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20 お嬢様と魔石と青年
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アリシアは最初にこのソファから脱出したいと考え、またキョロキョロと視線を動かす。
すると視界に先程は無かった、ふわふわとした灰色が見えた。
「おい、アリシアどうした、オバケとけんかしたのか? 聞こえたぞ」
ぱっと子供の姿になった灰色の子狼、トールは心配そうな顔でアリシアに近づく。
どうやら隣の部屋のバルトに向けて言った大声の言葉が、外まで漏れていたらしい。
「トール! いいところに来たわね……あら? でも何処から入って来たの?」
いつもは庭に繋がる窓を開けているが、今日は閉まっているはず……と思ったところで思考が停止した。
アリシアの声が外に聞こえるということは、何処かの窓が開いているという事ではないか。
「んん? あそこから入った」
トールが指をさしたのはアリシアの斜め後ろにある窓だった。首を回して確認すると、僅かに隙間が開いている窓が見える。
バルトが閉め忘れるなんて珍しい。そう思ったがあのバルトの様子を見ると、いつも通りの行動をする余裕が無くなっていたからとも考えられる。
もし、今日二人が訪ねて来なかったらと思うとぞっとした。
「トールお願いがあるのだけど、いいかしら」
「なんだ? オレにできることか?」
にこにこと言葉を返すトールに、このソファの周りに模様の描かれた紙か何かが無いか探してほしいと頼む。
「わかった! もよう、もようかぁ……」
ソファの下を覗いたり裏側に回ったりしながら、くるくると周りを探すトールは背もたれの装飾に、きらりと光る模様の描かれた魔石があるのを見つけた。
「アリシア、石ならあった! ここ!」
トールが指をさした場所をアリシアは体を傾けながら確認する。
「うっ、そんな所に。魔石まで使うなんてバルト、本気ね……!」
魔術式が書けるものであれば何を使っても魔術は使えるが、普通は紙を使う。書きやすい上に大量に用意できるからだ。
一方、魔石を魔力の貯蔵庫として持っておくならともかく、魔術式を書き込む事は通常やらない。その魔石がその魔術にしか使えなくなってしまう為である。
しかし、多くの魔力を溜めておける上に強度も高いため、込めた魔力で持続時間が伸びる魔術は魔石を使うものも多い。
実際この森と屋敷の守護の魔術には魔石を使っている。
これはまずいかもしれない、紙なら破ってもらおうと思っていたが石だと魔術式を壊すのが難しい。
ソファから離せば何とかなると思うが、装飾にはめ込まれているとなると……。
悩むアリシアは一応トールに聞いた。
「トール、それ取れそう?」
「んん、無理だ。がっちり」
トールは爪で引っ掻いて取ろうとしているが、余程ぴったりと隙間なくはめ込んでいるらしい。
急に準備出来るものではないし、もしかして前からこのソファには魔術式が組み込まれていたのだろうか。若干ひやりとした。
「これ、いらないのか?」
「いらないどころか、何処かに放り投げたいくらいだわ」
アリシアはため息をつきながら、バルトは本当に何をしているのだと思う。
「じゃあ、食っていい?」
きらきらとした視線をアリシアに向けたトールは、魔石を食べていいか聞いてきた。
きょとんとしたアリシアが反射的に聞き返したのは、特に意味のないことだった。
「え、お腹こわさない?」
「おいしい!」
ガリゴリと凄い音で、魔石とその周りにあった装飾を食べてご満悦な様子のトールのおかげで、ソファにかかっていた魔術が解けた。
「す、すごかったわ。そういえばこの子フェンリルなのよね……」
アリシアの前で食べている物がリンゴだったのであまり気にしていなかったが、フェンリルは魔石も食べるのだ。
視線を向けた先には大きく歯型がついた装飾の残骸がある。狼の状態での食事はかなり荒々しいものだった。
固い魔石を食べていたせいかもしれないが。
「よし、他には何もないようね」
周りに怪しい魔術式が無いか確認し、自由になったアリシアはバルトのところに向かおうと扉へ歩きだした。
ふと立ち止まると振り返り、トールはこの後何をするのか聞く。
「私は少し用事があるから隣の部屋に行くけれど、トールはどうする?」
「んん? ねむいからここにいる。用事がおわったらおこして」
お腹がいっぱいになって眠くなったらしいトールは、むにゃむにゃと口を動かしながら先程までアリシアが座っていたソファの上で寝息をたて始めている。
アリシアはトールを起こさないようそっと部屋から出て扉を閉めた。
そしてすかさず、隣の扉を勢いよく開けると、眉を吊り上げて大声で叫ぶ。
トールのために静かにした配慮が台無しである。
「バルトーー! 貴方ね、いったい何を考えて……あら?」
アリシアの視界に入ったのは魔術式に魔力を送っているらしいシュテルと苦笑いのフェリックス。
その魔術式の中心にいる動かないバルト。
そしてアリシアの目に入り込んだ人物がもう一人。
