私のリビングアーマー

福々 ゆき

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4 お嬢様の鎧離れ

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「今日からバルト離れをしてみようと思うの」
 朝食後、アリシアの言葉に動きを止めたバルトは、茫然とした様子で紅茶を淹れたティーカップを落とした。
 
 
 
 
 
「びっくりしたわ! 珍しいわね。ここまで失敗するなんて」
 
 落としたティーカップは、毛足の長い絨毯のおかげで割れる事こそ無かったものの、その中に入っていた紅茶で絨毯に染みが広がっていき、それを慌てて拭こうとバルトが屈んだ瞬間――鎧を引っ掛けてポットとデザートを乗せていたティーワゴンが倒れた。大惨事だ。
 
 落としたものを片づけて絨毯を取り替え、新しい紅茶とデザートを持って戻り、今だ落ち着かない様子でアリシアの方を見つめる。
「何かしら? ああ、理由を知りたいのね」
 ガッシャンガッシャンと全力で頷くバルトは動揺が引いていないのか、いつもはなるべく抑えている鎧の音を盛大に鳴らした。
 
「私ね、考えたのよ。バルトに依存し過ぎじゃないかしら? って」
 アリシアが思い浮かべるのは、あの本屋での自分の醜態だ。
 
 いくら待っていたものが居なくなったからといっても、あんなに騒ぐ必要は無かったのではないか。
 
 頭が冷えて冷静になり、そう考えたアリシアは自分の恥ずかしい行動を記憶から消したくなった。
 そもそも、あの時バルトが居ないのを確認したら大人しく本屋に戻り、店主に確認をとって中で購入した本を読みながら、バルトが戻るのを待てば良かったのだ。
 
 つまり、バルトが居ないだけでアリシアは、そんな事にも思い至らないほど動揺したということになる。
 
「長い間バルトに何もかも任せきりだったから、一人の時どうすればいいか分からないって結構な問題だと思うの」
 だから、少しずつ一人で行動する練習をしたい、と言うアリシアにバルトは少しの間何かを思考し――スッと空のティーカップを渡した。
 
「え、何……紅茶?」
 
 
 
 
 アリシアが何かの行動をおこそうとしている、それを否定すると逆効果になる可能性が高い。
 そう判断したバルトは、アリシアの望みを可能な限り考慮しつつ安全を確保出来る選択肢を考えた。
 
 結果『紅茶を一人で淹れる』事なら自分の目の前で行えるので不器用でも危険は少ないと思い、それをアリシアに提案したのだ。
 
「あまりバルト離れになっていない気がするけれど……そうね。最初はこういうものから始めた方がいいのかも」
 やる気に満ちた表情を見て、ほっと安心する。
 自分がアリシアに紅茶を淹れる回数が減るのは残念だが、他のことでアリシアから離れることになるより、自分のそばで何かを任せたほうがよっぽどマシだと過保護な鎧は思った。

「よし。さっそく始めるわよ!」
 いつも紅茶を淹れるのを見ているアリシアは、それを知識としては完璧に覚えている。
 
 先ずお湯を沸かしポットとカップを温めて……というところで自然にバルトに交代させられた。
 『温められたものがこちらです』とでも言っているかのように用意され、何となく出鼻をくじかれた気分になったものの、気を取り直して次に進む。
 
 不器用だからゆっくり慎重にと思い、そっと茶葉の缶を持って蓋を開け――盛大にぶちまけたが無視する―― 震える手でティースプーン一杯にしては多い茶葉を零しなからポットに入れ、そこに沸騰したお湯を……と思ったところでまたバルトに取られる。
 
 そして、カシャカシャと手際よく零した茶葉を適量に戻してお湯を注ぎ、蒸らす。
 アリシアは呆気にとられその光景を見ていた。
 
 
 
 完成し、ティーカップに注がれたいつもの紅茶を見つめ無言になる。
 バルトが『よくできました!』とばかりに大きな拍手をアリシアに向けた。
 
「ちょっと!? 殆ど貴方がやってたわよね?」
 
 しばらく呆けていたアリシアは拍手の音で我に返ると、バルトに詰め寄って自分は茶葉を入れること――しかも零した――しかしていないと訴えかける。
 そんなアリシアを宥めながら首を振り『熱湯は危ない』とバルトは主張した。
 
「大丈夫よ火傷くらい。すぐに治るわ!」
 その言葉にバルトは僅かに空気を固くし、言い聞かせるようにアリシアの肩に手を置いて顔を覗きこむ。自分の失言に気づいたアリシアは眉を下げて力なく謝った。
 
「……ごめんなさい」
 でも、何かは出来るようにならないと一人の練習にならない、そうアリシアは言いうつむく。
 
 弱気になった再びの言葉にバルトは悩んだ。
 
 一人で部屋の掃除をすると花瓶を割る。一人で料理を運ぶと落とす。一人で買い物に行くのは危ないから却下――……次々に代案が頭の中で浮かんでは消え、検討した結果。
 アリシアに任せても大丈夫なことが一つあった。
 
 少し遠慮がちに紅茶が入っているティーカップを置いて砂糖を二つ差し出す。
 
 アリシアはバルトと砂糖をしばらく怪訝そうな目で見つめていたが、微かに頷いて受け取ると、ポチャンと紅茶に砂糖をおとした。
 砂糖は紅茶の中でさらさらと溶けていく。
 
 砂糖を入れるのが自分の生活力の限界なのかと思うと、乾いた笑いしか出てこないアリシアは、悟ったように静かな表情で紅茶を飲んだ。
 
 
 
 
 
 
「ところで根本的なことに気づいたのだけど、バルト離れをすると言っているのにそれをバルトに聞いている時点で出来ていないわよね」
 
 アリシアがバルト離れする日は遠い。
 
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