尾九頭市 怪■間地区 日雇い清掃日誌

飴盛ガイ

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第二話

「ぺるちゃんと私が出会った日」(2)

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「それでは、改めて業務を説明させていただきますが、よろしいですか」

私が頷くと、森筆さんはお茶を一息で飲み干しなにやら用紙を取り出して、その内の何枚かをこちらに渡してきた。なになに、就業規則と、概要……街の発展?見慣れない言葉が並んでいてよくわからないぞ。

「近年、ご存知の通り人間が住む世界とあやかしや妖怪が住む世界の境界が、非常に曖昧になって来ています」

全くご存知ではないがとりあえず相槌を打っておいた。

「例えば、都会から離れた地域でのあやかしとの店舗経営、妖怪との物品交流等ですがこれは昔なら、世間では知られない、いえ、知られてはいけない言わば禁忌のようなものだったわけです。ですが、既にそれらは一般の目にも留まるようになってきているのは、記憶に新しいでしょう」

記憶に無いですけど。私が引きこもっている間に、社会情勢はそこまで変わっていたのか。びっくりだわ。

「もちろん我々行政、ということにしておきますが、とにかくそういった情報の隠匿を日々行っております」

「所長も毎日かけずりまわっとるけえな」

縁さんが茶々を入れると、森筆さんが気まずそうに俯いた。この人、案外メンタルの耐久力弱いのかもしれない。初日にお姉さまがいたときに、かなり萎縮していたし。まあ、事務所内でのパワーバランスは後から掴むことにして今は話を進めてもらおう。あんまり難しい話が続くと私の脳がオーバーヒートを起こすし。

「それが、どう関係してくるんですか」

「ええっと、まあ、この情報化社会において完全に秘匿するというのはいくらなんでも無理があるという意見が出まして。今はsnsで簡単に拡散できますからね」

気を取り直した森筆さんが続きを話してくれた。今までの話をまとめると、最近は妖怪やあやかしと暮らしていることを隠すのが、難しくなってきたってことなのかな。

「ですが、いきなり全てを曝け出して共存するのは性急過ぎるという声もありました。そして、長い議論の末、まずは段階を置いていこうということになり、この地区が人間と妖怪やあやかしが共存するモデル地域『怪間地区』として選ばれたわけです。断っておきますが、このことを記載したパンフレットは全世帯に配っていますからね……後で確認しておいて下さい」

つまり、何知らない私に一から教えてくれているってわけですか……本当にごめんなさい。ただ、そうなると疑問があるんだけど、ひとまず後回しにしてもいいか。

「さてと、こうして怪間地区が出来たわけですが幾つかの問題が発生しました」

「わしは絶対にそうなると思ったけどな」

「問題?」

森筆さんは、芝居がかったため息をついて、何処か遠くを見るような目で言った。

「なんでもかんでも集まりすぎて、トラブルが多発しているんです。あやかしや妖怪同士の問題でも対処が困難なのに、今までどこに潜んでいたのかっていうくらいのイカれた科学者や、禁術を扱う魔術師やらが噂を嗅ぎ付けてこの街にこぞって潜入してきたのです」

え、なにその闇鍋みたいな状態。ここってそんなに危険な場所だったの。

「もちろん早急に対処しましたので、今ではそこまで大きな被害は出ていませんが。ですが、依然トラブルは多発していて専門家や業者は日々走り回っています」

森筆さんは、言外に勿論私達もですがと付け加えたが、どうも要領が掴めない。確かにこの地域の成り立ちや問題はわかったが、この事務所とどう関係があるんだろうか。それに、縁さんの目が険しくなっている気がする。

「回りくどいことせんではっきり言った方がええじゃろ」

吐き捨てるような縁さんの言葉に、思わず背筋が震えた。森筆さんは苦虫を潰したような表情になって、頭の中で慎重に言葉を選んでいるようだった。

「わかりました……もう、この区域はパンク寸前です。トラブルの対応に人員が追いつかない……上の見通しが甘かったと認めるしかありません」

森筆さんが絞り出すような声で言った。

「そこに来て発生した原因不明の怪異。つまりまどかさんが昨日現場で見た汚れのような染みのことです。あれ自体除去は難しいものではありません。ですが、それに人手を割く余裕が殆ど無いんです」

「あれってそんなに厄介なものなんですか?」

「前例が殆ど無いんです。ですので、放っておけばどうなるかわかりません。もう一度言いますが除去は難しくないんです。ですが、手間がかかります」

昨日の事を思い出して、私はすぐに頷いた。あの頑固さといったら面倒なんてものじゃなかったぞ。

「それに……若い子や高名な専門家、退魔や御払いを生業にしている人達ですが、そういう方達ほど汚れの除去作業を嫌がるんですよ」

そりゃそうだ、特別な力を持っているのに、好んであんな地味な作業をする人間なんているわけ無い。

「ほいじゃけえ、わしみたいなおいぼれまで引っ張り出されるわけよ。長年交わらんかったもん同士が、急に一緒になって予測できん問題が起きんはずがなかろうが」

「返す言葉も、ありません」

「……いや、すまん。たけちゃんが悪いわけじゃないけえな。まあ、そういうわけなんよお嬢ちゃん」

どういうわけなんでしょうか。もしかして、物凄く面倒な事に巻き込まれている気がする。

「このおばば一人じゃ、いささかきついんよ。それにお嬢ちゃんは見たところ素質があるけえ、やっていけると思うわ。なんならわしが術を仕込んだってもええ」

縁さんの言葉はあくまで優しいものだけど、目が笑っていない。森筆さんも必死の様子でこっちを見ている。これ、選択肢をミスったらゲームオーバーだ……もう、いいか、しょうがない。

「術とかは興味ないですけど、せっかくだからやってみます」

この重い空気の中どうせ断れないなら、自分から飛び込むしかない。それに現実問題として、今の私がやっていけそうな仕事がこれしか無さそうだし。

「それでは、早速この契約書にサインをしてください」

「よっしゃ、あとでわしがおにぎり作ったるけえな、今日から頑張ろうか」

……あれ、なにこれ。一瞬で空気が入れ替わったし、森筆さん、やけに手際がよくありませんか。もしかして、私、はめられた……?でも、もう手に持っているペンが止まらないんですけど。

「興四寺まどか、か。ええ名前じゃな。ほいじゃあ、わしも改めて自己紹介しとこうか。わしは九縁ここのつくえにし、気軽にクエンさんとでも呼んでくれてええよ」

そう言って縁、いや、クエンさんは高笑いを上げて奥へと引っ込んでいった。妖怪、色んな意味で怖い。

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