9 / 10
第3話:色彩の死街と灰色の少年 ―鼓動が夜を追い越す刹那―
しおりを挟む
東京、渋谷。 三年前の「あの日」以来、この街は変わった。 空を覆う巨大なホログラム、ビル群から降り注ぐ虹色の光の粒子(ピカリ)。人々は皆、最新のウェアラブルデバイスを身につけ、政府が推奨する「最適化された幸福なリズム」に身を委ねている。
だが、その完璧な「光」の洪水の中に、一人の「泥」が紛れ込んでいた。
「……はぁ、……はぁ……っ」
ゼインの喉は、数日間、まともな水を飲んでいないせいで、焼けた砂を飲み込んだように痛んだ。 カサブランカから日本へ至る、地獄のような密航。暗く冷たいコンテナの中で、彼を支えていたのは、首から下げた鴉(カラス)の端末から漏れ出す、微かな電子音だけだった。
渋谷のスクランブル交差点に降り立ったゼインが見たのは、あまりにも残酷な「豊かさ」だった。 誰もが清潔な服を着て、誰に怯えることもなく、デジタルな音楽に合わせてステップを踏んでいる。 カサブランカで、明日をも知れぬ命を繋いでいる人々。 そして、今この瞬間も、自分を逃がすために血を流しているはずの、あの「死神」のおじさん。
(……なんで、……みんな笑ってるの?)
ゼインの目から、熱い涙が溢れ、汚れた頬に筋を作る。 この街の音楽は、綺麗すぎる。 痛みも、飢えも、絶望も、すべてを「ノイズ」として切り捨て、上辺だけの多幸感で塗り固めた、死んだ音楽だ。
鴉が弾いていた、あの泥臭い、骨がきしむようなチェロの音は、ここにはどこにもなかった。
「おい、見ろよあのガキ。……汚ねぇな」 「浮浪者か? 警備ドローン呼んだほうがいいんじゃない?」
色彩の海の中で、ゼインだけが灰色に沈んでいた。 周囲の視線は冷たく、彼の存在を「不具合(バグ)」として排除しようとする。
ゼインは、端末を握りしめた。 画面には、鴉が最期に込めた、たった一つの座標が点滅している。 ここだ。ここに、世界を救った「光のピアニスト」がいるはずなんだ。
ゼインは、交差点の中央へとふらふらと歩き出した。 周囲の流行歌が、鼓膜を執拗に叩く。 彼は耳を塞ぎ、喉を枯らして叫んだ。
「……うるさい……うるさいんだよ、お前ら!!」
その声は、街の喧騒にかき消される。 ゼインは、覚悟を決めた。 言葉が通じないなら。自分を人間として見てくれないなら。 あの男が、命を削って教えてくれた「唯一の言語」で話すしかない。
ゼインは、震える脚でアスファルトを踏みつけた。
ド、ン。
街のリズムとは、全く噛み合わない一歩。 彼は、鴉がかつて灯台の地下室で奏でた、あの心拍数が限界を突破するまでの刹那を、自分の心臓に直接刻み込んだ。 『Night City Jump!』。
ゼインが踊り出す。 それは、洗練されたダンスなどではない。 カサブランカのゴミ捨て場で覚えた、泥臭い生命の足掻き。 高く跳び、地を這い、身体中の関節を悲鳴を上げさせながら、彼は「影」を表現した。
ジャンプするたびに、裸足の足裏がコンクリートに叩きつけられ、腫れた皮膚が裂けて血が飛び散る。 だが、ゼインは止まらない。 今、自分がここで止まれば、あの遠い街で戦っているおじさんの心臓も、止まってしまう気がしたからだ。
「……っ、……ぁぁぁぁ!!」
ゼインの全身から、凄まじい熱量が放射される。 心拍数は、瞬く間に108%へと跳ね上がった。 異変が起きた。 ゼインの周囲にいた若者たちのデバイスが、一斉にノイズを発し始めたのだ。 彼のステップが刻む「影の周波数」が、政府が管理する「偽物の光」を物理的にハッキングし、書き換えていく。
虹色の光が、ゼインの周囲でだけ、漆黒の炎のように揺らめいた。 街行く人々が、恐怖と驚愕で足を止める。 「なんだ、あいつ……」 「音が……音が、刺さってくる……痛いほどに……」
ゼインは踊りながら、空を見上げた。 かつて鴉が言っていた。 『俺の音は、呪いだ。……だが、その呪いを受け止めてくれる馬鹿が、この街に一人だけいる』
