ピカリパラダンス ―終末の夜に、僕らは光る―

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第4話:共鳴の境界線 ―八千キロのアンサンブル―

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 モロッコ、カサブランカ。  かつて鴉(カラス)がゼインとリンゴの半分を分け合い、束の間の「家族」を演じたあの灯台は、今や見る影もなく破壊されていた。  夜の海から吹き付ける風は、もはや塩の匂いではなく、電子回路が焼き切れる死の異臭と、人々の絶望が蒸発したような、重苦しい静寂を運んでくる。

「……はぁ、……っ、あ……」

 鴉の口から溢れるのは、言葉ではなく、どろりとした赤黒い血の塊だった。  彼の身体は、とっくに限界を越えていた。アッシュの放つ『葬送の旋律』は、鴉の首筋に残る管理局時代のチップの残骸を媒介にし、彼の神経系を内側から文字通り「焼き尽くして」いたのだ。  一歩歩くたびに、脳内で何かが弾ける音がする。一本、また一本と、自分を自分たらしめる記憶の糸が、熱線で焼き切られていく。

 目の前では、アッシュが狂ったように漆黒のピアノの鍵盤を叩きつけていた。  その指先からは、黒い泥のようなノイズが溢れ出し、周囲の瓦礫を飲み込んでいる。

「どうした、死神……! 兄さんのためにすべてを捨てた男が、こんなところで果てるのか!? あんたが守りたかった平和なんて、僕のこの一音で、全部灰にしてやる!!」

 アッシュの叫びは、もはや少年のそれではない。三年間、窓のない実験室の暗闇で煮詰められ、カイの「幸福な脳波」を無理やり転送され続けた反動――「世界への呪い」そのものだった。


 薄れゆく意識の中で、鴉は思い出した。  数時間前、港でゼインを船に押し込む直前、少年が自分のコートのポケットに何かをねじ込んだ感触を。

 鴉は震える手で、ポケットを探った。  そこにあったのは、ゼインが街のゴミ捨て場から拾い集めた、錆びた金属の破片で作った不恰好な「お守り」だった。

(……おじさん、これ持っていて。僕、東京で必ず『光』を捕まえてくるから。だから、……それまで絶対に、心臓を止めないで)

 ゼインの泣きじゃくる声が、幻聴のように耳の奥で鳴り響く。  その不恰好な金属片には、鴉から受け継いだ「夜をハックするための、あの激しい鼓動」が、少年の拙い手つきで刻まれていた。

「……ふっ、……本当に、……お節介なガキだ……」

 その瞬間、鴉の心臓が、停止しかけていたエンジンが爆発するように再起動した。  自責の念――あの日、火災の中でカイだけを救い、アッシュを見捨てたという罪悪感が、少年の無垢な「祈り」によって、生きるための「執念」へと変換されたのだ。

「……まだだ。……まだ、あいつの……カイの音を聞くまでは……死ねないんだよ」


 その時だった。  絶望に塗り潰されたはずのカサブランカの夜空に、「亀裂」が入った。

 ――ドクン!!

 巨大な、天を衝くような鼓動。  それは鴉の心臓ではない。  八千キロ離れた東京、渋谷。そこにある何万、何十万という「生きた人間」たちの心拍数が、一つの巨大な「うねり」となって、時空を越えてこの死の街へと受肉したのだ。

 鴉の視界が、突如として鮮やかな「青」に染まる。  それは、あの日渋谷で見た、ヒカリの放つ光と同じ色。

「……っ、……これは……。東京の、……ネットワークが、逆流しているのか!?」  アッシュが驚愕し、演奏を止めて空を仰ぐ。

 空から降り注ぐのは、光の雨ではない。  「想い」という名のエネルギーの奔流だ。

 東京、渋谷スクランブル交差点。  カイは、全神経を指先に集中させ、鴉の端末と同期した仮想鍵盤を叩き続けていた。  その隣で、ゼインが踊っている。  足裏から噴き出す鮮血が、アスファルトを真っ赤に染め上げ、それでもなお、彼は鴉に教わった「夜の静寂を粉砕する、あの閃光のステップ」を刻み続けていた。。  渋谷に集まった人々が、少年の血まみれのステップを見て、涙を流しながら自分たちの心臓を叩き、リズムを合わせる。

「おじさん……!! 聞こえてるんでしょ!! 答えてよ!!」  ゼインの絶叫が、電子の波に乗って鴉の脳内に直接流れ込む。

 鴉は、折れかけたチェロを、万力の力で抱え込んだ。  一本足りない弦。だが、今の彼には見える。  東京でゼインが、自分の代わりに「存在しない弦」を、その心臓で鳴らしている姿が。    鴉が、渾身の力で弓を引いた。

 心拍数108%――Overdrive Heart。

 『ピカリパラダンス - Night City Jump!』。    それは、攻撃のための音ではない。  絶望のどん底で、自分の存在を消そうとしているアッシュの「手」を、無理やり掴み、引き摺り上げるための、泥臭い救済のアンサンブルだった。


 アッシュの黒いノイズと、鴉・カイ・ゼインが作り出す三位一体の光が、カサブランカの港で正面から激突した。  凄まじい衝撃波が走り、巨大なコンテナが紙細工のように吹き飛ぶ。

「やめろ!! 来るな!! 光なんていらない!! 僕は影でいい、暗闇でいいんだ!! 僕を愛してくれる人なんて、誰もいなかったじゃないか!!」  アッシュは絶叫し、ピアノの鍵盤が砕けるほどの力で叩きつける。

