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7.夢から醒めて【R18含む】
13.最良の日
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旅行の行き先は淡路島だった。
何となく熊野先生の嗜好からいったら有馬温泉かと思いきや、淡路島だったのが意外だった。
海が見えて、解放感を味わえるから淡路島にしたんだ、と言っていた。
グレードの高いレンタカーを借りて、出発する。
すぐに高速に乗って、快適なドライブ旅になりそうな予感だ。
熊野先生とたわいもない話をしながら、私は考えていた。
なぜ熊野先生は見知らぬ私の好意にすぐに気付くことが出来たのか――。
その理由は明快である。
彼の実家はいわゆる夜の仕事の方であり、男女のもつれなど日常茶飯事だ。となると、女性からの目線や態度、それにまとう空気に敏感だったのだろう。
全く知らぬ女でも遠くから好意を寄せられたら、否応なしに気付くのかもしれない。
ファンとしての好意と異性としての好意は似て非なるものだ。
しかも彼は50年も生きている。30歳以降もそれなりに色々ありすぎただろうに。
それなのに私に好意を寄せ、付き合おうと言ってくれた。
もうそれで万々歳ではないか。
「熊野さん……あくまでも私の想像なんですけど」
私がそう切り出すと、熊野先生は「ん?」と口角を上げたまま聞き返した。
「すごくモテモテでしょ」
「あ、バレた?」
あっさりと認めるのはいかにも彼らしい。
「でも僕は君に好かれればそれでいいかな。あとはもういいやって感じ」
「ふふ、悔しいけど大好きです。不思議なのは熊野さんが私を何で好きなのか……なんですよね。だって私は有名人でもないし、若くもないし、それに……」
「はいはい、ストップ。それ以上の自虐は許さないよ。理由なんてないよ。ただ、存在そのものを愛してる……この答えだけじゃ不満?」
本当に何も変わらない彼の姿勢に感動した。
あっちの世界にいた熊野先生そのものだ。
「いえいえ、すっごく嬉しいんですけど……」
「君は自分を信じてないんだね」
さらりと本質を突かれてドキリとする。
「僕に愛されてる自分自身を信じてない。それを僕が知ったらどう思う? 悲しいでしょ。君を愛している僕を軽く見てるのかなって」
「そんなこと……」
「君はもう大人だ。いい加減自分を愛する努力をしないと」
「……」
何も言い返せなかった。
その様子に、熊野先生は片手を伸ばして私の手を握った。
「大丈夫。僕がいるから。僕がずっと愛し続けるから……」
せっかくメイクしてきたのに、目から零れる涙でぐちゃぐちゃになりそうだ。
明石海峡大橋を渡ってすぐのところにパーキングエリアがある。
観覧車があって、かなり大きなスペースがあったので混むこともなくスムーズに止められた。
「ちょっと休憩しよっか」
私は頷いて車から降りようとドアに手を掛けた時に、熊野先生に呼び止められた。
「宣子」
振り向いた瞬間、軽いキスをされる。
「今日会ってからキスしてなかった」
ちょっと照れ臭そうに笑う熊野先生にときめいた私は、もう一度、とせがんで、今度は少し長いキスを交わした。
サングラスを掛けているおかげなのか、彼が誰なのかバレずに済む。
彼が私の腰に手を回してきたので、「ちょっと恥ずかしい……。家族連れもいるんだし」と言うと、「誰も気にしてないよ」とスルーされた。
端から見れば中年のおじさんとおばさんがいちゃついている痛いカップルだろう。
海を見渡せる展望スペースがあったので、しばらく海を眺めていた。
こんなに安心しきった感覚がむず痒い感じがした。隣に熊野先生がいるだけでこんなにも安心出来て、幸せという感覚が全身を駆け巡っていく感じによって、私の中にある時間が確実に未来に向かって刻まれていくのがはっきりと掴める。
「私……、未来を楽しみにしたことってなかったんです、今まで。勿論、何かのイベントにおいて楽しみとかはあったんですけど、なんかこう、漠然とした未来を楽しみにするっていう感覚、あるじゃないですか」
「言いたいことは分かる、なんとなく」
「10年後を楽しみにすることが出来る感覚――今までに一度も感じたことがなかったんですよね。でも今はすっごく感じてる。あなたと一緒に過ごすこれからの10年間も、10年後どうなっているかも、すごく楽しみなんです」
そこまで言うと、熊野先生の手に力がこもる。
「10年というのは例えの話だよね? 死ぬまでずーっとだよ」
「そうですね。死ぬ間際までも楽しみですね。たとえあなたが先にいくことになっても、私は独りぼっちじゃないっていう感覚、すごく分かるんです。どうせなら残りの人生をめいっぱい楽しんでからあなたのところにいこうって思うかも」
「うん、そうだねー。楽しいお土産持ってきてね」
---------------------------
高速を下りて、少し遅めの昼ご飯を軽く済ませてからホテルに向かった。
関西では有名なリゾートホテルだ。
そこの露天風呂付き部屋を予約してくれていたらしい。
案内された部屋の窓の向こうには海がひろがっていて、美しかった。
海を眺めながら二人きりで温泉を楽しむ事も出来る。これが熊野先生が理想とする初めてなのだろうか。
ホテルの人が部屋を出て行くと、熊野先生が窓を眺めている私の後ろから抱き締めてきた。
「……ねえ、温泉に入る?」
もうすでに私のお腹あたりを色っぽい手つきでまさぐっている。
「ずっと我慢してた」
少し強引に私の唇に自分の唇を重ね合わせてきた。
長いキスの後、私は彼の目を見ながらゆっくりと頷いた。