「見つけてよ!! カイ!! 鴉おじさんが……死んじゃうんだ!! 助けてよ!!」
血を吐くような叫びが、渋谷のビル風に乗って、高層階のテラスへと届いた。
その声に、弾かれたように顔を上げた青年がいた。 カイ。 かつてこの街を救い、今は「希望の象徴」として祭り上げられているピアニスト。 彼は、新しい平和を讃える楽曲の制作に行き詰まっていた。 何を弾いても、空虚だった。 自分が奏でる「光」が、あまりにも純粋すぎて、自分の中にあった「大切な何か」を削ぎ落としてしまったような、そんな違和感。
「……今の、音……」
カイの隣に、半透明の少女、ヒカリが寄り添う。 「カイ……。下を見て。……鴉さんの、……鴉さんの『痛み』が、そこで踊ってる」
カイは、テラスから交差点を見下ろした。 そこには、人だかりの中心で、血を流しながら狂ったように踊る少年の姿があった。 そのステップ。その、世界への憎しみと、それ以上の「愛」を孕んだリズム。 「……鴉……」
カイは、全力で駆け出した。 エレベーターを待つ時間さえ惜しみ、非常階段を飛び降りるようにして、彼は地上へと向かった。 右手のサポーターが、かつての戦いを思い出させるように熱く脈打つ。
交差点の中心。 ゼインの力は尽きようとしていた。 足裏は真っ赤に染まり、視界は白く霞んでいる。 「……おじ、さん……。ごめん……届かな……」
倒れそうになった少年の身体を、強い腕が支えた。 「……よく、届けてくれた」
その声は、かつて鴉が「世界で一番、真っ直ぐな音を出す」と評した、あの青年のものだった。 ゼインは、震える瞳でカイを見上げた。 「……カイ……なの? ……鴉おじさんの、……親友の……」
「ああ。……僕が、カイだ」
ゼインは、最期の力を振り絞り、首から下げた端末をカイの手に押し付けた。 「……おじさんを……助けて。……あいつ、……アッシュが……」
カイが端末を受け取った瞬間、強力なバイブレーションと共に、画面に映像が投影された。 そこには、地獄のようなカサブランカの光景が映し出されていた。 街中のスピーカーが、アッシュの放つ「負の共鳴」によって爆発し、人々が耳を押さえてのたうち回っている。 その地獄の中心で、一本の弦が切れたチェロを構え、血まみれで立ち塞がる男の姿。
『……カイ。……聴こえるか。……お前に、これを届けるのが……俺の、最期の……『葬送のパレード』だ』
画面の中の鴉は、痛々しく笑った。 その背後には、カイと全く同じ顔をした少年、アッシュが、狂気のリズムで指揮を振っている。
「アッシュ……!!」 カイの叫びが、渋谷の空に響いた。
カイは、端末に記録された「鴉のバイタルデータ」を読み取った。 心拍数、42。 呼吸、浅い。 鴉の命の灯火は、今にも消えようとしている。
「……鴉、待ってろ。……お前を、また一人で死なせたりしない」
カイは、交差点の大型モニターを管理するシステムに、自分の端末を直結させた。 「ヒカリ、手伝ってくれ!! 街中の全デバイスを、……鴉の『心拍数108%』に同期させるんだ!!」
「わかったわ、カイ!! ……みんなの『喜び』を、鴉さんの『痛み』に繋ぐね!!」
ヒカリが端末の中に溶け込んでいく。 次の瞬間、渋谷中のモニターが、一斉に鴉のバイタルグラフを映し出した。 ドクン。……ドクン。 死にかけの鴉の鼓動が、渋谷の重低音となって街を揺らす。 「みんな、協力してくれ!!」 カイは、呆然と見守る人々に叫んだ。 「このリズムに合わせて、踊ってほしい!! ……この街の偽物の光じゃなく、……誰かを守るために命を削っている、あの男の鼓動に合わせて!!」
カイは、ゼインの横に膝をつき、彼の泥に汚れた足先を優しく握った。 「ゼイン、君が先導してくれ。……君のステップが、鴉を呼び戻す『アンテナ』になるんだ」
「……うん……!!」
