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しおりを挟む「クロ、朝も何も食べてないだろう?軽食を持ってきたから食べなさい」
ベッドの横にある猫脚のサイドテーブルに食欲をそそるいい匂いがすると、パンとスープが置かれた
涎がじわりと湧きお腹が軽く鳴る
アクロワナは、それ以上なにも言わず出て行ったのでスープに飛びつく
とろとろのミルクでくたくたに煮込まれた野菜や肉は柔らかく温かい
口内に旨味が広がり、しょっぱさにミルクのどろりとした感触を嚥下すると腹の中から温まっていくようだった
がっついていると、今度は軽いノックの後ミネルバが入ってきた
きらきらと光る金髪を後ろに流して深い碧眼に今は慈愛を讃えていて、あんなに酷かった軽蔑するような冷たさは鳴りを潜めていて安心する
ミネルバは何をしていても様になる。今日もかっちりとした軍服をすでに着ているのに色気が凄い
柔らかに微笑む目が合うと、途端に羞恥に染まる
「ゆっくり食べなさい」
ミネルバは優しく微笑むと、ネロの横に座ってにこにこと此方を見ている。居た堪れない気持ちになりながらスープを掬い、おずおずと食べる
「昨日は無理をさせたね。身体は大丈夫か?」
頬をくすぐるように撫でられ昨日の事を思い出してネロは羞恥に赤面する。昨日はこの美しい人に、あられもない姿を見せてしまった
「だ、大丈夫……」
短く答えてパンをちぎる。顔を上げられないが穴が開くくらい見つめられているのではないかと思う。
あまりの強い視線に諦めて顔を上げれば、ニコニコしながらミネルバは何が楽しいのかネロが食事をしている姿をずっと見ている。
「ところでネロは何処にいる?」
ミネルバの明るい澄んだ声に、胸がグサリと杭が刺されたかのように傷む
昨日あれだけ求めておいて違う人…とはいえ自分なので、ややこしいけど自分ではあるが違う人を求めるのかと嫌な気持ちになる
「……さぁ、どこだろう……」
「知らない?ネロは私の命の恩人で…もしも、辛い想いをしていたら助けてあげたい」
ネロの手を握りながらミネルバは熱く情熱的に言う。内容を知らなければ口説かれているようにも見える。
主にミネルバに辛い想いをさせられたが、それを今言うと泣きそうで、ネロは拗ねた気持ちでいっぱいになった。
「………探してあげれば?」
好きなところに探しに行くといい。
泣きたい気持ちを堪えながらスプーンを手の中で弄びながらネロが言うと、ミネルバは力強く頷いた
「定期的に探しに行っているが…見つからない。ところでクロは聖女だな?」
びくりと身を強張らす。聖女、忘れていた。
恐る恐るミネルバを見ると、ミネルバはあの怖い昏い目をしていた
「下半身の秘密がばれたら、どうなるかわかってる?」
ミネルバの言葉に嫌々頷く。脅されているのだろうか?ミネルバの気持ちが見えない。
それに聖女だと周囲にバレたらどうなるか、今までよく聞いているからわかっている
「解っているならばいい。あとクロは私付きの奴隷になったので私の部屋で過ごしてもらう。特に何もする必要はないが…退屈ならば何か用意しよう。湯浴みは室内にあるから、そこを使うといい」
言うだけ言ってそのまま出て行こうとするミネルバに、ネロはつい声をかけてしまった
「ね、ねぇミネルバ、ネロが見つかったらどうするの?」
ネロの言葉にミネルバは少し俯いて、幸せそうに微笑んだのだ
ネロは胸が締め付けられるように痛かった
聞かなければ良かった
自分をネロだと思いもしていない
「……また夜に」
言い残してミネルバはいなくなる。ネロはベッドに突っ伏した
自分は目の前にいるのに、ミネルバは違う人を見ている
お腹の中にぐるぐると渦巻く悪感情に、再び寝る気にもなれず、服を探してみたが何もなく服を着る必要もないとされているのかと、落胆してシーツを巻いたまま外に出る
途中ですれ違って、ぎょっとしている使用人はいたが、そのまま自分の部屋に戻りクローゼットにたくさん用意されていた奴隷の服を着る
そのまま誰にも咎められることなく、とぼとぼと歩いて教会に行くと、神父が祈りをくれた
神父が指を掲げた瞬間、今までになかった脳への衝撃、スパークする光に包まれ目の前にポップアップが現れる。
“大百足の呪いが解除されました。解放スキルは、斬撃、祈り、沼地耐性、移転です“
ポップアップ通りステータスに斬撃と祈り、沼地耐性、移転が戻ってくる
胸に熱いものが込み上げたが解放されたのは、斬撃の時の呪いだけのものらしい。以前呪われた分は未だ解放されないらしい。
しかし本当に解除されるか不安になりながら教会に通っていたので、これは大きい
掌を確かに何度も握り締めて、名前が戻っていないか確かめたが、名前は戻っていなかった。
認識してくれる他人がいないと戻らないのだろうか?
