無気力ヒーラーは逃れたい

Ayari(橋本彩里)

文字の大きさ
40 / 50
第2章 聖女編

王子の秘宝

しおりを挟む
 
 昨夜は一晩中霧雨のように雨が降り注いだため花々はしっとりと濡れ、明るい太陽の日差しを受けて水々しく空を見上げていた。
 泥濘ぬかるんだ足元だが清々しい空気が流れ、王宮では今は一つの話題で持ちきりだった。
 すっかり寒くなってきたなと男が羽織りを引っ張ると、朝の挨拶からどこか落ち着きのない同僚が、なあなあと声をかけてきた。

「聞いたか。王子の秘宝様が聖女様を説得されたらしい」
「説得?」
「知らないのか? 昨日はそれはもうすごい大騒ぎだった」
「昨日は非番だったんだ。何があったんだ?」

 よし食いついたとばかりに、同僚はびしりと外を指さした。

「聞いた話だが、昨日は聖女様がいつものように脱走なさったのだが、その行き先はカシュエル殿下のところではなく、王子の秘宝様のところだったんだ。しかも、連れ回し例の地下に肝試しをしに行かれたそうだ」
「ああー。昼夜問わずあの悲鳴が聞こえるという……」
「という、じゃない。実際聞こえるからな。まあ実情は知る人ぞ知るだが、新人や滅多に出勤しないものにはあえて言わない空気流れてるし、その辺知らない人は知らないから怪談的に語られてるんだ。私も始めの頃はびびってたしな」
「まあ、普通に書類仕事がメインの者は関わることがないしな。それで?」

 ずいぶんと勿体振るなと、男は同僚に話を促した。
 そもそも自分が昨日休みだったのを知っているはずなのだが、わかっていて振ってきたのだからよほどのことがあったのだろうとそれに乗ることにする。
 仕事を円滑にするためのハウツーだ。

 同僚は鼻息荒く、右手で握りこぶしをつくり話し出した。

「なんと、泥沼劇、聖女様のキャラ的にげしげしと言葉攻めされる運命にあるかと思われた秘宝様は、聖女様を守るように動き気持ちを汲み取りいろいろお話をされたそうだ。それに感銘を受けた聖女様は、カシュエル殿下を諦め二人の関係を認めるとともに、秘宝様と友人関係を育んでいくと宣言された」
「へえー」

 確かに意外な展開になっているなと思いながら、相手が情熱的だとこちらは若干引き気味になってしまう。
 薄い反応に、そうそうと聞いていた通りがかりの男がすっ飛んできた。

「もっと驚けよ」
「……驚いてますよ」

 いや、あんた誰だよと思ったが、今はそういうことではないのだろうと空気を読む。
 ぞろぞろと自分の周りを囲むように、昨日の出仕組が集まってきたからだ。これだけで興奮具合も伝わってくるというものだ。

「考えもしなかった展開だな。そこで聖君を取り合うのではなくて、友人関係ねえ。そもそも王子の秘宝様ってのはなんだ?」

 話題を振られた男も普段は噂など気にはしないが、ここまで盛り上がっているとなると知らないほうが不利益を被ることもあるだろうと、よし話せと先を促した。
 すると、同僚も、ちょっと顔見知りも全く知らない者も口々に話し出す。

 よほどの話題をしたかったようで、昨日のことを知らない自分がいるというのがまた興が乗るのか嬉々としている。
 なんかよくわからないが、ムカつく現象だ。

「聖君殿下が大事に大事に閉じ込めていた、勇者パーティの前ヒーラーのほうだ」
「確かに以前からちらほら噂はされていたが、そんな呼び方されていたか?」
「第二王子界隈はずっとそう呼ばれていたらしいな。昨日のことで一気にその存在とともに呼び名が広がっていった」
「ふーん。勇者パーティの前ヒーラーの話は聞いたことがあるな。なんか噂では地味平凡で無気力でやる気なくて、お金に強欲だとか?」

 それを聞いた時、なおさら聖女召喚が成功してよかったと思ったものである。
 やはり、相手は命をかけるのでそれ相応の金額を積むのには反対しないが、腹が立つヤツに渡るよりはいいヤツに褒美がいくほうがいいと思うのは心情だろう。

「それは実際のところわからないが、確かに明るいタイプではなく目立つタイプの容姿でもないけど、ヒーラーとしての能力は申し分なかったらしい。冒険者の中では有名な噂らしいが、いろいろ理由があったのだろう。じゃないと、聖君があれほど惚れ込むはずがない」
「そうそう。そんな性格なら、あの誰にも手に負えなかった聖女様が大人しくなるなんてことなく、もっと騒ぎになってそれこそ殿下を挟んで泥沼化していただろう」

 確かに金にがめついタイプなら、好き嫌いがはっきりしていそうな聖女様が懐くはずはないように思える。

「それを心配して昨日は見つかるまでは大騒ぎだったしな。万が一聖女様が聖君の大事な秘宝を傷つけたりすればどうなるかわからないって。その逆もしかり。聖君の出方も気になるはで、聖女の護衛と聖君側も顔面蒼白になっていたからな」
「ああ。聖君側の反応を見て、周囲がものすごく慌てだしたのだろう? いつもみたいにのんびり構えている場合ではないって。王子の大事な人だというのは本当だったんだとそこでまた秘宝って言葉が広がったんだ」
「なんにせよ、聖女様を落ち着かせることができる存在ができたと、特に聖女様周辺は歓喜している」

 結局、自分をそっちのけで盛り上がっている。
 無気力守銭奴ヒーラーと呼ばれていた青年はずいぶんと噂とは違うようだ。

 聖君と聖女という魔力において二代巨頭的な相手の機嫌が、その青年によって変わるとか末恐ろしい。
 先ほどつい噂をそのまま口にしてしまったが、今度からは言葉には気をつけようと男は誓うのであった。


しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。