ハロルド王子の化けの皮

神楽ゆきな

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ナディアがレナードに微笑みかけるのを見て、ハロルドは眉を吊り上げた。

そして感情のままに怒鳴り声を上げようと、大きく口を開いた。
が、ナディアの悲しそうな目を見て、なんとか乱暴な言葉は飲み込むと、大きく息を吐き出した。

「はあ……ったく。
とにかく、戻るぞ。
まだ帰るには早いしな」

ハロルドはがしがしと頭をかいてから、ナディアへと手を伸ばした。
ナディアはぼんやりしながら、近づいてくるハロルドの腕を見つめていた。

考えなければならない事が、あまりに多すぎた。

けれども今は……ハロルドのこともレナードのことも考えたくなくて。
聞くともなしに彼の言葉を聞いていただけだったのだが。

「たとえ『形だけ』とはいえ、俺たちは婚約者なんだ。
とにかく周囲には、仲睦まじい様子を見せる必要がある」

そう彼が言ったのを聞いた時、ナディアは考える前に、反射的に動いていた。
彼女を苦しめている『形だけ』という言葉に、思わず反応してしまったのである。

ナディアは、伸びてくるハロルドの手を振り払い、後ずさった。

「なっ。……おい!」

怒りに顔を赤くしたハロルドが、再び手を伸ばしてくるのに気がついて、ナディアはギョッとして身をすくめた。
ところが、彼の手が腕に届くよりも早く、レナードの手がそれを妨げたのである。

「ハロルド、乱暴は良くないよ。
女性にはもっと優しくするものだ」

至って冷静にレナードが言うのを聞いて、ナディアはホッと息をついた。
しかしそれを聞いたハロルドは、大人しくなるどころか、頭に血がのぼったらしい。

しばらくの間、物凄い形相でレナードを睨みつけていたが、やがて視線をナディアへと移して呟いた。

「……そんなに優しい男が好きか」
「え?あ、あの……私は……」

ナディアはモニョモニョと言いながら、ふと、もう自分の本当の気持ちを言ってしまおうかと思いついた。
先程レナードに言いかけた、自分の本心を、である。

もちろんそれは、ハロルドのことが好きだという気持ちのことだ。

このまま自分が何も言わなければ、彼にとって自分はいつまでも『形だけ』の婚約者のままに違いないのだから。

ハロルドは一笑に付すかもしれない。
レナードは悲しむかもしれない。

それでも……素直な気持ちを、今なら言えそうな気がしたから。

ナディアはピンと背筋を伸ばして、まっすぐにハロルドを見つめた。

「あ、あの……私は……」
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