ゼインは、痛みを忘れて立ち上がった。 カイが端末を操作し、鴉が遺した夜の底を揺らす、あの咆哮のようなベースラインを、渋谷中の全スピーカーから最大音量で放出した。 『ピカリパラダンス - Night City Jump!』。 カイが、即興でピアノの旋律を重ねる。 それは、光でも影でもない。 絶望の底で出会った二人が、互いを信じることで生まれた、「真実の青」の旋律。
ゼインが踊り出す。 カイが、魂を込めて鍵盤を叩く(かのようなジェスチャーで空中の仮想インターフェースを操る)。 ヒカリが、その音を光に変えて、成層圏へと打ち上げる。
渋谷にいた何万人という群衆が、その異様な熱量に引き込まれ、一人、また一人とゼインと同じステップを踏み始めた。 「……届いてる。……カイ、届いてるよ!!」
ヒカリが叫ぶ。 東京の何万人もの「心拍数108%」が共鳴し、巨大なエネルギーとなって、カサブランカの座標へと逆流していく。
カサブランカ。 アッシュの攻撃によって、鴉の意識はすでに闇に沈みかけていた。 「……さよなら、鴉。……兄さんの『偽物の守護者』さん」 アッシュが最後の一撃を放とうとした、その瞬間。 空から、見たこともない「青い光の雨」が降り注いだ。 「……っ!? ……なんだ、この音は……!!」 アッシュがたじろぐ。 瓦礫の山に倒れていた鴉の耳に、聴こえてきた。 遠い、海を越えた先から届く。 あいつの、耳障りなほど真っ直ぐで、温かい、ピアノの音。 そして、自分が教えたはずの、泥臭い少年のステップ。 「……カイ……。……ゼイン……か」 鴉の指が、ピクリと動いた。 止まりかけていた彼の心拍数が、共鳴を受けて再び跳ね上がる。 100、105、……108%!! 鴉は、血の海の中から、ゆっくりと立ち上がった。 その身体からは、アッシュの絶望を焼き尽くすほどの、強烈な「ピカリ」が溢れ出していた。 「……アッシュ。……聴け。……これが、お前の知らない、……『家族』の合奏だ」 鴉は、折れかけたチェロを再び構えた。 東京の渋谷と、モロッコのカサブランカ。 八千キロの距離を超えて、今、二つの街が、一つの「108%のリズム」で繋がった。 間違いだらけだったはずの夜は、今、三人の運命を乗せて、最終章の幕を上げる。
【スピンオフ第3話:あとがき】
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます! 鴉(カラス)の想いを背負い、東京の夜を駆け抜けたゼイン。 彼が渋谷の真ん中で踏んだ「刹那に全てを賭ける疾走のステップ」は、止まっていたカイの時間を、そして物語の運命を再び動かし始めました。
▼『心拍数108%』と共に、物語を体感する
①『ピカリパラダンス – Glow Up Parade』 ――渋谷の空に、再び「光」が解き放たれる予兆。ゼインが命を削って繋いだこのメロディは、絶望の淵にいたカイにとって、最高の救済として鳴り響きます。
②『ピカリパラダンス - Night City Jump!』 ――「夜の静寂を切り裂く、一閃の疾走のステップ」。ゼインが渋谷の喧騒をハックし、カイの目の前で踊りきったあの数分間。その熱量を感じながら、この曲のビートに身を委ねてください。
③『不条理な夜をかき鳴らせ』 ――アッシュの影が忍び寄る「原点」への序曲。カイとゼインの共鳴を、闇の中から見つめるアッシュの歪んだ愛と憎しみ。その慟哭を予感させる、激しくも虚無的な旋律を今一度。
④『キミ色ハック・まじっく』 ――絶望の底で、ゼインがカイに放った最後の「魔法」。鴉から託された端末が放つ光は、二人を次のステージ――アッシュが待つ「氷の監獄」へと導く希望のガイドとなります。
交錯する、光と影の四重奏(カルテット)
三つの鼓動が重なり合い、ついに舞台は「原点」へ。 カイと鴉、そしてアッシュ。三人が再会したとき、最後に鳴り響くのは、救済の音か、それとも破滅の音か。
第四話:『終焉のプレリュード ―原点の空に、雪が降る―』。 このまま物語の続きを紡いでもよろしいでしょうか?