まだ教会に通わないといけないようだ。
帰りに果樹園に行くと、ピークパッツァが果樹園内にある小屋の自分の部屋でうなだれていた
「ピークパッツァ」
ネロが外から声をかけると、ピークパッツァは俄に顔を上げじわりと涙目になりながら飛びついてきた
「クロ!無事で良かったでつ!果樹園に戻れるのでち?喋れるようになったでつな!」
腹にぐりぐりと顔を擦り付けるピークパッツァの頭を撫でる
「果樹園には戻れないかも?喋れるようになったんだよー。色々とありがとうな、ピークパッツァ」
ピークパッツァは涙目でうるうるとネロを見上げながら、ネロがいなくて寂しいことを切に訴えてきた
未だ子供だからな
でも果樹園では随分とピークパッツァに助けられたし慰められた
「俺も果樹園に戻りたいよ…」
呟いた言葉は本心だった。またピークパッツァと働いて、一緒に寝起きをして、たまに夜に2人で抜け出して光の海を見たい。
「クロ、わし大きくなったら番になってでち」
「ん?番?ってなに?」
「一番の仲良しでつ」
「はは、いいよ。でも今も充分仲良しじゃ…」
ピークパッツァはぎゅうと抱きついてくる
「今より仲良しなるでつ、約束でち」
そのままピークパッツァと果樹園の剪定をして、くだらない話をして笑い合ってミネルバの部屋に帰った。
さすがに汗をかいたので浴室に入り、シャワーを浴びる
ピークパッツァに会ったことで、昼間のドロドロとした気持ちは大分ましになった
身体に残る鬱血痕を指でなぞりながら、熱い溜息を吐く
今夜も求められるだろうか?求めてくれるだろうか?
しかしミネルバが本当に求めているのは違うものだ
それは酷くネロを傷つける
名乗ってしまいたいが、それを否定され元のミネルバに戻ってしまうと思うと怖くて言えない
ぼんやりとシャワーを浴びていたら、いつのまにかミネルバが浴室に入ってきた
すらりとしていて、筋肉質な均整の取れた裸体を惜しげもなく晒し大きな手をネロに伸ばしてくる
そのまま一緒にシャワーを浴びるのか腹に腕を回してきた。
「何処に行ったかと思った。一日中、クロのことを考えていた…」
ミネルバの甘い声に、本当に自分に向けられている言葉なのか疑った
首筋を舐められながらドキドキする
このまま、自然とミネルバと過ごして呪いが解けて話をちゃんとして解ってもらうのもいいかもしれない
心も解れていくようだった
「ネロが、ネロが見つかったんだ…」
ひどく喜んでいるミネルバの声に心が一瞬凍りかけたが、期待に恐る恐る振り返る。
わかってくれたとか?
しかしその期待を裏切って、ミネルバはうっとりと夢を見ているかのような表情で続ける
「クロがいた王国だった領地で、ネロが見つかったんだ…」
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