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38.貧民街 side レオナード

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 ツェリを見送った後、僕は彼女の言葉を吟味していた。それはきっと何気なく発した言葉。

「ルードルフも、皆と一緒に暮らせればいいわね」

 今現在、リーフェルト、クローヴィアの2人は僕の住む離宮で一緒に暮らしているが、ルードルフは、『家に残してきたチビたちが心配なんで』と自宅から離宮まで通っている。
 常に一緒にいて僕のことを守れないことを、心苦しく感じているらしいルードルフ。その憂いをいつか晴らしてやらねばとは思っていたのだが、ツェリの言葉を聞いて、1つ思い付いたことがある。

「ルードルフ、聞きたいことがある」

「何だ、大将」

「給金は出ない、衣食住のみの保証で働いてくれる者の心当たりはあるか?」

「そりゃ、飢えずに済んで雨風も凌げるってんなら、貧民街の連中は喜んで働くと思うが……。どうかしたのか?」

「そうか。ならルードルフ、命令だ。お前が信頼できる者たちを連れてこい。ここで働かせる」

「はぁっ!?」

「お待ちください、殿下。流石にそれは陛下がお許しにならないのでは?」

「リーフェルト、お前はまだ父の事を分かっていないな。あの人は、醜い者同士が傷を舐め合い、哀れ気に集う姿が好きなのだ。給金も払えないほど困窮している第一王子である私が、醜い貧民街の者たちを必死で集め、猿山の大将を気取っている姿は、実に父好みのシチュエーションだと思わないか?」

「でも、そうなると貧民街の人たちが危ないんじゃ?タダで働かせられると思われて……」

「あぁ、貴族は醜い者への耐性が低いから、表立っては雇わないだろうが、裏で奴隷のようにタダ働きさせる懸念は確かにあるな」

「連れてくる」

「え?」

「俺の信頼できる連中を、貧民街から連れてくると言った」

 どうしたものか……と考えていた僕に、ルードルフは力強く宣言する。

「ルードルフ、分かっているのですか?貴方のお仲間が危険に晒される可能性があるのですよ?」

「分かってる」

「ならどうして……」

 リーフェルトとクローヴィアの疑問に、ルードルフはひとつ息を吸うと、話し始めた。

「大将やお前たちには分かんねぇかも知れねぇが。貧民街での生活は、地獄だ。朝挨拶をした爺さんが、その日の夜には冷たくなって道に転がってたり、結婚すると嬉しそうに伝えてきた女が、裏切られて、心も身体もズタボロにされて、人形みたくなっちまったり、産まれたばっかの赤ん坊が、一日を越えられずにおっ死んじまったり、そんなことがざらにある。それが貧民街だ」

 ルードルフの言葉に、何も言えない。

「俺は幸い、身体が頑丈で腕っぷしが強かったから、なんとか生きてこられた。奪われることも少なかった。でも、貧民街に生きてるヤツらは、何かを奪われ続けるヤツらばっかだ。それは金だったり、食料だったり、親だったり……命だったり。危険に晒される可能性がある?そんなん今更だ。俺たちは、生きてるだけで常に危険に晒されてる。貧しくて醜いヤツらには何したって良いっていう、人でなし共のせいで」

 目を合わせたルードルフの視線の強さに射抜かれる。

「だから大将、ありがとう。アイツらに、奪われるだけじゃなく、与えてやる機会をくれたこと。本当にありがとう」

「……さっきも言った通り、給金は出ないぞ。今の私が保証できるのは、衣食住のみだ」

「屋根がある場所で、飢える心配なく明日を迎えることができる、それだけで充分だ」

 こうして、離宮に新たな住人が増えることになった。
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