【物語とシンクロする公式リンク】
Music (Suno): https://suno.com/song/@108sund
TikTok: @108sund
X (Official): @108Sund
あなたの拍手(スキ)や【感想】、【お気に入り登録】が、三人の心拍数を加速させるエネルギーになります。物語の真のクライマックスを、どうか見届けてください。
だが、その完璧な「光」の洪水の中に、一人の「泥」が紛れ込んでいた。
「……はぁ、……はぁ……っ」
ゼインの喉は、数日間、まともな水を飲んでいないせいで、焼けた砂を飲み込んだように痛んだ。 カサブランカから日本へ至る、地獄のような密航。暗く冷たいコンテナの中で、彼を支えていたのは、首から下げた鴉(カラス)の端末から漏れ出す、微かな電子音だけだった。
渋谷のスクランブル交差点に降り立ったゼインが見たのは、あまりにも残酷な「豊かさ」だった。 誰もが清潔な服を着て、誰に怯えることもなく、デジタルな音楽に合わせてステップを踏んでいる。 カサブランカで、明日をも知れぬ命を繋いでいる人々。 そして、今この瞬間も、自分を逃がすために血を流しているはずの、あの「死神」のおじさん。
(……なんで、……みんな笑ってるの?)
ゼインの目から、熱い涙が溢れ、汚れた頬に筋を作る。 この街の音楽は、綺麗すぎる。 痛みも、飢えも、絶望も、すべてを「ノイズ」として切り捨て、上辺だけの多幸感で塗り固めた、死んだ音楽だ。
鴉が弾いていた、あの泥臭い、骨がきしむようなチェロの音は、ここにはどこにもなかった。
「おい、見ろよあのガキ。……汚ねぇな」 「浮浪者か? 警備ドローン呼んだほうがいいんじゃない?」
色彩の海の中で、ゼインだけが灰色に沈んでいた。 周囲の視線は冷たく、彼の存在を「不具合(バグ)」として排除しようとする。
ゼインは、端末を握りしめた。 画面には、鴉が最期に込めた、たった一つの座標が点滅している。 ここだ。ここに、世界を救った「光のピアニスト」がいるはずなんだ。
ゼインは、交差点の中央へとふらふらと歩き出した。 周囲の流行歌が、鼓膜を執拗に叩く。 彼は耳を塞ぎ、喉を枯らして叫んだ。
「……うるさい……うるさいんだよ、お前ら!!」
その声は、街の喧騒にかき消される。 ゼインは、覚悟を決めた。 言葉が通じないなら。自分を人間として見てくれないなら。 あの男が、命を削って教えてくれた「唯一の言語」で話すしかない。
ゼインは、震える脚でアスファルトを踏みつけた。
ド、ン。
街のリズムとは、全く噛み合わない一歩。 彼は、鴉がかつて灯台の地下室で奏でた、あの心拍数が限界を突破するまでの刹那を、自分の心臓に直接刻み込んだ。 『Night City Jump!』。
ゼインが踊り出す。 それは、洗練されたダンスなどではない。 カサブランカのゴミ捨て場で覚えた、泥臭い生命の足掻き。 高く跳び、地を這い、身体中の関節を悲鳴を上げさせながら、彼は「影」を表現した。
ジャンプするたびに、裸足の足裏がコンクリートに叩きつけられ、腫れた皮膚が裂けて血が飛び散る。 だが、ゼインは止まらない。 今、自分がここで止まれば、あの遠い街で戦っているおじさんの心臓も、止まってしまう気がしたからだ。
「……っ、……ぁぁぁぁ!!」
ゼインの全身から、凄まじい熱量が放射される。 心拍数は、瞬く間に108%へと跳ね上がった。 異変が起きた。 ゼインの周囲にいた若者たちのデバイスが、一斉にノイズを発し始めたのだ。 彼のステップが刻む「影の周波数」が、政府が管理する「偽物の光」を物理的にハッキングし、書き換えていく。
虹色の光が、ゼインの周囲でだけ、漆黒の炎のように揺らめいた。 街行く人々が、恐怖と驚愕で足を止める。 「なんだ、あいつ……」 「音が……音が、刺さってくる……痛いほどに……」
ゼインは踊りながら、空を見上げた。 かつて鴉が言っていた。 『俺の音は、呪いだ。……だが、その呪いを受け止めてくれる馬鹿が、この街に一人だけいる』
「見つけてよ!! カイ!! 鴉おじさんが……死んじゃうんだ!! 助けてよ!!」
