私のリビングアーマー

福々 ゆき

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19 お嬢様の昔と今の決意

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 沈んでいる闇がだんだんと薄くなり、光を近くに感じた時、ふっとアリシアの目が覚めた。
 寝ぼけた頭で状況を確認する。どうやらソファに寄りかかって眠っていたようだ。眠る前自分は何をしていたのだったか……。 
 
「そうだわ! バルト!」 
 アリシアがバルトの事を思い出し、勢いよく立ち上が――ろうとした。
 
「え、あら?」
 しかし、何故かソファから立ち上がる事が出来ない。
 
 この状態に嫌な予感がしたアリシアは、視線を動かして目的のものを探す。
 見える範囲に怪しいものは無い。しかしアリシアはこの状態におおよその見当をつけていた。
 見える場所には無いということは逆に考えれば、アリシアから見えない場所にあるという事だろう。
 
 ――この状態を作り出している魔術式が。

「ええ、わかってるわ。私も頑固だものね」
 
 自分が言い出したら聞かない事を理解しているアリシアは深くため息をつく。バルトの気持ちはわかる、と。
 でも、だからって、そう震えた声で呟いた次の瞬間。 
 
「此処までする必要あるかしらーー! バルトーー! 貴方って鎧はーーっ!!」
 
 ぎしりとソファを軋ませて隣の部屋に届くように大声で叫ぶ。あの部屋にまだ居るなら聞こえるはずだ。
 
 バルトはアリシアを眠らせただけではなく、このソファにも魔術をかけていた。
 この魔術式は、落ち着かない子供を座らせる、練習をする事に使うらしい『着席』の魔術だ。
 
 この魔術にかかった椅子やソファに座ると、込めている魔力が切れるか、魔術式そのものをどうにかするまで立つことが出来ない。
 地味だが恐ろしい魔術だった。
 
「まさか此処まで行動を制限してくると思わなかったわ……」
 そんなに人間の時の事を知られたく無かったのかと、眉を下げる。
 長く一緒に暮らしているがバルトの前の事はほとんど知らない。だから、アリシアは知りたかっただけだ。ただ知りたいだけなのだ。
 
「……バルトに会ったのは、森の中だったわね」
 
 
 
 
 
 アリシアが不老不死だと自分と周りが理解した時、二度と戦争に巻き込まれないように、と考えた家族によってアリシアは森に囲まれたお屋敷に匿われた。
 
 魔術式の守護を強固にする為にアリシアは屋敷に一人で住むことになる。
 
 その時の魔術式はとても効率が悪いものだったのだ。もしかすると、アリシアが魔術が使えないのに魔術式の勉強をするのはこの時のことが心に残っているからかもしれない。
 魔術式が改善されれば誰かと一緒に住めるかもしれない、と。 
 
 一人で住むのは大変だった。
 
 寂しいのは勿論だが、アリシアはかなりの不器用で、寮生活ですら色々な人に手伝って貰ったのに、完全な一人暮らしなど無理な話だ。
 
 身だしなみを整える事は、寮で出来るようになっている。問題は掃除と料理だった。
 どちらも一人でしても酷くなる一方で、結局掃除は使っている一部屋だけを、たまに来る家族と一緒に片付け、料理はどうせ自分は死なないからと考えだんだん食材をそのままかじるようになった。
 
 心配をかけると思ったので料理が出来ないとは言っていない。
 食材の減り方がおかしいとは思われていたかもしれないが。
 
 そんな生活が続いてもアリシアの見た目は変わらない。本当に自分だけ時が止まったようだった。
 それでもお腹は空くし、眠くもなる。其処だけ普通だなんて不便だなとアリシアは思った。
 
 バルトに会ったのはアリシアが屋敷に住んで数年後、屋敷近くの森の中だ。
 
 アリシアは唐突に屋敷から出たくて仕方なくなり、少し森の中を散歩するだけと思いながら久しぶりの外に出た。
 とても清々しい気分で、何か良いことが起こりそうだと漠然と思った。
 
