変わり、おふざけの色は完全に消え失せていた。

(母上の一言だけで雰囲気が一変した。……やっぱり、にわかには信じられないけど……淡咲が言った通りの理屈じゃない理由っていうのを、皆が知っているんだ)

 淡咲曰く、外れる事なく皆を救ってきたというキャンディの第六感を、ナイツは実の息子でありながら未だに理解していなかった。
根拠に欠ける感情論を判断材料として行動する事の危うさを、彼は払拭できないのだ。

 然し、キャンディと一番関わりの深いナイトは完全な理解に及んでいた。
ナイトは手綱を握っていた右手をキャンディの右腕にそっと添えると、彼女を落ち着かせる様に、優しく且つ雄々しい声音で語り掛ける。

「奥、安心しろ。お前が嫌う雨は、俺が必ず晴らす。だから俺の傍に居ろ」

「…………ぅん……! だから、ここに来たの」

 あのキャンディを簡単に宥めたナイトの姿は、何時になく英雄然としたものだった。
安心しきった様子のキャンディは幸せ満開の花を咲かせると、半ば崩れる様な無駄の多い所作を以て、改めてナイトの後ろに座り直す。
ナイツのいる右側に両足を向け、左肩と頭をナイトの大きな背中に当てて、眠る様に目を瞑って本当に幸せそうな微笑みをただただ見せる。

 ナイツは普段とはまるで別人の父親に純粋な憧れや敬意を覚え、普段とはまるで別人の母親の表情から底知れない夫への愛情を再認識した。
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