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23 アリシアとバルト
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「私、バルトに謝らなければいけない事があるの」
「昔の貴方が初恋だけど、今の貴方のことは何とも思っていないわ」
「だって貴方――」
――鎧でしょう?
酷い夢を見た。
気分が最悪の状態で目覚めたバルトはうっすらと空が明るくなる頃、いつもより遅い時間に起きた。
リビングアーマーに睡眠は必要無いのだが、人としての習慣が残っているせいかバルトはちゃんと睡眠をとる。
その時に見る夢は、いつもだったら昔の記憶を再生しているようなものなのだが、今日の夢は最悪だった。
「おはようバルト、何だか元気がないわね」
やっぱり調子が悪いのかと聞くアリシアに、バルトは首を振って否定する。
調子が悪い訳ではない、むしろ軽く動けるようになったので、すこぶる良い。
アリシアはバルトのその様子に、まだ何か悩んでいるのだろうかと眉を下げ、そっとため息をつく。
「私、バルトに謝らなければいけない事があるの」
バルトは今朝の悪夢と同じ言葉を聞き、もしやあれは予知夢だったのかと鎧をガチャガチャ鳴らして動揺する。
何故そんな反応をされるのかわからないアリシアは不思議そうな表情でバルトを見るが、しばらく待つと落ち着いたようなので話を進めた。
「自分の加護が何かわかったわ」
それは、バルトが予想していた言葉ではなかった。ずっとわからなかった加護を知ることが出来たのなら喜ばしい事だろう。
それが何故謝ることになるのだろうか。
悪夢通りにならずバルトは密かに安堵したが、アリシアが何に対して謝りたいのか理解出来なかった。
「何から言えばいいのかしら……私の加護は知れば知るほど、訳がわからなくなるものだったわ」
昨日の夜、一時魔術で眠ったアリシアは眠くならず、横になりながら一日を振り返っていた。
あの時が初恋だと言ってしまった。バルトから好きだと言われた。思い出して顔の赤みがぶり返したアリシアは頬を抑えて冷やそうとする。
これはいわゆる両想いというものだろうかとアリシアは思った。しかし、何か違和感がある。大事なことを見落としているような違和感が。
そして気づいた、自分は返事を返せていないということを。
これはいけない。あんなに勇気を出して伝えたのに、これではただ思い出話をしただけではないか。
アリシアは自分の失態に頭をかかえ布団に潜る。
しかし、このままでは本当に意味が無い。アリシアはもう一度勇気を出そうと持っていた布団を握りしめた。
明日バルトに想いを伝えよう。
「あら……?」
そう決めた時、ふわりと胸に浮かぶものがあった。
それは、アリシアがいくら調べても知ることの出来なかった『不老不死』にしか見えないが、そうではない正体不明の自分の加護の事だった。
最初に思ったのは、こうやって皆自分の加護を知るのかという少しの感動。
次に思ったのは、自分の加護の想像以上のややこしさ。
全てを知って思ったのは、知らないうちに何もかもが終わっていたという事。
知ってみるとなるほど、これは誰かに言いにくい加護だとアリシアは思った。
だから『不老不死』だと言われていた人たちは、それを否定しても、本当の加護のことは言わなかったのだろうと感じた。
この加護は『愛』の加護だった。
これを口に出すのは勇気がいることだろう、言ったとしても確実にただの惚気に聞こえる。
本気にしてくれる人はどのくらいいるだろうか。
『運命の人と同じ時を過ごせる』というもののようだが、これは自分と同じ種族同士ならともかく違うものが相手になると目立つ。
人で言うと『不老不死』の四人。
一人目の相手は予想でしかないが悪魔だったのだろう。悪魔は不老だと記録に残っている。もしかしたらまだ何処かで暮らしているのかもしれない。
二人目の相手は人の姿を持つ竜だった。これはそれなりに有名な話でよく恋物語になっている。
三人目の相手はエルフだった。騎士は、まめだったのか日記と手紙を多く残している。
四人目の相手は獣人だった。人より若い期間が長く寿命は百五十年ほど。だから他の三人と極端に寿命が違った。
相手が生きている限り自分は死なない。しかも長寿な種族が相手だと寿命が伸びる。
