大戦乱記

バッファローウォーズ

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八月防衛戦

重秀対李洪、想い抱える用兵合戦

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前書き
雑賀衆の面々がかなり登場しますが、超マイナー武将ばかりですので、雑魚1、雑魚2、雑魚3程度に捉えてくださると有り難いです。
余談ですが、今後もこういった形で前書きを本編の前に挟む事があります。ご了承ください。
小説家になろうでは前書き機能があるのですが、アルファポリスにはそういった機能が無いみたいなので、こういう形で失礼します。






雑賀衆本陣

 輝士隊の本陣が特定されている反面、雑賀衆の本陣は霞みがかった様に隠れていた。
それは総代将たる鈴木佐大夫の性格が、如実に顕れた結果と言える。
魏儒が下した人物評の通り、佐大夫は生粋の狙撃者。必ず成功する、もとい勝てると見込める状況まで姿を眩まし、事に及ぶとしても慎重に慎重を重ねた後にしか動かない。

更には先鋒部隊の壊滅といった事実も大きく関わり、否が応にも警戒せざるを得なくなった結果、普段以上に積極的な攻勢を仕掛けられていなかった。

 対する輝士隊は雑賀衆との交戦経験が初めてである事も影響して、今の状況でも充分な手強さを感じているが、それは輝士隊の認識間違いであり、実のところは雑賀衆全体が本調子ではなかったのだ。
仮に初日の合戦で李醒が大勝していなければ、輝士隊の被害は増していただろう。

「頭領、前線の佐武様より報告がございます。輝士隊は中央前衛の韓任が東へ下がり、南側左翼を担うメスナも北に寄ってナイツ本隊との連合を図っています」

「北側右翼を担う李洪については依然として動きがなく、相対している土橋様の部隊は攻めあぐねております」

 警戒心を払拭できていない佐大夫は、この報告を聞いて幾つかの懸念を抱いた。
敵がわざと負けている気配はないものの、あのナイツが苦戦というだけで守りに徹しきるだろうか。輝士隊の背後には先鋒部隊を一捻りにした李醒が控えている為、もしかしたら裏で奴が謀っているのではないか。この後退は我々を油断させる意味も含んでいるのではないか。

 一頻り思案した後、佐大夫は進撃の手を緩ませた。各小隊を一旦落ち着かせた上で態勢を立て直し、輝士隊の出方を窺いながら臨機応変に攻める事とした。

「あぁっ!? この期に及んで一旦下がれだと! 本当かよ!?」

「はっ。頭領はしかと、後退するように申しました」

 然し、前線で陣頭指揮を執っていた佐大夫の次男・重秀は、父の指示に反発する。

「敵兵を追い討つ好機だってのに、そんな辛気くさいこと言ってられっか! 庄司と島の両部隊には続けてメスナ隊を攻めさせろ! 俺は佐武と共に韓任を追う!」

「佐武様は頭領の指示に従って部隊を纏めておられます」

「なら佐武には後方と親父を守らせろ! 代わりに関隊を左翼に回して俺と並走させる!」

 血気盛んにして魏儒曰く「駆ける砲台」と評された鈴木重秀。
彼の勇猛果敢さは雑賀衆にとって強みでもあり、弱味でもあった。

 というのも、雑賀衆の主力を担う十ヶ郷鈴木家の全員が、佐大夫の性格や采配に納得している訳ではないからだ。
古くからの頭目や知恵者に至っては、佐大夫の用心深さを理解している。
だがその一方で、若手の頭目や的場の様な血気に逸る者は、果断に動く重秀寄りを示す。

更に言えば、それは鈴木家だけに言える事ではない。佐大夫を総代将と仰いで戦う他の家将達も、戦場にあっては佐大夫に従うか重秀に従うかで分かれていた。
一種の豪族連合で形成されている雑賀衆には、寄せ集めとしての弱点があったのだ。