 少し歩いたところでアリシアは、蔦に絡まった黒いものを見つける。それは座っているような体勢の空っぽの鎧だった。
 何故こんな所に、と考えながらも黒い鎧へと近づいていく。何処か記憶を刺激するような黒だ。
 
 絡まった蔦を手で払い、埋まっていた兜を見つけたが、不思議なほど汚れていない。
 何となくカシャンと微かに音を鳴らし、空っぽの鎧に兜をのせた。
 
 随分禍々しい形の鎧だがどこの鎧だろうか、この森にあるということはアリシアの家に近い人物の鎧かもしれない。
 そう結論づけ、そろそろ帰ろうかと思った時、僅かにその鎧が動いた気がした。
 
「え?」
 
 見間違いかと驚くアリシアの方を、ギッと音を立てて鎧が向き視線が合う。
 
「……え、え、もしかしてリビングアーマー?」
 こんな所に、何故そんな種族がいるのかと首を傾げたアリシアを、じっと見ていた鎧はまるで幽霊に出会ったかのように、座りながらずざざっと下がり後ろの木にぶつかった。
 
「な、何、ちょっと大丈夫? 私が驚くならともかく何で貴方がそんな反応するのよ」
 少しだけ傷ついたアリシアは鎧を睨み付ける。ちなみに迫力は全く無い。
 
 次に勢いよく近づいてきた鎧は、アリシアに恐る恐る触れてきた。
 触れるといっても人差し指の先でちょん、と頬をつつかれただけである。
 
 意味のわからないリビングアーマーだ。
 アリシアは妙に人間らしい行動を取るこの鎧に興味をもった。
 
「貴方、用事が無いのなら私の屋敷に遊びにきて」
 
 寂しい状況で交流に飢えていたのだ。
 万が一危険なリビングアーマーだとしても、自分は不老不死だから大丈夫だと考えているアリシアの感覚は、やはり普通から徐々にずれ始めていた。
 
 屋敷に招待し連れてきたリビングアーマーは、ほこりの積もった手入れのされていない屋敷の惨状を見るなり、掃除を始めた。
 よほど酷かったらしい。
 
 丸二日かけて屋敷を綺麗にすると、その間リンゴをかじって食事にしていたアリシアに危機感を感じたのか、食事とデザートのアップルパイを作ってくれた。
 
 アリシアは久しぶりの美味しい食事と綺麗な屋敷に感謝すると、何かお礼をしたいから欲しいものは無いか、と聞いた。
 この親切なリビングアーマーにお返ししたくなったのだ。
 
 リビングアーマーは少し考え、身振り手振りでここに置いて欲しい、と伝える。
 アリシアはきょとんとし、本当にそんなことでいいのかと聞くが、そうしたいとリビングアーマーは頷いた。
 
 それからこのリビングアーマーは、アリシアからバルトという名前を貰い、屋敷に住むようになったのだった。
 
「貴方が来てくれて嬉しいわ。一人は寂しいもの」
 アリシアは花が咲くような笑みを浮かべ歓迎する。
「これから宜しくねバルト」
 バルトとなったリビングアーマーは『此方こそ』と言うように、カシャンと頷いた。
 
 家族に見つかった時はかなりの騒ぎになったが……それもいい思い出だ。
 
 
 
 
  
「そういえば、あの時も名前すら教えてくれなかったわ……!」
 アリシアはリビングアーマーの名前を一応聞いて、あるなら紙に書いて教えてほしいと言ったが、名前があるような素振りを見せながらも首を振って断ったのだ。
 
 今まで続く頑なな態度に少し落ち込む。
 
「いいわ、もう。バルトがそのつもりなら此方だって考えがあるわよ」
 深く呼吸をした後、静かに決意をする。
 記憶を覚えていたら聞き出すし、忘れていても思い出させる。
 
 そっちが強引な手段をとるなら、こっちも引き下がらないから、と。
 
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