それが結果として『不老不死』という状態を生み出したようだ。
しかし、相手が生きている限り死なないとは、逆に言えば、相手が死ぬと自分も死ぬということだ。
この加護を持っている者が今までどのくらい居たのかわからないが、出会わずに亡くなってしまった者も居るのかもしれない。
「私の運命の人はね、貴方よ。バルト」
さらりと言うアリシアに、何を言われるのかとそわそわしていたバルトは衝撃で固まった。
今何と言ったのか、ギギと動揺し過ぎて動き難い頭を傾ける。
しかし、バルトはあることに気づくと、ひやりとした感情が動揺をじわじわと浸食するのを感じた。
自分は元人間のリビングアーマーだ。
つまり、人として一度死んでいる。ということはもし、自分がリビングアーマーにならなかった場合アリシアは……。
「そうね。バルトがリビングアーマーになっていなかったら、きっと私は何らかの理由で亡くなっていたでしょうね」
バルトの考えを読んでいたかのように、アリシアは思考から引き継いで言葉を重ねる。
「今回も、バルトの魂が消えていたら、私も一緒に消えていたわ」
アリシアの言葉にバルトは、自分の調子が悪いまま放置するのは止めようと深く反省した。アリシアに死が影響するのなら自分の管理はしっかりしなくてはと決意する。
アリシアはそこで何かを気にしたように俯く。
「ごめんなさい、私の命を貴方に背負わせてしまって」
命は一人一つ。自分が責任を持って最後まで背負うものだろう。
しかし、アリシアの命は完全に相手に依存する。
つまりアリシアの命を背負うのは、アリシアではなくバルトということになる。
自分に誰かの命がかかっている状態は、かなりの負担だろうとアリシアは言うが、バルトはまったく負担と思っていなかった。
むしろ自分が気をつければ、最後の時まで一緒に居ることができるという幸せを噛みしめているくらいだ。
アリシアは衝撃の真実を言ったつもりなのに、妙に浮かれているバルトに怪訝そうな視線を向け眉を顰める。
喜ぶことは何も言っていないような気がするのだが、もしかして自分の認識がずれているだけで一般的には嬉しいものなのだろうかとアリシアは考え始めた。答えは勿論でない。
しばらく、花を飛ばしているように雰囲気が明るいバルトをアリシアは見つめていた。
「昔の貴方が初恋だけど、今の貴方のことは何とも思っていないわ」
「だって貴方――」
――鎧でしょう?
酷い夢を見た。
気分が最悪の状態で目覚めたバルトはうっすらと空が明るくなる頃、いつもより遅い時間に起きた。
リビングアーマーに睡眠は必要無いのだが、人としての習慣が残っているせいかバルトはちゃんと睡眠をとる。
その時に見る夢は、いつもだったら昔の記憶を再生しているようなものなのだが、今日の夢は最悪だった。
「おはようバルト、何だか元気がないわね」
やっぱり調子が悪いのかと聞くアリシアに、バルトは首を振って否定する。
調子が悪い訳ではない、むしろ軽く動けるようになったので、すこぶる良い。
アリシアはバルトのその様子に、まだ何か悩んでいるのだろうかと眉を下げ、そっとため息をつく。
「私、バルトに謝らなければいけない事があるの」
バルトは今朝の悪夢と同じ言葉を聞き、もしやあれは予知夢だったのかと鎧をガチャガチャ鳴らして動揺する。
何故そんな反応をされるのかわからないアリシアは不思議そうな表情でバルトを見るが、しばらく待つと落ち着いたようなので話を進めた。
「自分の加護が何かわかったわ」
それは、バルトが予想していた言葉ではなかった。ずっとわからなかった加護を知ることが出来たのなら喜ばしい事だろう。
それが何故謝ることになるのだろうか。
悪夢通りにならずバルトは密かに安堵したが、アリシアが何に対して謝りたいのか理解出来なかった。
「何から言えばいいのかしら……私の加護は知れば知るほど、訳がわからなくなるものだったわ」
昨日の夜、一時魔術で眠ったアリシアは眠くならず、横になりながら一日を振り返っていた。
あの時が初恋だと言ってしまった。バルトから好きだと言われた。思い出して顔の赤みがぶり返したアリシアは頬を抑えて冷やそうとする。
これはいわゆる両想いというものだろうかとアリシアは思った。しかし、何か違和感がある。大事なことを見落としているような違和感が。
そして気づいた、自分は返事を返せていないということを。
