尾九頭市 怪■間地区 日雇い清掃日誌

飴盛ガイ

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第二話

「ぺるちゃんと私が出会った日」(6)

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森筆さんが途中まで送ろうかと提案してくれたが、私は丁重にお断りさせてもらった。お姉さまの言う通り、これからやることは私の自己満足でやることだ。それに、現場は私の愛車を全速でぶっ飛ばせば二十分もかからない距離にある。とは言っても帰りの事を考えると車の方がいいんだけど。とにかく今は後悔する時間でさえ惜しい。既に五時を回っている。妖怪やあやかしの類は日が暮れるほど活発になるらしいので、これ以上トラブルが増えるのは勘弁だ。

事務所内とここに来るまでの間、私なりにぺるちゃん及び異形対策を考えてみた。まず一つ、出来るだけ遭遇しない事を神に祈る。これは冗談でもなんでもないし、法具の中にはそういった因果律を操るものもあると森筆さんは言っていたが、今回はパスだ。使い方が分からなかったし、運を天に任せるほど今の私はお気楽じゃない。

とりあえずは出会ったときのことだ。実はこのツナギには防犯ブザーのような機能が付いていて、胸ポケットにある紐を引っ張ると警告音が鳴り響き、すぐさま救援が駆けつけてくるとのこと。森筆さんが言っていた対処法とはこれのことで、ぺるちゃんに遭遇したときに鳴らしておけば、ここまで大事にならなかったのにと、今になって後悔してしまう。けど、今回はこれもパスしたい。理由は、ちっぽけなプライド。私にとってはそれで十分。

そして、ここからが本番。異形の殆どがオカルト系の術は効果が薄く、マニアックな専門技術を使わなければならないらしい。もちろん私には無理だ。ただでさえ馴染みの薄いオカルト系で更にマニアックとか……想像すら出来ない。一日中裸で踊り続けるとか言われても、多分納得すると思う。結局残った方法は……力技しかない。

周囲の気配を探りながら慎重に現場へと近づいていった。日が昇っている時でさえ薄暗かったのに、この時間は更に薄気味悪さが増している。腰に巻きつけた袋に手を突っ込み、中の法具に触ってひとまず心を落ち着かせた。まずはお目当てのブツを探さなければ。

「あった……」

すぐに見つかり、ほっと一安心。モップやバケツ等の仕事道具は、そのまま放置されていた。誰かに持ち去られていないかと不安だったけど、よく考えたら一見ただの掃除道具にわざわざ興味を持つ人なんていないだろう。この時間帯でも未だに人気は無いし。

「とりあえず、お礼は言っておくよ」

それに、あのコンビが仕事道具の周りを、見張るように座ってくれている。私に気がついた途端、二匹とも鳴き声も発さず何処かへ行った。

「しっかりしろよ」

ほんの少しだけ覗くことが出来た顔に、そう書かれていた気がした。言われなくても、そうするよ。


掃除を開始してから十五分ほど、汚れは最初と比べて半分も無い。左手につけた時計を確認した。まだ、大丈夫。順調なペースだ。この調子でいけば、もしかしたら……でも、そんな甘い考えはすぐに消し飛んだ。時計が振動したからだ。

「いる……」

手を止めてすぐに周囲を確認した。棚から持ち出した法具その一、エネミィレェダァ。正式名称は全て漢字で覚えきれなかったので私はそう名づけたが、これは自分の周囲に危険なものが現れると教えてくれるという優れもの。調整によっては、全く関係ない野生動物にも反応するけど今回は限界ギリギリまで上限をあげている。今の私に近づいてくる危険なものなんて、一つしかない。前後左右確認、良し。ということは……上か。

「みゃあ」

空き家の屋根で、ぺるちゃんが白衣を棚引かせている。薄暗くて顔はよく見えないが、私は確信した……来る!!

