治癒術士の極めて平和な日常

福々 ゆき

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6 白い竜と灰色の魔物

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 また、灰色の『何か』に出会わないように慎重に森を進む。
 大きなものがこの森に居るとわかってしまえば、警戒はしやすい。
 
 エルフィは奥へ奥へと歩き続け、暖かい光が溢れるひらけた場所に辿り着いた。

 
「こんにちは。プラティヴィーチェさん」
 
 滅多に見ない笑顔で挨拶をしたエルフィは、目の前の竜を見上げる。
 鋭い爪のある手だけで、エルフィが隠れるくらいあるこの大きな竜は白水晶の森の主であり、エルフィの大切な友である白竜、プラティヴィーチェだ。
 
 透き通るような白い鱗は、光が滑り落ちるように輝いている。
 白銀の瞳は優しげに揺れて、エルフィを見つめ返していた。

「この前は会いに行けなくて……」
 プラティヴィーチェは、エルフィの近くまで顔を下げると軽く鼻先で小突く。
 拗ねているように瞳を細め、吐いたため息が風となってエルフィのローブをはためかせた。
 しがみついた子蜘蛛が、ぴゅいぴゅいと慌てたように鳴いている。
 
 診療所が休みの日はギルドで依頼を受けるついでに――いや、プラティヴィーチェに会いに行くついでに、この森での依頼を受けているのだが、この前は丁度ディーガウムの事で慌ただしかったため、会いに行く時間が取れなかったのだ。
 
「すみません。でも今日はプラティヴィーチェさんに会えて嬉しいです」
 近づいている鼻先に手をあて頬をよせるエルフィは、普段の無表情ではなく心から嬉しそうに、ほわほわと微笑んでいる。
 白竜はもう一度軽くため息を吐くと、自分もだというように目をゆっくり閉じて更に顔をよせた。
 
 
「あ、そうだ。白晶樹の葉取らせてください」
 プラティヴィーチェの居る場所の後ろには大きな白晶樹がある。
 白竜は軽く頷くと、地面をなるべく揺らさないように、ゆっくりとした動きで横にずれた。
「ありがとうございます」
 エルフィは、シャリシャリと音を立てて割れる葉の欠片の上を歩き、白晶樹の元へと辿り着く。
 白竜は、『自分よりそっちを取るのか……そうか』とでも言いそうなくらい、しょんぼりした雰囲気でその様子を見ている。

「……すみません。先に依頼を終わらせないと、ゆっくりお話できないので」
 プラティヴィーチェはエルフィの言葉にあっさり機嫌を直した。
 
「これ綺麗ですよ。ピノさん」
 プラティヴィーチェの、まだかまだかという視線を気にしないようにしながら、白晶樹の葉が砕けて砂のように積もった、木の下にしゃがみこんでその葉を探す。
 エルフィは一枚、綺麗な葉を見つけた。
 
 少しそこから離れた場所で同じように探していた子蜘蛛が、ぴゅき! と鳴きながら糸で何かを巻きつけて近寄って来る。
「わ、ピノさんすごいです!」
 ほどけた糸の中から、綺麗な状態の白晶樹の葉が三枚、エルフィの前に並べられた。
 
 ピノさん、とエルフィに呼ばれているこの子蜘蛛は、この白水晶の森が故郷である『ピースマリチェ』という種類の魔物だ。
 古い言葉で『落ちてる毛玉』という意味になるそうで、その名の通りふわふわの長い毛に覆われたその姿は、蜘蛛というより何かの毛玉に見える。
 足が動くとそれなりに蜘蛛らしいシルエットが見えることもあるが、基本的にもそもそとしか動かないため、地面に居る姿はまさに『落ちてる毛玉』だ。
 
「よくこんなに見つかりましたね。もう少しかかると思っていましたが、あと一枚で依頼達成ですよ」
 エルフィは四枚の葉を包んで鞄にしまい、胸をはるように体を浮かせた子蜘蛛を、指先でなでた。
 