これはいけない。あんなに勇気を出して伝えたのに、これではただ思い出話をしただけではないか。
アリシアは自分の失態に頭をかかえ布団に潜る。
しかし、このままでは本当に意味が無い。アリシアはもう一度勇気を出そうと持っていた布団を握りしめた。
明日バルトに想いを伝えよう。
「あら……?」
そう決めた時、ふわりと胸に浮かぶものがあった。
それは、アリシアがいくら調べても知ることの出来なかった『不老不死』にしか見えないが、そうではない正体不明の自分の加護の事だった。
最初に思ったのは、こうやって皆自分の加護を知るのかという少しの感動。
次に思ったのは、自分の加護の想像以上のややこしさ。
全てを知って思ったのは、知らないうちに何もかもが終わっていたという事。
知ってみるとなるほど、これは誰かに言いにくい加護だとアリシアは思った。
だから『不老不死』だと言われていた人たちは、それを否定しても、本当の加護のことは言わなかったのだろうと感じた。
この加護は『愛』の加護だった。
これを口に出すのは勇気がいることだろう、言ったとしても確実にただの惚気に聞こえる。
本気にしてくれる人はどのくらいいるだろうか。
『運命の人と同じ時を過ごせる』というもののようだが、これは自分と同じ種族同士ならともかく違うものが相手になると目立つ。
人で言うと『不老不死』の四人。
一人目の相手は予想でしかないが悪魔だったのだろう。悪魔は不老だと記録に残っている。もしかしたらまだ何処かで暮らしているのかもしれない。
二人目の相手は人の姿を持つ竜だった。これはそれなりに有名な話でよく恋物語になっている。
三人目の相手はエルフだった。騎士は、まめだったのか日記と手紙を多く残している。
四人目の相手は獣人だった。人より若い期間が長く寿命は百五十年ほど。だから他の三人と極端に寿命が違った。
相手が生きている限り自分は死なない。しかも長寿な種族が相手だと寿命が伸びる。
それが結果として『不老不死』という状態を生み出したようだ。
しかし、相手が生きている限り死なないとは、逆に言えば、相手が死ぬと自分も死ぬということだ。
この加護を持っている者が今までどのくらい居たのかわからないが、出会わずに亡くなってしまった者も居るのかもしれない。
「私の運命の人はね、貴方よ。バルト」
さらりと言うアリシアに、何を言われるのかとそわそわしていたバルトは衝撃で固まった。
今何と言ったのか、ギギと動揺し過ぎて動き難い頭を傾ける。
しかし、バルトはあることに気づくと、ひやりとした感情が動揺をじわじわと浸食するのを感じた。
自分は元人間のリビングアーマーだ。
つまり、人として一度死んでいる。ということはもし、自分がリビングアーマーにならなかった場合アリシアは……。
「そうね。バルトがリビングアーマーになっていなかったら、きっと私は何らかの理由で亡くなっていたでしょうね」
バルトの考えを読んでいたかのように、アリシアは思考から引き継いで言葉を重ねる。
「今回も、バルトの魂が消えていたら、私も一緒に消えていたわ」
アリシアの言葉にバルトは、自分の調子が悪いまま放置するのは止めようと深く反省した。アリシアに死が影響するのなら自分の管理はしっかりしなくてはと決意する。
アリシアはそこで何かを気にしたように俯く。
「ごめんなさい、私の命を貴方に背負わせてしまって」
命は一人一つ。自分が責任を持って最後まで背負うものだろう。
しかし、アリシアの命は完全に相手に依存する。
つまりアリシアの命を背負うのは、アリシアではなくバルトということになる。
自分に誰かの命がかかっている状態は、かなりの負担だろうとアリシアは言うが、バルトはまったく負担と思っていなかった。
むしろ自分が気をつければ、最後の時まで一緒に居ることができるという幸せを噛みしめているくらいだ。
アリシアは衝撃の真実を言ったつもりなのに、妙に浮かれているバルトに怪訝そうな視線を向け眉を顰める。
喜ぶことは何も言っていないような気がするのだが、もしかして自分の認識がずれているだけで一般的には嬉しいものなのだろうかとアリシアは考え始めた。答えは勿論でない。
しばらく、花を飛ばしているように雰囲気が明るいバルトをアリシアは見つめていた。
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