「みゃみゃあ!!」

「うをっと!!」

間一髪、横っ飛びが間に合った。私がさっきまでいた場所に、ぺるちゃんが足音も立てずに飛び降りた。少しでも、遅れていたら組み付かれていただろう。

「あのさ……」

意味は無いと知りつつ、会話を試みた。

「みゃあ?」

ぺるちゃんは首を傾げながらも、歩みを止めない。それでもいい。目的は説得だけど時間稼ぎだから。

「頼むから仕事の邪魔をしないで!!」

私は、袋の中から数枚の紙をばら撒いた。

「うみゃあ?!!」

ぺるちゃんは驚いている。だって、いきなり私が数人に増えたんだもの……しかし、どいつもこいつも不細工だな、私の顔はそこまで悪くないはずだぞ?やっぱり使うものの力とかが、関係あるのかな。棚から持ち出した法具その二、デコイメェカァ。陰陽師が式神作成に使う用紙が元になっているて、術者が使えばそれこそ龍でも鳳凰でも作る事が出来る凄い代物。けど、今の私には形だけ真似た自分自身を作る事で精一杯。

「みゃあ、みゃみゃみゃ!!」

だが、効果はてきめんの様だ。ぺるちゃんの興味は風任せに揺れる私の分身たちに移ったようで、一生懸命追いかけている。今がチャンス。私は全力で汚れに対して、モップを擦りつけた。

今回私が取る対処法にぺるちゃんと戦ったりととか、撃退とかするものは含まれていない。土台無理な話だし、下手に敵と認識されたらこの場で撃退できたとしても、それ以降付きまとわれたら命がいくつあっても足りない。私は何の訓練も受けていない一般人だ。その認識を間違えて勇もうものなら、名有りのモブキャラからやられ役の被害者Aに早変わりしてしまう。怪異の退治とかは、主人公やその取り巻きに任せておけばいい。頑張って私の平穏な日常を守ってくれたまえ!!


「それにしても、ひどいことになってるね……」

仕事をこなしつつ警戒を怠らないように背後の様子を確認しているが、相変わらずぺるちゃんはデコイとのじゃれあいに夢中だ。それはいいんだけどさ、幾ら分身とはいえ私の形をしたものが片腕で振り回されて壁に叩きつけられたり、思いっきり抱きしめられて頭部が爆発するなんて光景は見ていて気持ちのいいものではない……というかデコイの数がいつの間にか二体にまで減っている。不味い、予想以上のペースだ。

「まだ、終わりそうに無い」

このまま全力でモップを動かしても、最低五分はかかる。更にこの場から離脱するのにもう五分は欲しい。そろそろ次の法具の準備を……げぇ、デコイの一つがこっちに向かってきている。来るな、私、あっちに行け!!

「みゃみゃあ!!」

「あっ……」

間に合わなかった。デコイを追っかけてきたきたぺるちゃんが勢いそのままで私の方へ突進してきた。かろうじて直撃はまぬがれたけど、そのまま壁に叩きつけられた。

飛びそうになる意識を気合で保ったけど、ぼんやりとした視界にはぺるちゃんの眼光だけがはっきりと見える。残りのデコイは風に流されてどこかに飛んでいった。

「あ、あぁ……」

残りの法具を取り出そうにも、もう間に合わない。この距離だったらぺるちゃんは一足で詰めてくる。何かを期待するようにニコニコしているけど、ただの気まぐれだ。数秒後、いや、今すぐこっちに飛び掛ってくるかも……あーあ、あれだけでかい口を叩いて、結局この様か。ほら、ぺるちゃんはもう猫みたいに腰を落としている。

「ちくしょう……」

私は全てを諦めて、ツナギの胸ポケットに手を伸ばした。

「……うん?」

紐に指が触れると同時に音が聞こえた。私はまだ引っ張っていないので、警告音では無いはず。

「みゃあぁ?」

ぺるちゃんも周りをキョロキョロと見ているので、私の聞き間違いなんかじゃない。なら、この音は一体何なのか?その答えはすぐにぺるちゃんが見つけてくれた。

「もしもし、こちらまどかさんの携帯電話でよろしいでしょうか?」

音の発信源に目掛けて飛びついたぺるちゃんが、拾い上げたもの。それは私の携帯電話だった。そういえば、ここら辺で落としたんだっけ?でも、どうしてこのタイミングで鳴ったんだろう?それに電話から聞こえる声は男性のものだが、明らかに森筆さんでは無い。一体、誰だ?

「わたくし、尾九頭電力の原島と申しますが、今回電気料金のお支払いについてお電話させていただきました」

……はぁ?何でこんな時に……そういえば、あれから家賃以外の支払いをした覚えが無い。代わりにラーメン用のトッピングが増えたけど。

「みゃあ?」

「……?よく聞こえませんがこのままでしたら電気の供給を……」

ちょっと待って、ぺるちゃん、こっちに代わって!!あ、待って、逃げないで……せめて私の携帯置いてってよ!!それはおもちゃじゃないから、ね、ね?

「みゃみゃみゃ~ん」

私に完全に興味をなくしたぺるちゃんは、携帯を口に咥えてそのままどこかへと跳んでいった。一人残された私は呆然とするしかなく、星が輝き始めた空を見上げた。

「……そういえば電気の申し込みするとき番号書いたっけ」

助かった原因がこれか。なんていうか、私らしい結末だな。でも、まだ終わりじゃない。

「よいしょっと」

私は転がっていたモップを拾い、掃除の続きを始めた。




「戻りました」

時刻は丁度七時を回ったところ。事務所には、お姉さまが一人だけ。なにやら書類に色々と書き込んでいた。

「おかえりなさい」

返ってきたのはその一言だけ。お姉さまは書類から目を離さず、それ以上の詳細を聞こうとはしなかった。これ以上言葉を待ってもしょうがないので、私は更衣室へと向かった。

「明日からどうしよう」

私服に着替えながらこれからのことを考えた。私はこのままここで働き続けてもいいのか。金銭的な問題はともかくとして、これから続けたとしても命の保障は無いかもしれない。幾らなんでも給与に対して割に合わないのではないか。それに……九縁さん、森筆さん、お姉さま、私を助けてくれた人。今回の事だけでどれだけの人に迷惑をかけたか。

「……辞めようかな」

少なくとも私なりにけじめは取ったつもりだ。なら、丁度いいタイミングでもある。このままズルズルといるより、スパッと切り替えた方がいい。うん、そうに違いない。決して面倒だとかじゃない。熟考の末に出した答えだ。


「所長……」

「まどかちゃん……」

更衣室から出て早速自分の思いを伝えようとしたところで、重なった。

「なにかしら?」

「いえ、お先にどうぞ」

どうせこれで最後だし、ゆっくりとお姉さまの話でも聞こう。私は先を譲った。

「今日はお疲れ様。明日はゆっくりと休んでいいわ。その代わり明後日からは本格的に入ってもらうからね」

……え?何いってるのこの人。

「いや、私は……」

「それと、これも渡しておくからしっかりと目を通して置いてね」

有無を言わさずお姉さまが手元の書類を突きつけてきた。


用具レンタル代:五万円
万能敵意反応感受装置:十万円
式神作成用祝詞紙十枚セット:五十万円
その他法具:十五万円

計八十万円也

「はあ?」

あまりにも非常識な金額に思わず、声を抑えることができなかった。ちょっと、待って……意味が分からない。

「今回の事はウチとは関係ない、だから貴方個人でやった事でしょ。法具も仕事の備品ではなくて、私が個人的に貸してあげたもの。これでもかなりまけてあげているのよ」

「え、え、え……?」

「ここで働くんだったら、利子はおまけしてあげるわ。これからはまどかちゃんの給料からちょっとずつ返済してもらうから、よろしく!!」

「えーーー!!」

妖怪やあやかし以上の不可思議な現実に、とうとう私の脳は耐えられなくなり、それからしばらくして意識を失った。どうして、こうなったんだろう。

「それが自分の選んだ道でしょ」

そうだっけ、と私は私に返事をした。
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