いつかの記憶にある、月の無い夜のような黒髪と雲一つ無い空のような青い目をした青年が居た。
すると視界に先程は無かった、ふわふわとした灰色が見えた。
「おい、アリシアどうした、オバケとけんかしたのか? 聞こえたぞ」
ぱっと子供の姿になった灰色の子狼、トールは心配そうな顔でアリシアに近づく。
どうやら隣の部屋のバルトに向けて言った大声の言葉が、外まで漏れていたらしい。
「トール! いいところに来たわね……あら? でも何処から入って来たの?」
いつもは庭に繋がる窓を開けているが、今日は閉まっているはず……と思ったところで思考が停止した。
アリシアの声が外に聞こえるということは、何処かの窓が開いているという事ではないか。
「んん? あそこから入った」
トールが指をさしたのはアリシアの斜め後ろにある窓だった。首を回して確認すると、僅かに隙間が開いている窓が見える。
バルトが閉め忘れるなんて珍しい。そう思ったがあのバルトの様子を見ると、いつも通りの行動をする余裕が無くなっていたからとも考えられる。
もし、今日二人が訪ねて来なかったらと思うとぞっとした。
「トールお願いがあるのだけど、いいかしら」
「なんだ? オレにできることか?」
にこにこと言葉を返すトールに、このソファの周りに模様の描かれた紙か何かが無いか探してほしいと頼む。
「わかった! もよう、もようかぁ……」
ソファの下を覗いたり裏側に回ったりしながら、くるくると周りを探すトールは背もたれの装飾に、きらりと光る模様の描かれた魔石があるのを見つけた。
「アリシア、石ならあった! ここ!」
トールが指をさした場所をアリシアは体を傾けながら確認する。
「うっ、そんな所に。魔石まで使うなんてバルト、本気ね……!」
魔術式が書けるものであれば何を使っても魔術は使えるが、普通は紙を使う。書きやすい上に大量に用意できるからだ。
一方、魔石を魔力の貯蔵庫として持っておくならともかく、魔術式を書き込む事は通常やらない。その魔石がその魔術にしか使えなくなってしまう為である。
しかし、多くの魔力を溜めておける上に強度も高いため、込めた魔力で持続時間が伸びる魔術は魔石を使うものも多い。
実際この森と屋敷の守護の魔術には魔石を使っている。
これはまずいかもしれない、紙なら破ってもらおうと思っていたが石だと魔術式を壊すのが難しい。
ソファから離せば何とかなると思うが、装飾にはめ込まれているとなると……。
悩むアリシアは一応トールに聞いた。
「トール、それ取れそう?」
「んん、無理だ。がっちり」
トールは爪で引っ掻いて取ろうとしているが、余程ぴったりと隙間なくはめ込んでいるらしい。
急に準備出来るものではないし、もしかして前からこのソファには魔術式が組み込まれていたのだろうか。若干ひやりとした。
「これ、いらないのか?」
「いらないどころか、何処かに放り投げたいくらいだわ」
アリシアはため息をつきながら、バルトは本当に何をしているのだと思う。
「じゃあ、食っていい?」
きらきらとした視線をアリシアに向けたトールは、魔石を食べていいか聞いてきた。
きょとんとしたアリシアが反射的に聞き返したのは、特に意味のないことだった。
「え、お腹こわさない?」
「おいしい!」
ガリゴリと凄い音で、魔石とその周りにあった装飾を食べてご満悦な様子のトールのおかげで、ソファにかかっていた魔術が解けた。
「す、すごかったわ。そういえばこの子フェンリルなのよね……」
アリシアの前で食べている物がリンゴだったのであまり気にしていなかったが、フェンリルは魔石も食べるのだ。
視線を向けた先には大きく歯型がついた装飾の残骸がある。狼の状態での食事はかなり荒々しいものだった。
固い魔石を食べていたせいかもしれないが。
「よし、他には何もないようね」
周りに怪しい魔術式が無いか確認し、自由になったアリシアはバルトのところに向かおうと扉へ歩きだした。
ふと立ち止まると振り返り、トールはこの後何をするのか聞く。
「私は少し用事があるから隣の部屋に行くけれど、トールはどうする?」
「んん? ねむいからここにいる。用事がおわったらおこして」
お腹がいっぱいになって眠くなったらしいトールは、むにゃむにゃと口を動かしながら先程までアリシアが座っていたソファの上で寝息をたて始めている。
アリシアはトールを起こさないようそっと部屋から出て扉を閉めた。
そしてすかさず、隣の扉を勢いよく開けると、眉を吊り上げて大声で叫ぶ。
トールのために静かにした配慮が台無しである。
「バルトーー! 貴方ね、いったい何を考えて……あら?」
アリシアの視界に入ったのは魔術式に魔力を送っているらしいシュテルと苦笑いのフェリックス。
その魔術式の中心にいる動かないバルト。
そしてアリシアの目に入り込んだ人物がもう一人。
いつかの記憶にある、月の無い夜のような黒髪と雲一つ無い空のような青い目をした青年が居た。
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