血を吐くような叫びが、渋谷のビル風に乗って、高層階のテラスへと届いた。
その声に、弾かれたように顔を上げた青年がいた。 カイ。 かつてこの街を救い、今は「希望の象徴」として祭り上げられているピアニスト。 彼は、新しい平和を讃える楽曲の制作に行き詰まっていた。 何を弾いても、空虚だった。 自分が奏でる「光」が、あまりにも純粋すぎて、自分の中にあった「大切な何か」を削ぎ落としてしまったような、そんな違和感。
「……今の、音……」
カイの隣に、半透明の少女、ヒカリが寄り添う。 「カイ……。下を見て。……鴉さんの、……鴉さんの『痛み』が、そこで踊ってる」
カイは、テラスから交差点を見下ろした。 そこには、人だかりの中心で、血を流しながら狂ったように踊る少年の姿があった。 そのステップ。その、世界への憎しみと、それ以上の「愛」を孕んだリズム。 「……鴉……」
カイは、全力で駆け出した。 エレベーターを待つ時間さえ惜しみ、非常階段を飛び降りるようにして、彼は地上へと向かった。 右手のサポーターが、かつての戦いを思い出させるように熱く脈打つ。
交差点の中心。 ゼインの力は尽きようとしていた。 足裏は真っ赤に染まり、視界は白く霞んでいる。 「……おじ、さん……。ごめん……届かな……」
倒れそうになった少年の身体を、強い腕が支えた。 「……よく、届けてくれた」
その声は、かつて鴉が「世界で一番、真っ直ぐな音を出す」と評した、あの青年のものだった。 ゼインは、震える瞳でカイを見上げた。 「……カイ……なの? ……鴉おじさんの、……親友の……」
「ああ。……僕が、カイだ」
ゼインは、最期の力を振り絞り、首から下げた端末をカイの手に押し付けた。 「……おじさんを……助けて。……あいつ、……アッシュが……」
カイが端末を受け取った瞬間、強力なバイブレーションと共に、画面に映像が投影された。 そこには、地獄のようなカサブランカの光景が映し出されていた。 街中のスピーカーが、アッシュの放つ「負の共鳴」によって爆発し、人々が耳を押さえてのたうち回っている。 その地獄の中心で、一本の弦が切れたチェロを構え、血まみれで立ち塞がる男の姿。
『……カイ。……聴こえるか。……お前に、これを届けるのが……俺の、最期の……『葬送のパレード』だ』
画面の中の鴉は、痛々しく笑った。 その背後には、カイと全く同じ顔をした少年、アッシュが、狂気のリズムで指揮を振っている。
「アッシュ……!!」 カイの叫びが、渋谷の空に響いた。
カイは、端末に記録された「鴉のバイタルデータ」を読み取った。 心拍数、42。 呼吸、浅い。 鴉の命の灯火は、今にも消えようとしている。
「……鴉、待ってろ。……お前を、また一人で死なせたりしない」
カイは、交差点の大型モニターを管理するシステムに、自分の端末を直結させた。 「ヒカリ、手伝ってくれ!! 街中の全デバイスを、……鴉の『心拍数108%』に同期させるんだ!!」
「わかったわ、カイ!! ……みんなの『喜び』を、鴉さんの『痛み』に繋ぐね!!」
ヒカリが端末の中に溶け込んでいく。 次の瞬間、渋谷中のモニターが、一斉に鴉のバイタルグラフを映し出した。 ドクン。……ドクン。 死にかけの鴉の鼓動が、渋谷の重低音となって街を揺らす。 「みんな、協力してくれ!!」 カイは、呆然と見守る人々に叫んだ。 「このリズムに合わせて、踊ってほしい!! ……この街の偽物の光じゃなく、……誰かを守るために命を削っている、あの男の鼓動に合わせて!!」
カイは、ゼインの横に膝をつき、彼の泥に汚れた足先を優しく握った。 「ゼイン、君が先導してくれ。……君のステップが、鴉を呼び戻す『アンテナ』になるんだ」
「……うん……!!」
ゼインは、痛みを忘れて立ち上がった。 カイが端末を操作し、鴉が遺した夜の底を揺らす、あの咆哮のようなベースラインを、渋谷中の全スピーカーから最大音量で放出した。 『ピカリパラダンス - Night City Jump!』。 カイが、即興でピアノの旋律を重ねる。 それは、光でも影でもない。 絶望の底で出会った二人が、互いを信じることで生まれた、「真実の青」の旋律。