 すぐ近くで、ガシャン! という音が鳴り響き、地面が揺れる。

 手伝おうとしたのであろう白竜は、手の下の砕けた葉を見つめ、申し訳なさそうにエルフィから目をそらしていた。
「プラティヴィーチェさん……」
 エルフィの視線の先で、かつん、と落ちてきた葉が白竜の鱗で跳ねた。
「あ、落ち葉」
 
 
 
 

「五杖……と予備の七杖。これで大丈夫ですね」
 
 まさかの大収穫になってる。
 プラティヴィーチェが地面を揺らしたお陰で葉が落ち、その中から割れずに残ったものを拾うことができたエルフィは、依頼分以上の葉を入手することができた。
 結果的に手助けができた白竜は、満足そうに尻尾を揺らしている。

「ありがとうございました、プラティヴィーチェさん」
 目元を緩ませ、微笑んでいるかのような雰囲気の白竜は、言葉を話していないのにわかりやすい。
 ふと、エルフィの頭に、言葉は通じるのにまったくわからない人物が浮かんだ。
 
「ああ、すみません。ぼうっとしてました」
 黙りこんだエルフィの顔を心配そうに覗き込んだ白竜に、考えていたことを話す。
 
「最近、気になる方がいるんです」
 
 バキィ、とプラティヴィーチェの足元の硬い岩が砕けた。
 さっきまで機嫌が良かった白竜は、不機嫌そうに尻尾を振り上げ空中を叩いている。
 
「プラティヴィーチェさん?」
 エルフィがどうしたのかと名前を呼ぶが、それに反応は返されない。
 不思議に思いつつも、エルフィは話を続けた。

「その方、怪我が多くてよく診療所に来るんですけど……どこであんな怪我を負ってくるんでしょうか? 干渉のし過ぎは良くないと思うんですが、気になってしまって」
 
 プラティヴィーチェの力がわずかに緩む。
 振り上げられた尻尾は地面を叩くことなく、静かに下ろされた。
  
「とても強い方だったので、それが不思議で――あ」
 
 エルフィは連鎖的に、ディーガウムより前にあった灰色のことを思い出した。
「そういえば、さっき見慣れない灰色の魔物を見かけました」
 白水晶の森の主である白竜なら知っているかと思い訪ねると、プラティヴィーチェは深く考えこむように唸り、ゆっくりと首を振った。
 
「プラティヴィーチェさんも知らなかったんですか?」
 白竜はゆったりとした動きで頷く。プラティヴィーチェが把握していないなら、今日この森に来たばかりの魔物なのかもしれない。
 
「ギルドで聞いた話に、未確認の魔物の話があったんですが……それかもしれません。帰ったらギルドに報告しておきますね」
 エルフィがそう言っている間、プラティヴィーチェは目を鋭く細め、何かを考えているようだった。
 
「木を弾き飛ばして突進してくるなんて、やっぱり危ないですし――」
 
 しかし、次の言葉に軽く目を見開いた白竜は、『突進されたの!?』と言うようにエルフィに顔をよせ、怪我が無いか確認する。
「わっ、大丈夫です! プラティヴィーチェさん! ピノさんが助けてくれましたから」
 全身鼻先でつつかれ、慌てたエルフィは白竜を止める。
 それを聞いてぴたりと止まった白竜は、『本当に本当? 嘘ついてない?』と疑っているような表情で、エルフィを見つめていた。
「すごいです。全く信用が無い」
 
 
 エルフィは、日が落ちかけて帰る時まで白竜に心配されながら、森を後にしたのだった。
 


 
 
 
 
 
 ――夜、白い葉が舞い落ちる森の中。幻のように美しい人がそこに居た。
 足元に散らばるものは、その場の白い風景から浮くように暗い、灰色の欠片。
 
「全く……忌々しいことだ」
 
 ぽつり、とそう呟くと美しい人は、無機質な瞳を足元の欠片に向け、角ような一際大きな欠片を粉々に踏み砕く。
 欠片はきらきらと月の光を受けながら、空気に溶けるように消えていった。
 
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