ピカリパラダンス ―終末の夜に、僕らは光る―

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第3話:色彩の死街と灰色の少年 ―鼓動が夜を追い越す刹那―

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 東京、渋谷。  三年前の「あの日」以来、この街は変わった。  空を覆う巨大なホログラム、ビル群から降り注ぐ虹色の光の粒子(ピカリ)。人々は皆、最新のウェアラブルデバイスを身につけ、政府が推奨する「最適化された幸福なリズム」に身を委ねている。

 だが、その完璧な「光」の洪水の中に、一人の「泥」が紛れ込んでいた。

「……はぁ、……はぁ……っ」

 ゼインの喉は、数日間、まともな水を飲んでいないせいで、焼けた砂を飲み込んだように痛んだ。  カサブランカから日本へ至る、地獄のような密航。暗く冷たいコンテナの中で、彼を支えていたのは、首から下げた鴉(カラス)の端末から漏れ出す、微かな電子音だけだった。

 渋谷のスクランブル交差点に降り立ったゼインが見たのは、あまりにも残酷な「豊かさ」だった。  誰もが清潔な服を着て、誰に怯えることもなく、デジタルな音楽に合わせてステップを踏んでいる。  カサブランカで、明日をも知れぬ命を繋いでいる人々。  そして、今この瞬間も、自分を逃がすために血を流しているはずの、あの「死神」のおじさん。

(……なんで、……みんな笑ってるの?)

 ゼインの目から、熱い涙が溢れ、汚れた頬に筋を作る。  この街の音楽は、綺麗すぎる。  痛みも、飢えも、絶望も、すべてを「ノイズ」として切り捨て、上辺だけの多幸感で塗り固めた、死んだ音楽だ。

 鴉が弾いていた、あの泥臭い、骨がきしむようなチェロの音は、ここにはどこにもなかった。

「おい、見ろよあのガキ。……汚ねぇな」 「浮浪者か? 警備ドローン呼んだほうがいいんじゃない?」

 色彩の海の中で、ゼインだけが灰色に沈んでいた。  周囲の視線は冷たく、彼の存在を「不具合(バグ)」として排除しようとする。

 ゼインは、端末を握りしめた。  画面には、鴉が最期に込めた、たった一つの座標が点滅している。  ここだ。ここに、世界を救った「光のピアニスト」がいるはずなんだ。


 ゼインは、交差点の中央へとふらふらと歩き出した。  周囲の流行歌が、鼓膜を執拗に叩く。  彼は耳を塞ぎ、喉を枯らして叫んだ。

「……うるさい……うるさいんだよ、お前ら!!」

 その声は、街の喧騒にかき消される。  ゼインは、覚悟を決めた。  言葉が通じないなら。自分を人間として見てくれないなら。  あの男が、命を削って教えてくれた「唯一の言語」で話すしかない。

 ゼインは、震える脚でアスファルトを踏みつけた。

 ド、ン。

 街のリズムとは、全く噛み合わない一歩。  彼は、鴉がかつて灯台の地下室で奏でた、あの心拍数が限界を突破するまでの刹那を、自分の心臓に直接刻み込んだ。 『Night City Jump!』。

 ゼインが踊り出す。  それは、洗練されたダンスなどではない。  カサブランカのゴミ捨て場で覚えた、泥臭い生命の足掻き。  高く跳び、地を這い、身体中の関節を悲鳴を上げさせながら、彼は「影」を表現した。

 ジャンプするたびに、裸足の足裏がコンクリートに叩きつけられ、腫れた皮膚が裂けて血が飛び散る。  だが、ゼインは止まらない。  今、自分がここで止まれば、あの遠い街で戦っているおじさんの心臓も、止まってしまう気がしたからだ。

「……っ、……ぁぁぁぁ!!」

 ゼインの全身から、凄まじい熱量が放射される。  心拍数は、瞬く間に108%へと跳ね上がった。    異変が起きた。  ゼインの周囲にいた若者たちのデバイスが、一斉にノイズを発し始めたのだ。  彼のステップが刻む「影の周波数」が、政府が管理する「偽物の光」を物理的にハッキングし、書き換えていく。

 虹色の光が、ゼインの周囲でだけ、漆黒の炎のように揺らめいた。  街行く人々が、恐怖と驚愕で足を止める。   「なんだ、あいつ……」 「音が……音が、刺さってくる……痛いほどに……」