「入りましょか」
【※次ページはR18になります。苦手な方は飛ばしてください】
何となく熊野先生の嗜好からいったら有馬温泉かと思いきや、淡路島だったのが意外だった。
海が見えて、解放感を味わえるから淡路島にしたんだ、と言っていた。
グレードの高いレンタカーを借りて、出発する。
すぐに高速に乗って、快適なドライブ旅になりそうな予感だ。
熊野先生とたわいもない話をしながら、私は考えていた。
なぜ熊野先生は見知らぬ私の好意にすぐに気付くことが出来たのか――。
その理由は明快である。
彼の実家はいわゆる夜の仕事の方であり、男女のもつれなど日常茶飯事だ。となると、女性からの目線や態度、それにまとう空気に敏感だったのだろう。
全く知らぬ女でも遠くから好意を寄せられたら、否応なしに気付くのかもしれない。
ファンとしての好意と異性としての好意は似て非なるものだ。
しかも彼は50年も生きている。30歳以降もそれなりに色々ありすぎただろうに。
それなのに私に好意を寄せ、付き合おうと言ってくれた。
もうそれで万々歳ではないか。
「熊野さん……あくまでも私の想像なんですけど」
私がそう切り出すと、熊野先生は「ん?」と口角を上げたまま聞き返した。
「すごくモテモテでしょ」
「あ、バレた?」
あっさりと認めるのはいかにも彼らしい。
「でも僕は君に好かれればそれでいいかな。あとはもういいやって感じ」
「ふふ、悔しいけど大好きです。不思議なのは熊野さんが私を何で好きなのか……なんですよね。だって私は有名人でもないし、若くもないし、それに……」
「はいはい、ストップ。それ以上の自虐は許さないよ。理由なんてないよ。ただ、存在そのものを愛してる……この答えだけじゃ不満?」
本当に何も変わらない彼の姿勢に感動した。
あっちの世界にいた熊野先生そのものだ。
「いえいえ、すっごく嬉しいんですけど……」
「君は自分を信じてないんだね」
さらりと本質を突かれてドキリとする。
「僕に愛されてる自分自身を信じてない。それを僕が知ったらどう思う? 悲しいでしょ。君を愛している僕を軽く見てるのかなって」
「そんなこと……」
「君はもう大人だ。いい加減自分を愛する努力をしないと」
「……」
何も言い返せなかった。
その様子に、熊野先生は片手を伸ばして私の手を握った。
「大丈夫。僕がいるから。僕がずっと愛し続けるから……」
せっかくメイクしてきたのに、目から零れる涙でぐちゃぐちゃになりそうだ。
明石海峡大橋を渡ってすぐのところにパーキングエリアがある。
観覧車があって、かなり大きなスペースがあったので混むこともなくスムーズに止められた。
「ちょっと休憩しよっか」
私は頷いて車から降りようとドアに手を掛けた時に、熊野先生に呼び止められた。
「宣子」
振り向いた瞬間、軽いキスをされる。
「今日会ってからキスしてなかった」
ちょっと照れ臭そうに笑う熊野先生にときめいた私は、もう一度、とせがんで、今度は少し長いキスを交わした。
サングラスを掛けているおかげなのか、彼が誰なのかバレずに済む。
彼が私の腰に手を回してきたので、「ちょっと恥ずかしい……。家族連れもいるんだし」と言うと、「誰も気にしてないよ」とスルーされた。
端から見れば中年のおじさんとおばさんがいちゃついている痛いカップルだろう。
海を見渡せる展望スペースがあったので、しばらく海を眺めていた。
こんなに安心しきった感覚がむず痒い感じがした。隣に熊野先生がいるだけでこんなにも安心出来て、幸せという感覚が全身を駆け巡っていく感じによって、私の中にある時間が確実に未来に向かって刻まれていくのがはっきりと掴める。
「私……、未来を楽しみにしたことってなかったんです、今まで。勿論、何かのイベントにおいて楽しみとかはあったんですけど、なんかこう、漠然とした未来を楽しみにするっていう感覚、あるじゃないですか」
「言いたいことは分かる、なんとなく」
「10年後を楽しみにすることが出来る感覚――今までに一度も感じたことがなかったんですよね。でも今はすっごく感じてる。あなたと一緒に過ごすこれからの10年間も、10年後どうなっているかも、すごく楽しみなんです」
そこまで言うと、熊野先生の手に力がこもる。
「10年というのは例えの話だよね? 死ぬまでずーっとだよ」
「そうですね。死ぬ間際までも楽しみですね。たとえあなたが先にいくことになっても、私は独りぼっちじゃないっていう感覚、すごく分かるんです。どうせなら残りの人生をめいっぱい楽しんでからあなたのところにいこうって思うかも」
「うん、そうだねー。楽しいお土産持ってきてね」
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高速を下りて、少し遅めの昼ご飯を軽く済ませてからホテルに向かった。
関西では有名なリゾートホテルだ。
そこの露天風呂付き部屋を予約してくれていたらしい。
案内された部屋の窓の向こうには海がひろがっていて、美しかった。
海を眺めながら二人きりで温泉を楽しむ事も出来る。これが熊野先生が理想とする初めてなのだろうか。
ホテルの人が部屋を出て行くと、熊野先生が窓を眺めている私の後ろから抱き締めてきた。
「……ねえ、温泉に入る?」
もうすでに私のお腹あたりを色っぽい手つきでまさぐっている。
「ずっと我慢してた」
少し強引に私の唇に自分の唇を重ね合わせてきた。
長いキスの後、私は彼の目を見ながらゆっくりと頷いた。
「入りましょか」
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