歴代で一番有能だったのに捨て石にされた戦士、魔王になって逆侵攻し勇者を裁く ~そして勇者パーティは全滅した~

いらないひと

文字の大きさ
1 / 21

プロローグ:五年前の犠牲

しおりを挟む
――状況は既に敗走一色だった。



燃え終わったような灰色の空の下、陰気な森の中を走る二人の男女がいた。



男は青年というよりはもう中年に近いが、女の方はそれよりもずっと若く、まだ少女と呼べるぐらいの年齢だ。



どちらも十分すぎるほど息が上がっているというのに、休憩を試みる気配はない。



年の差を超えた恋の逃避行。

もしもこれがそうであったならば、どれほど微笑ましかったことか。



「いたぞ! こっちだ!」



「撃て撃て!」



二人の背後で男達の叫び声が上がった。

その数は十や二十どころではない。



「こっちだ!」



男は少女の手を引くと、近くにあった小さい洞窟へと走り込んだ。

その入口は彼らの腰よりも低く、奥は数人が入れる程度の広さしかなかったが、隠れるにはむしろ好都合だ。



物音を立てないように荒れた呼吸を慎重に落ち着けていくと、洞窟の外から追手の声が聞こえた。



「クレストさん……。わ、私が囮になります……」



「……静かにするんだ」



クレストと呼ばれた男の視線は洞窟の外を向いていたが、彼はまだ握ったままになっていた手から少女の震えが伝わってくるのを感じとっていた。



「足を引っ張っているのは私です。私と離れれば、クレストさんだけは助かるかも……」



少女は自分の手首に巻かれた藍色のリボンをぎゅっと握った。



「馬鹿を言うな。奴らの狙いはあくまでも姿を確認できた全員だ。その中には当然俺も入っている」



そう答えた直後、クレストは自分自身の手も震えていることに気が付くと、慌てて腰の剣を握り、敵に備える振りをして誤魔化した。



「でも! このままじゃ私達二人とも!」



「大きな声を出すな。……敵に見つかる」



クレストはそう言いながら、腰の水筒を少女に押し付けた。



「音が聞こえなくなったらすぐに出発するぞ。飲めるうちに飲んでおけ」



「でもこれ、クレストさんの分じゃ……」



「自分の分はもうないんだろう? ……心配するな。ここを切り抜けたら水代もきっちり上乗せして請求させてもらうさ」



クレストはそこで発言を終えようとして、止めた。



「……そうだ、そのためには何が何でもお前に生き残ってもらう必要がある。俺は信用がないからな。報酬を貰うためにはお前の証言が必要だ。いいか、本当に俺のことを考えてくれているなら、何としてでも生き残ってくれ。ここまで命をかけたんだ、必ず報酬は貰う。絶対に忘れるんじゃないぞ? お前の命には俺の老後の生活も乗っかってるんだ」



この男にしては珍しく饒舌で長い言葉。

少女を見るクレストの目はまるでプロポーズのように熱を帯びていた。



「ふふっ。そうですね」



リリアは小さく笑顔を作ったが、その目は全く笑っていない。

クレストの言葉が額面通りでないことをしっかり理解しているのは明らかだったが、しかしそれをわざわざ口にするのは野暮というものだ。



「私にもお父さんがいたら……」



「ん?」



その呟きは小さく、再び洞窟の外に意識を向けていたクレストまで届かなかった。



「いえ、クレストさんの老後のためにも私、頑張らないと」



「そういうことだ。帰ったら俺がしっかり仕事をしたと証言してくれ。それで国王相手に報奨金上乗せの交渉といこう」



気休めに過ぎない約束をしてから、クレストはようやく沈黙した。

その焦点は視界ではなく思考に合わさっている。



「……? クレストさん?」



「いや、なんでもない。ただ二手に分かれるのは悪い案じゃないと思っただけだ。……俺が囮になるならな」



クレストは思わず大きな声を上げようとしたリリアの口を塞いだ。



一旦はやり過ごすことに成功したとはいえ、まだ敵は近くにいる。

少女の高い声はすぐに気が付かれてしまうだろう。



「ここに来るまででわかっただろう? 俺の方が適任だ。お前と違って、敵を撒くのは慣れてる」



クレストはリリアの耳元で囁いた。



彼らのパーティは当初六人いた。

しかし他のメンバーは既に全員死亡している。



異論を挟もうとするリリアに対し、クレストは「相手も手練だ。わざとらしい陽動はすぐに見抜かれる」と付け加えた。



実際、ここまで逃げて来られたのは彼の経験によるところが大きいのは事実だ。 



「いいか、少し離れてから動きを起こす。騒がしくなったら”境界線”に向かって全力で走れ」



「また後で会おう」と一方的に言い残して、クレストは崖の隙間から外に出た。



リリアがいる背後は振り向かない。

腰にぶら下げた剣が音を立てないように片手で抑えながら、息と足音を殺して木々の隙間を縫うように移動していく。



視線をバラ撒いてみても敵の姿は見当たらないが、しかし相手はこの辺りでクレスト達を見失ったはずだから、改めて周辺を探し始めるのも時間の問題だろう。



そう考えたクレストはあるところで足を止めると、近くの木に張り付いた。



(いる……)



耳を澄ませてみると、カチャカチャと金属のぶつかる音が聞こえてきた。



……間違いない、敵だ。



(二、三……、四人か?)