ゼインが踊り出す。 カイが、魂を込めて鍵盤を叩く(かのようなジェスチャーで空中の仮想インターフェースを操る)。 ヒカリが、その音を光に変えて、成層圏へと打ち上げる。
渋谷にいた何万人という群衆が、その異様な熱量に引き込まれ、一人、また一人とゼインと同じステップを踏み始めた。 「……届いてる。……カイ、届いてるよ!!」
ヒカリが叫ぶ。 東京の何万人もの「心拍数108%」が共鳴し、巨大なエネルギーとなって、カサブランカの座標へと逆流していく。
カサブランカ。 アッシュの攻撃によって、鴉の意識はすでに闇に沈みかけていた。 「……さよなら、鴉。……兄さんの『偽物の守護者』さん」 アッシュが最後の一撃を放とうとした、その瞬間。 空から、見たこともない「青い光の雨」が降り注いだ。 「……っ!? ……なんだ、この音は……!!」 アッシュがたじろぐ。 瓦礫の山に倒れていた鴉の耳に、聴こえてきた。 遠い、海を越えた先から届く。 あいつの、耳障りなほど真っ直ぐで、温かい、ピアノの音。 そして、自分が教えたはずの、泥臭い少年のステップ。 「……カイ……。……ゼイン……か」 鴉の指が、ピクリと動いた。 止まりかけていた彼の心拍数が、共鳴を受けて再び跳ね上がる。 100、105、……108%!! 鴉は、血の海の中から、ゆっくりと立ち上がった。 その身体からは、アッシュの絶望を焼き尽くすほどの、強烈な「ピカリ」が溢れ出していた。 「……アッシュ。……聴け。……これが、お前の知らない、……『家族』の合奏だ」 鴉は、折れかけたチェロを再び構えた。 東京の渋谷と、モロッコのカサブランカ。 八千キロの距離を超えて、今、二つの街が、一つの「108%のリズム」で繋がった。 間違いだらけだったはずの夜は、今、三人の運命を乗せて、最終章の幕を上げる。
【スピンオフ第3話:あとがき】
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます! 鴉(カラス)の想いを背負い、東京の夜を駆け抜けたゼイン。 彼が渋谷の真ん中で踏んだ「刹那に全てを賭ける疾走のステップ」は、止まっていたカイの時間を、そして物語の運命を再び動かし始めました。
▼『心拍数108%』と共に、物語を体感する
①『ピカリパラダンス – Glow Up Parade』 ――渋谷の空に、再び「光」が解き放たれる予兆。ゼインが命を削って繋いだこのメロディは、絶望の淵にいたカイにとって、最高の救済として鳴り響きます。
②『ピカリパラダンス - Night City Jump!』 ――「夜の静寂を切り裂く、一閃の疾走のステップ」。ゼインが渋谷の喧騒をハックし、カイの目の前で踊りきったあの数分間。その熱量を感じながら、この曲のビートに身を委ねてください。
③『不条理な夜をかき鳴らせ』 ――アッシュの影が忍び寄る「原点」への序曲。カイとゼインの共鳴を、闇の中から見つめるアッシュの歪んだ愛と憎しみ。その慟哭を予感させる、激しくも虚無的な旋律を今一度。
④『キミ色ハック・まじっく』 ――絶望の底で、ゼインがカイに放った最後の「魔法」。鴉から託された端末が放つ光は、二人を次のステージ――アッシュが待つ「氷の監獄」へと導く希望のガイドとなります。
交錯する、光と影の四重奏(カルテット)
三つの鼓動が重なり合い、ついに舞台は「原点」へ。 カイと鴉、そしてアッシュ。三人が再会したとき、最後に鳴り響くのは、救済の音か、それとも破滅の音か。
第四話:『終焉のプレリュード ―原点の空に、雪が降る―』。 このまま物語の続きを紡いでもよろしいでしょうか?
【物語とシンクロする公式リンク】
Music (Suno): https://suno.com/song/@108sund
TikTok: @108sund
X (Official): @108Sund
あなたの拍手(スキ)や【感想】、【お気に入り登録】が、三人の心拍数を加速させるエネルギーになります。物語の真のクライマックスを、どうか見届けてください。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる