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5 お嬢様の有名な秘密(前)
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ピッと小さな音がした。
ページをめくる手を止め指を見ると紙で切ってしまったのか、じわりと血が滲んでいる。
アリシアは眉を顰め、過保護過ぎる鎧の姿が無いことを確認し庭に居るのが見えると、興味を無くしたように視線を本に戻す。
その手には何一つ傷が見当たらなかった。
「そろそろ砂糖以上の事をやってみてもいいんじゃないかしら」
いつもと同じアップルパイを食べながら、砂糖を紅茶に入れることしか出来ない現状を変えるべくそう言ってみたものの、バルトは思った通り首を振った。
しばらくはこのままのようだ。
バルトは本当に過保護だ。
しかし、意味もなくそうなった訳ではない。アリシアが怪我をしないように気をつけている内に、段々と警戒する範囲が広がっていった結果のそれだった。
アリシアは自分が怪我をする事に殆ど頓着しない為、危ないことを平気でする。
割れた花瓶の欠片を、気にせず素手で拾うのはまだよかったが、無くしたものを探して暖炉の中に手を入れた時には、バルトも無い肝が冷えた。
それからは、自分が気をつけなくては駄目だと思ったバルトの努力により、アリシアは怪我に気をつけるようになったのだが、それでも根本は変わらない。
怪我をするとバルトが悲しむので、しないように心がけているだけで、本人は自分の怪我の有無に興味が無かった。
「例えば……アップルパイを自分で作れるようになったら素敵よね」
うっとりと微笑むアリシアを見たバルトは、自分の作ったものに不満があったのかと衝撃を受け、ギィと引きつった音を鳴らし、うなだれる。
「え? あ、あら? どうしたのよバルト」
突然の落ち込みようにアリシアも慌てる。
先程の言葉に深い意味があるわけではなく、ただ自分が好きなものを作れたら嬉しいという程度の軽い希望を言っただけだ。
どこに落ち込むところがあったというのか、バルトは少々考えすぎるところがある。
「バルトの作るアップルパイが一番好きよ。ずっと食べていたいくらいだわ」
必死に励ましているアリシアの言葉に勢いをつけて頭を上げ、花を飛ばしそうなくらい気分よく部屋を出て戻ったバルトは、ティーワゴンにアップルパイをホールで三台乗せて持ってきた。
顔があればにこにこ笑っているであろう雰囲気のその鎧は、その三台をテーブルに置くと『どうぞサービスです!』と言っているかのようにアリシアに差し出す。
「あ、ありがとう……どうしましょう、こんなに食べられるかしら……」
後半小声で呟いた言葉はバルトに伝わることなく、アリシアは目の前のアップルパイに立ち向かうのだった。
「うぅ、久しぶりに死ぬかと思ったわ」
アップルパイで死ぬとかそれはそれで幸せね、と取り留めもない想像をしながら、くたりとソファに体を預け一息つく。
アリシアは見事にアップルパイを完食してみせた。
「しばらく動きたくない……」
もうこのまま寝てしまおうかと目を閉じる。
心地よい微睡みの中、バルトの足音が目の前に来たのが聞こえた。ぼんやりとまぶたを擦りながら、用件を聞こうと目を向けると、
「どうしたのバル、え?」
――バルトに抱えられた子供が見えた。
「待って、その子多分、町の子……よね? 何故ここに……?」
バルトは困った様子で首を捻る、二人に心あたりは全くない。
アリシアが取りあえず降ろしてと言うと『何があるかわからないから駄目』と首を振られた。子供にもバルトは警戒するようだ。
疑問が解決しない中、子供が身じろぎ目を開けてアリシアを見た。
アリシアには秘密がある。
秘密といっても隠しているわけでもなく便宜上『秘密』という事にしているだけだ。
知っている人には有名な話であるし、バルトが買い物に行く町の人達も、言わないだけで察している人が多いだろう。
逆に気づかないという方が難しいかもしれない。
――特に、何十年も前から同じ姿をしているお嬢様を子供のころから見ている町人たちは。
ページをめくる手を止め指を見ると紙で切ってしまったのか、じわりと血が滲んでいる。
アリシアは眉を顰め、過保護過ぎる鎧の姿が無いことを確認し庭に居るのが見えると、興味を無くしたように視線を本に戻す。
その手には何一つ傷が見当たらなかった。
「そろそろ砂糖以上の事をやってみてもいいんじゃないかしら」
いつもと同じアップルパイを食べながら、砂糖を紅茶に入れることしか出来ない現状を変えるべくそう言ってみたものの、バルトは思った通り首を振った。
しばらくはこのままのようだ。
バルトは本当に過保護だ。
しかし、意味もなくそうなった訳ではない。アリシアが怪我をしないように気をつけている内に、段々と警戒する範囲が広がっていった結果のそれだった。
アリシアは自分が怪我をする事に殆ど頓着しない為、危ないことを平気でする。
割れた花瓶の欠片を、気にせず素手で拾うのはまだよかったが、無くしたものを探して暖炉の中に手を入れた時には、バルトも無い肝が冷えた。
それからは、自分が気をつけなくては駄目だと思ったバルトの努力により、アリシアは怪我に気をつけるようになったのだが、それでも根本は変わらない。
怪我をするとバルトが悲しむので、しないように心がけているだけで、本人は自分の怪我の有無に興味が無かった。
「例えば……アップルパイを自分で作れるようになったら素敵よね」
うっとりと微笑むアリシアを見たバルトは、自分の作ったものに不満があったのかと衝撃を受け、ギィと引きつった音を鳴らし、うなだれる。
「え? あ、あら? どうしたのよバルト」
突然の落ち込みようにアリシアも慌てる。
先程の言葉に深い意味があるわけではなく、ただ自分が好きなものを作れたら嬉しいという程度の軽い希望を言っただけだ。
どこに落ち込むところがあったというのか、バルトは少々考えすぎるところがある。
「バルトの作るアップルパイが一番好きよ。ずっと食べていたいくらいだわ」
必死に励ましているアリシアの言葉に勢いをつけて頭を上げ、花を飛ばしそうなくらい気分よく部屋を出て戻ったバルトは、ティーワゴンにアップルパイをホールで三台乗せて持ってきた。
顔があればにこにこ笑っているであろう雰囲気のその鎧は、その三台をテーブルに置くと『どうぞサービスです!』と言っているかのようにアリシアに差し出す。
「あ、ありがとう……どうしましょう、こんなに食べられるかしら……」
後半小声で呟いた言葉はバルトに伝わることなく、アリシアは目の前のアップルパイに立ち向かうのだった。
「うぅ、久しぶりに死ぬかと思ったわ」
アップルパイで死ぬとかそれはそれで幸せね、と取り留めもない想像をしながら、くたりとソファに体を預け一息つく。
アリシアは見事にアップルパイを完食してみせた。
「しばらく動きたくない……」
もうこのまま寝てしまおうかと目を閉じる。
心地よい微睡みの中、バルトの足音が目の前に来たのが聞こえた。ぼんやりとまぶたを擦りながら、用件を聞こうと目を向けると、
「どうしたのバル、え?」
――バルトに抱えられた子供が見えた。
「待って、その子多分、町の子……よね? 何故ここに……?」
バルトは困った様子で首を捻る、二人に心あたりは全くない。
アリシアが取りあえず降ろしてと言うと『何があるかわからないから駄目』と首を振られた。子供にもバルトは警戒するようだ。
疑問が解決しない中、子供が身じろぎ目を開けてアリシアを見た。
アリシアには秘密がある。
秘密といっても隠しているわけでもなく便宜上『秘密』という事にしているだけだ。
知っている人には有名な話であるし、バルトが買い物に行く町の人達も、言わないだけで察している人が多いだろう。
逆に気づかないという方が難しいかもしれない。
――特に、何十年も前から同じ姿をしているお嬢様を子供のころから見ている町人たちは。
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