どうやら敵は部隊を細かく分けてクレスト達を探しているようだ。

騒ぎを起こしてリリアが逃げる時間を稼ぐには好都合である。



もしも相手が大軍で動いていたとしたら、きっと見つかった直後に集中砲火を浴びて終わりだ。

それでは囮の役目を果たせない。



クレストは腰の袋に手を伸ばすと、煙幕玉の数を確認した。

飴玉ぐらいの大きさのそれは、短時間ながら直径十メイルほどの範囲を白い煙で覆うことができるマジックアイテムだ。



殺傷能力がないので若い冒険者達には不評だが、携行性に優れるため、トリッキーな戦いを好むクレストは必ずといっていいほど持ち歩いていた。



……残りは二個。



クレストはその内の一つを取り出すと、静かに敵の背後に近づいた。

煙幕玉の紐を引き抜いて集団の中央付近を狙って投げ、同時に走り出す。



今までに何度も繰り返してきた奇襲のやり方だ。



爆発は数秒後。

そのタイミングは体が覚えている。



あとは煙が晴れる前に仕留めるだけだ。



――その時、不自然な風が耳を掠めた。



直後、クレストは近くに何かが落ちたのに気がついた。 



大きさは人の頭部ほど。

それがマジックボムだと理解した瞬間、彼の瞳孔は既に大きく開いていた。



(しまっ――!)



――爆音、そして爆風と衝撃。



それらがクレストの全身を同時に叩き、彼の意識を即座に奪い去った。







クレストは左腕の痛みと共に意識を取り戻した。

周囲の空気は既に煙も立たないほど冷え切っている。



意識を失ってから、いったいどれだけの時間が経ったのか。

いや、そもそも自分の身に何が起こったのか。



地面に倒れていた彼はゆっくりと体を起こしながら、意識を失う前の出来事を反芻した。



マジックボムを受けた自分はどうしてまだ生きているのか。

普通ならまず助からない距離だったはずだ。 



それに意識を失っている間に攻撃された様子もない。

端的に言って、クレストは混乱していた。



それは肉体的ダメージの大きさのせいでもあるし、長く戦場に身を置いた者にとっては理解し難い状況のせいでもあった。



この世界には死者蘇生はもちろん治癒魔法の類すら存在しないから、早めに手傷を負わせ、殺せる時に殺すのが常識である。



……周辺に人影はない。



耳をすませてみても、自分以外に誰かがいそうな物音は聞こえなかった。

いったい何が起こったのかをおぼろげながら理解できたのは、”境界線”に向けて移動を始めてからしばらくしてのことだ。



森の中を抜け、クレストは戦闘があったばかりと思われる場所に出た。



片側には崖が高い壁のように続いているが、それ以外に視界を遮る障害物はない。

大地に残った生々しい傷跡から判断するに、戦いは終わった直後なのだろう。



魔法が着弾した跡の中に、投げ槍を突き立てられた”何か”が転がっていた。



(これは……?)



黒焦げの何か。

クレストはそれが妙に気になった。



近づいて確認してみると、それが全身を焼かれた人間の死体だと判別するのは簡単だった。

正直言って、そういうのは見慣れている。



体の大半は炭と化しているが、直撃を免れたその手首には半分焦げた藍色のリボンが巻き付いていた。



……そう、藍色のリボンだ。



それが何かを理解したクレストの目が、本人の意思に反して大きく開いた。 

旅立つときに無事を願う母親に貰ったと言っていたのは、他でもないリリアだった。



ということはつまり、それを身に着けているこの死体は……。



「……」



クレストが掴むと、燃えて結び目を半分ほど失っていたリボンはスルリとほどけた。



――心臓の鼓動が高鳴って収まらない。



彼は無言のまま立ち尽くした。

茫然自失、何をしていいか浮かんでこない。



目を大きく見開き、呼吸を荒げ、混乱して視線を周囲に彷徨わせた彼は、悪寒を感じて動きを止めた。



――何者かに見られている。



クレストは本能的にそう直感し、そして気がついた。



流れ弾によって崩れた崖の肌。

姿を表した抜身の剣が、そこから自分を見下ろしているのを。



その刃の輝きこそが、真なる凶兆の知らせだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...