 だが、鴉は止まらない。  演奏しながら、一歩、また一歩と、アッシュへと近づいていく。  鴉の指からは血が噴き出し、チェロのボディを赤く塗り替えていく。

「アッシュ……聴け。……俺も、ずっと、お前と同じ影の中にいた」  鴉の意識が、音楽を通じてアッシュの精神世界――あの窓のない冷たい実験室へとダイブする。

 鴉は、その精神世界の中で、泣きじゃくる幼いアッシュを抱きしめた。 「……すまなかった。……あの日、お前を見つけられなくて。……でもな、アッシュ。……お前を捨てた世界を、俺は許さなかった。……だから俺は、世界をハックし、管理局を壊した。……すべては、お前を……お前という『もう一人の光』を見つけるためだったんだ」

「……う、……ぁぁ……」

「嘘じゃない。……このリズムを聴け。……東京で、お前のために踊っている少年を見ろ。……世界は、もう、お前を無視なんてさせない!!」


 東京、渋谷。  カイのピアノが、ついに物理的な限界を超え、スピーカーが火花を散らす。   「アッシュ!! ……僕は、お前を絶対に離さない!! 影も光も、絶望も喜びも、全部まとめて、僕らの『パレード』にするんだ!!」

 カイの叫びと共に、渋谷にいた何万人という群衆が、一斉に天に向かって拳を突き上げた。  その瞬間、ゼインの踊りが、鴉のチェロが、カイのピアノが、完璧な一つの「命の波」として重なった。

「刹那に全てを賭けた疾走」と「永遠を誓った旋律」――二つの鼓動がひとつの波紋となり、不可能なはずの『完全なる調和(ハーモニー)』をカサブランカの空に描き出す。

 カサブランカの夜空に、巨大な「ピカリ」の柱が立った。  それは、アッシュの負の感情を破壊するのではなく、その悲しみを、優しく、温かく包み込み、昇華させていく。

「……あ、……あぁぁぁ……。……温かい、……なんだ、この音……」  アッシュのピアノが、音を失って砕け散った。  彼の中にあった真っ黒な怨念が、虹色の粒子となって、夜の海へと溶けていく。

 アッシュは、膝から崩れ落ちた。  その小さな身体を、鴉が最後の一音を引き終え、力尽きながら抱きとめた。


 静寂が、訪れた。  カサブランカの港に、青白い、本当の夜明けの光が差し込む。

 鴉は、地面に横たわり、アッシュをその腕の中にしっかりと収めていた。  鴉の首元の端末から、ノイズ混じりに、けれど最高に明るいゼインの声が聞こえる。

『……おじさん……、……ねぇ、……おじさん……!! 届いたんだよね!? みんな、踊ってるよ!! 世界中が、おじさんの音で笑ってるよ!!』

「……ふっ、……うるさい……ガキ、だ……」  鴉は、弱々しく、けれど確かに答えた。    隣では、アッシュが子供のように声を上げて泣いていた。  憎しみではなく、ようやく「誰かに触れてもらえた」ことへの、魂の安堵。

「……鴉、……僕、……僕は、生きてていいの……?」 「……当たり前だ。……お前は、もう……『予備』じゃない。……俺の大事な、……『家族』だ」

 鴉は、震える手でアッシュの銀髪を撫でた。  そして、空を見上げた。  八千キロ先の東京でも、カイとゼインが同じ空を見ている。    間違いだらけだったはずの夜は、今、五人の命を一つの「108%の鼓動」として繋ぎ合わせ、本物の夜明けを連れてきた。

 鴉の心拍数は、ゆっくりと、穏やかに、108%から解放されていく。  それは死へのカウントダウンではなく、共に歩む「明日」へのリズムだった。


(最終話へ続く)


【スピンオフ第4話:あとがき】
 最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!  八千キロの距離を埋めたのは、完璧な技術ではありませんでした。  傷だらけの指で、血まみれの足で、それでも「誰かを救いたい」と願った、泥臭い108%の熱量。  鴉(カラス)がゼインから受け取った「不恰好なお守り」が、最後に彼の心臓を動かした。それは、愛が形を変えて奇跡を起こした瞬間です。

▼『心拍数108%』と共に、物語を体感する

 ①『ピカリパラダンス – Glow Up Parade』  ――カサブランカの空に立つ、巨大な「ピカリ」の柱。アッシュの絶望を優しく包み込むこの旋律は、もはや一人の救済ではなく、世界が「影」を受け入れた祝福の合図です。虹色の粒子が海へ溶けていく情景と共に。

 ②『ピカリパラダンス - Night City Jump!』  ――「一曲の命を燃やし尽くす、あの疾走のステップ」。ゼインが渋谷で踏み続け、鴉を死の淵から引き戻した命の鼓動。このビートは今、二つの街を一つに繋ぎ、不可能だった「6分25秒の奇跡」を現実のものにしました。

 ③『不条理な夜をかき鳴らせ』  ――アッシュが流した、魂の安堵の涙。漆黒のピアノが砕け散り、孤独な呪いが解けていく瞬間。激しかったこの曲の慟哭は、物語の幕が閉じる時、静かな「許し」の余韻へと変わっていきます。

 ④『キミ色ハック・まじっく』  ――「お前はもう、家族だ」。鴉がアッシュに告げた言葉こそ、世界に対する最後の、そして最大のハッキングでした。未来を塗り替える魔法は、端末の中ではなく、互いを想う心拍数の中に宿っています。

交錯する、光と影の四重奏(カルテット)
 夜は明けました。  全ての呪いが解け、三つの鼓動が重なり合った時、彼らが見つける「最後の音」とは。

 最終話:『心拍数108% ―世界が笑う、最後の一小節―』。  この物語の終幕を、共に見届けてくださいますか?

【物語とシンクロする公式リンク】    
 Music (Suno): https://suno.com/song/@108sund

 TikTok: @108sund      

 X (Official): @108Sund

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