「うむ。我が庄司隊は若様からの追撃指示に従う! 相対する敵を撃ち尽くせ!」

「島隊も同じだ! 一気呵成に攻めて、敵本陣に銃弾の雨を降らしてくれる!」

 雑賀衆右翼には、鈴木家の頭目にして重秀派に属する庄司加仁ショウジ・カニ島宗近シマ・ムネチカがおり、彼等はメスナ隊を追って進撃する。

関掃部セキ・カモン! 準備万端! 若様合図送!」

坂井与四郎サカイ・ヨシロウ! 右翼固終! 合図待!」

「鈴木重秀! 中央にて銃刀弾刃備え良し!! 十ヶ郷鈴木家! いざ、撃ち勝つぞぉぉ!!」

「オオオォ!!」

 雑賀衆中央も鈴木家を中心とする部隊であり、佐武義昌サタケ・ヨシマサ鈴木金兵衛スズキ・キンベエが後退する傍ら、鈴木重秀と関掃部と坂井与四郎の三隊は前進した。

「…………岡、栗村。我ら土橋家は佐大夫殿の指示に従い、敵との距離を置くぞ」

 雑賀衆左翼は、雑賀荘土橋家から派遣された兵を中心とした混合部隊。
現場の指揮に当たっている者は土橋家当主・重隆の嫡男 守重。彼は佐大夫の指揮に従って攻勢を緩め、様子見に徹する事にした。

 勇将または狙撃手として名高い家将の岡吉正オカ・ヨシマサと、雑賀荘土橋家に属する頭目の栗村三郎クリムラ・サブロウも、守重の意見に応じる。

 一方、土橋守重と相対する李洪は、敵の動きに波紋が生じた事を逸早く捉えていた。

(敵の攻めが弱まった……。恐らくは、此方の後退に罠の気配を感じたんだ。……今なら部隊を少し動かしても総攻めの心配はないな)

「予備兵部隊を率いて、密かに韓任殿の許へ向かいます。ここの指揮は皆に任せますが、守りを固めて打って出なければ、敵に崩される心配はありません。では頼みます!」

「ははっ! 承知いたしました!」

 李洪は二百の予備兵を率いて輝士隊中央を担う韓任の救援に駆け付ける。

 彼が判断した通り、韓任は雑賀衆と相性が悪すぎた。
正面切って激突すれば、次の瞬間に砕け散るのは敵の方だが、雑賀衆に於いて正面突撃を行うのは的場昌長ぐらいであり、韓任と相対する鈴木重秀は地形を活かして撃って退くの戦法を極めているのだ。

 そうなると韓任の攻撃は殆どが空振り、徒に味方兵を損耗してしまう。
それが悪影響を及ぼして韓任の指揮は益々翳り、第二次カイヨー解放戦で銹達に対して憤怒の念を抱いた様に、今の彼は半ば冷静を失っていた。
故に、敵の攻勢が弱まった時を利用して、李洪が指揮を代わりに来たのだ。

「…………すまん李洪殿。不甲斐なくもここまで押された」

「気に病む事はありません。敵は傭兵という身分に加えて奇戦の玄人ですから、正々堂々と戦う事を嫌がるのです。……暫くの間、中央の指揮権を借りても宜しいですか?」

「頼む。私では……まるで奴等の動きが読めん」

 傭兵ごときと思う敵に敗退した事を韓任は恥じる。
だが、それを変に取り繕う様な格好悪い真似はしない。
負けは負けと素直に認め、指揮権を李洪に渡して彼の指示を仰ぐ。

 李洪にとっても韓任が意固地にならない事が救いであり、直ちに部隊の立て直しを図る。

「…………よし。では始めます! 先ずは五、六番隊に十三番隊を救援に向かわせ、三隊で現場を保持して敵の流れを防ぎ止めなさい。八番隊は南に進んで九番隊と合流後、西へ向かって前進し、六番隊の側面を狙う敵を奇襲しなさい。二番隊は当面の敵を無視して北に移動し、三番隊はその逆で南に転進。四番隊の正面に現れる敵を左右から挟撃。十番隊は百歩西へ進んで伏兵となり、北から現れる敵を待ち伏せて殲滅するのです」

 現状を精査した李洪は、そこから敵の居場所や動きを予知。現場の味方に距離や起こりうる状況までを伝え、韓任隊の三分の一を派手に動かした。

「八、九番隊より報告! 敵小隊の奇襲に成功し、八割近くを討ち取ったとの事!」

「二、三、四番隊より報告! 現れた敵の撃退に成功! 敵の被害甚大に反し、味方の被害軽微!」

 事細かく出される指示に、迅速かつ的確に応える実行力、および指揮官変更による戦い方の変化に対する適応力は、流石に輝士隊が上回っていた。

 韓任隊は一転して局地的な勝利をあげ始め、佐大夫に代わって積極的に攻め込む重秀の雑賀兵達を、次々と討ち負かしていく。

「報告! 十番隊の北に敵は現れず、あべこべに南側からの奇襲射撃を受けました! 十番隊は後退しております! ご指示を!」

「裏を掛かれたか……! 十番隊はそのまま下げ、十四番隊を救援に向かわせなさい!」

 だが然し、李洪の指揮は完全勝利とまではいかなかった。
三、四の勝報の中に一つの敗報が混ざり、その度に李洪は自身の抜け目を悔やむ。

「くっ……ここで敵にやられるとは……! やはり私では……」

「李洪殿。気に病む事はありません。私など、十を出して八、九が殺り返されました。それに、先程までの劣勢に比べたら今の戦況は雲泥の差。焦る事はありません」

「韓任殿……ありがとうございます」

 攻める李洪と同時進行で、敗走した諸隊の再編成に努める韓任。
圧倒的劣勢にあっても彼の兵が多く残っているのは、やはり日頃の鍛練を基とする質の高さが影響しているのだろう。壊滅に瀕した部隊がなく、韓任本人が李洪の許に寄り添えるほど忙しくない事が、何よりの証拠だった。

(雑賀衆との戦闘記録から、奴等の用兵戦術については大分理解が及んだつもりだったが、それでも僅かに外れてしまう。それが私の力不足なのか……相対する敵将がやり手なのか……それが直に分かるだろうな!)

 激励を受けた李洪は気を引き締め直し、来るべき時に備えて戦力の温存を図る。
敵を撃退しながら戦力を保持するのは並大抵の事ではないが、李醒や呉穆等が纏めた過去の戦闘記録から雑賀衆の基本戦術について理解していた李洪には、それが可能だった。
可能であり、戦況の反転を前にして敵が戦い方を変える事も予想できていた。

「李洪殿。邪魔をするようで悪いが、私は出なくとも良いのか? 部下達の代わりに私を攻めの駒として用いれば、彼等以上の戦果をあげられると思うのだが」

 そこで丁度、韓任が問う。何故私を出撃させないのかと。
広い視野と分析力に富む李洪が手綱を握れば、韓任の武力は効率的に発揮され、韓任本人も使われる事を嫌がっていない。寧ろ先程までの雪辱を晴らさんものと息巻いてすらいる。

 だが、彼を出して更なる戦況の好転を望めない理由、もとい望めない理由があった。

「韓任殿を出したいのは山々なんですが……今貴方を出せば、敵の変化を相殺できる余力がなくなってしまうのです」

「……雑賀衆は何か大きな手を狙っている……ですか」

「はい。ですからそれが分かるまで、韓任殿の必殺部隊は休んでいてください。きっと、相当に働いてもらう事になりますから……」

「ふふ……望むところだ! 鬱憤晴らしに敵将の首級を二、三挙げてくれる! なぁ! お前達!!」

「おおおぉぉっ!!」

 士気が下がっていた韓任本隊の五百名だが、戦況の好転に伴いやる気に満ちていた。
李洪はこれなら充分に戦えると確信。敵の動きに意識を配り、再度頭をフル回転させた。
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