 ゼインは踊りながら、空を見上げた。  かつて鴉が言っていた。 『俺の音は、呪いだ。……だが、その呪いを受け止めてくれる馬鹿が、この街に一人だけいる』

「見つけてよ!! カイ!! 鴉おじさんが……死んじゃうんだ!! 助けてよ!!」

 血を吐くような叫びが、渋谷のビル風に乗って、高層階のテラスへと届いた。


 その声に、弾かれたように顔を上げた青年がいた。    カイ。  かつてこの街を救い、今は「希望の象徴」として祭り上げられているピアニスト。  彼は、新しい平和を讃える楽曲の制作に行き詰まっていた。    何を弾いても、空虚だった。  自分が奏でる「光」が、あまりにも純粋すぎて、自分の中にあった「大切な何か」を削ぎ落としてしまったような、そんな違和感。

「……今の、音……」

 カイの隣に、半透明の少女、ヒカリが寄り添う。 「カイ……。下を見て。……鴉さんの、……鴉さんの『痛み』が、そこで踊ってる」

 カイは、テラスから交差点を見下ろした。  そこには、人だかりの中心で、血を流しながら狂ったように踊る少年の姿があった。  そのステップ。その、世界への憎しみと、それ以上の「愛」を孕んだリズム。   「……鴉……」

 カイは、全力で駆け出した。  エレベーターを待つ時間さえ惜しみ、非常階段を飛び降りるようにして、彼は地上へと向かった。  右手のサポーターが、かつての戦いを思い出させるように熱く脈打つ。

 交差点の中心。  ゼインの力は尽きようとしていた。  足裏は真っ赤に染まり、視界は白く霞んでいる。   「……おじ、さん……。ごめん……届かな……」

 倒れそうになった少年の身体を、強い腕が支えた。   「……よく、届けてくれた」

 その声は、かつて鴉が「世界で一番、真っ直ぐな音を出す」と評した、あの青年のものだった。  ゼインは、震える瞳でカイを見上げた。   「……カイ……なの? ……鴉おじさんの、……親友の……」

「ああ。……僕が、カイだ」

 ゼインは、最期の力を振り絞り、首から下げた端末をカイの手に押し付けた。   「……おじさんを……助けて。……あいつ、……アッシュが……」

 カイが端末を受け取った瞬間、強力なバイブレーションと共に、画面に映像が投影された。    そこには、地獄のようなカサブランカの光景が映し出されていた。  街中のスピーカーが、アッシュの放つ「負の共鳴」によって爆発し、人々が耳を押さえてのたうち回っている。  その地獄の中心で、一本の弦が切れたチェロを構え、血まみれで立ち塞がる男の姿。

『……カイ。……聴こえるか。……お前に、これを届けるのが……俺の、最期の……『葬送のパレード』だ』

 画面の中の鴉は、痛々しく笑った。  その背後には、カイと全く同じ顔をした少年、アッシュが、狂気のリズムで指揮を振っている。

「アッシュ……!!」  カイの叫びが、渋谷の空に響いた。


 カイは、端末に記録された「鴉のバイタルデータ」を読み取った。  心拍数、42。  呼吸、浅い。  鴉の命の灯火は、今にも消えようとしている。

「……鴉、待ってろ。……お前を、また一人で死なせたりしない」

 カイは、交差点の大型モニターを管理するシステムに、自分の端末を直結させた。   「ヒカリ、手伝ってくれ!! 街中の全デバイスを、……鴉の『心拍数108%』に同期させるんだ!!」

「わかったわ、カイ!! ……みんなの『喜び』を、鴉さんの『痛み』に繋ぐね!!」

 ヒカリが端末の中に溶け込んでいく。  次の瞬間、渋谷中のモニターが、一斉に鴉のバイタルグラフを映し出した。    ドクン。……ドクン。    死にかけの鴉の鼓動が、渋谷の重低音となって街を揺らす。   「みんな、協力してくれ!!」  カイは、呆然と見守る人々に叫んだ。 「このリズムに合わせて、踊ってほしい!! ……この街の偽物の光じゃなく、……誰かを守るために命を削っている、あの男の鼓動に合わせて!!」

 カイは、ゼインの横に膝をつき、彼の泥に汚れた足先を優しく握った。   「ゼイン、君が先導してくれ。……君のステップが、鴉を呼び戻す『アンテナ』になるんだ」

「……うん……!!」

 ゼインは、痛みを忘れて立ち上がった。  カイが端末を操作し、鴉が遺した夜の底を揺らす、あの咆哮のようなベースラインを、渋谷中の全スピーカーから最大音量で放出した。    『ピカリパラダンス - Night City Jump!』。    カイが、即興でピアノの旋律を重ねる。  それは、光でも影でもない。  絶望の底で出会った二人が、互いを信じることで生まれた、「真実の青」の旋律。

 ゼインが踊り出す。  カイが、魂を込めて鍵盤を叩く(かのようなジェスチャーで空中の仮想インターフェースを操る)。  ヒカリが、その音を光に変えて、成層圏へと打ち上げる。

 渋谷にいた何万人という群衆が、その異様な熱量に引き込まれ、一人、また一人とゼインと同じステップを踏み始めた。   「……届いてる。……カイ、届いてるよ!!」

 ヒカリが叫ぶ。  東京の何万人もの「心拍数108%」が共鳴し、巨大なエネルギーとなって、カサブランカの座標へと逆流していく。


 カサブランカ。  アッシュの攻撃によって、鴉の意識はすでに闇に沈みかけていた。   「……さよなら、鴉。……兄さんの『偽物の守護者』さん」    アッシュが最後の一撃を放とうとした、その瞬間。    空から、見たこともない「青い光の雨」が降り注いだ。   「……っ!? ……なんだ、この音は……!!」    アッシュがたじろぐ。  瓦礫の山に倒れていた鴉の耳に、聴こえてきた。    遠い、海を越えた先から届く。  あいつの、耳障りなほど真っ直ぐで、温かい、ピアノの音。  そして、自分が教えたはずの、泥臭い少年のステップ。   「……カイ……。……ゼイン……か」    鴉の指が、ピクリと動いた。  止まりかけていた彼の心拍数が、共鳴を受けて再び跳ね上がる。    100、105、……108%!!    鴉は、血の海の中から、ゆっくりと立ち上がった。  その身体からは、アッシュの絶望を焼き尽くすほどの、強烈な「ピカリ」が溢れ出していた。   「……アッシュ。……聴け。……これが、お前の知らない、……『家族』の合奏だ」    鴉は、折れかけたチェロを再び構えた。    東京の渋谷と、モロッコのカサブランカ。  八千キロの距離を超えて、今、二つの街が、一つの「108%のリズム」で繋がった。    間違いだらけだったはずの夜は、今、三人の運命を乗せて、最終章の幕を上げる。


【スピンオフ第3話:あとがき】
 最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!  鴉(カラス)の想いを背負い、東京の夜を駆け抜けたゼイン。  彼が渋谷の真ん中で踏んだ「刹那に全てを賭ける疾走のステップ」は、止まっていたカイの時間を、そして物語の運命を再び動かし始めました。

▼『心拍数108%』と共に、物語を体感する

 ①『ピカリパラダンス – Glow Up Parade』  ――渋谷の空に、再び「光」が解き放たれる予兆。ゼインが命を削って繋いだこのメロディは、絶望の淵にいたカイにとって、最高の救済として鳴り響きます。

 ②『ピカリパラダンス - Night City Jump!』  ――「夜の静寂を切り裂く、一閃の疾走のステップ」。ゼインが渋谷の喧騒をハックし、カイの目の前で踊りきったあの数分間。その熱量を感じながら、この曲のビートに身を委ねてください。

 ③『不条理な夜をかき鳴らせ』  ――アッシュの影が忍び寄る「原点」への序曲。カイとゼインの共鳴を、闇の中から見つめるアッシュの歪んだ愛と憎しみ。その慟哭を予感させる、激しくも虚無的な旋律を今一度。

 ④『キミ色ハック・まじっく』  ――絶望の底で、ゼインがカイに放った最後の「魔法」。鴉から託された端末が放つ光は、二人を次のステージ――アッシュが待つ「氷の監獄」へと導く希望のガイドとなります。

 交錯する、光と影の四重奏(カルテット)
 三つの鼓動が重なり合い、ついに舞台は「原点」へ。  カイと鴉、そしてアッシュ。三人が再会したとき、最後に鳴り響くのは、救済の音か、それとも破滅の音か。

 第四話:『終焉のプレリュード ―原点の空に、雪が降る―』。  このまま物語の続きを紡いでもよろしいでしょうか?

【物語とシンクロする公式リンク】    
 Music (Suno): https://suno.com/song/@108sund

 TikTok: @108sund      

 X (Official): @108Sund

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