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第2章 聖女編
王子の秘宝
しおりを挟む昨夜は一晩中霧雨のように雨が降り注いだため花々はしっとりと濡れ、明るい太陽の日差しを受けて水々しく空を見上げていた。
泥濘んだ足元だが清々しい空気が流れ、王宮では今は一つの話題で持ちきりだった。
すっかり寒くなってきたなと男が羽織りを引っ張ると、朝の挨拶からどこか落ち着きのない同僚が、なあなあと声をかけてきた。
「聞いたか。王子の秘宝様が聖女様を説得されたらしい」
「説得?」
「知らないのか? 昨日はそれはもうすごい大騒ぎだった」
「昨日は非番だったんだ。何があったんだ?」
よし食いついたとばかりに、同僚はびしりと外を指さした。
「聞いた話だが、昨日は聖女様がいつものように脱走なさったのだが、その行き先はカシュエル殿下のところではなく、王子の秘宝様のところだったんだ。しかも、連れ回し例の地下に肝試しをしに行かれたそうだ」
「ああー。昼夜問わずあの悲鳴が聞こえるという……」
「という、じゃない。実際聞こえるからな。まあ実情は知る人ぞ知るだが、新人や滅多に出勤しないものにはあえて言わない空気流れてるし、その辺知らない人は知らないから怪談的に語られてるんだ。私も始めの頃はびびってたしな」
「まあ、普通に書類仕事がメインの者は関わることがないしな。それで?」
ずいぶんと勿体振るなと、男は同僚に話を促した。
そもそも自分が昨日休みだったのを知っているはずなのだが、わかっていて振ってきたのだからよほどのことがあったのだろうとそれに乗ることにする。
仕事を円滑にするためのハウツーだ。
同僚は鼻息荒く、右手で握りこぶしをつくり話し出した。
「なんと、泥沼劇、聖女様のキャラ的にげしげしと言葉攻めされる運命にあるかと思われた秘宝様は、聖女様を守るように動き気持ちを汲み取りいろいろお話をされたそうだ。それに感銘を受けた聖女様は、カシュエル殿下を諦め二人の関係を認めるとともに、秘宝様と友人関係を育んでいくと宣言された」
「へえー」
確かに意外な展開になっているなと思いながら、相手が情熱的だとこちらは若干引き気味になってしまう。
薄い反応に、そうそうと聞いていた通りがかりの男がすっ飛んできた。
「もっと驚けよ」
「……驚いてますよ」
いや、あんた誰だよと思ったが、今はそういうことではないのだろうと空気を読む。
ぞろぞろと自分の周りを囲むように、昨日の出仕組が集まってきたからだ。これだけで興奮具合も伝わってくるというものだ。
「考えもしなかった展開だな。そこで聖君を取り合うのではなくて、友人関係ねえ。そもそも王子の秘宝様ってのはなんだ?」
話題を振られた男も普段は噂など気にはしないが、ここまで盛り上がっているとなると知らないほうが不利益を被ることもあるだろうと、よし話せと先を促した。
すると、同僚も、ちょっと顔見知りも全く知らない者も口々に話し出す。
よほどの話題をしたかったようで、昨日のことを知らない自分がいるというのがまた興が乗るのか嬉々としている。
なんかよくわからないが、ムカつく現象だ。
「聖君殿下が大事に大事に閉じ込めていた、勇者パーティの前ヒーラーのほうだ」
「確かに以前からちらほら噂はされていたが、そんな呼び方されていたか?」
「第二王子界隈はずっとそう呼ばれていたらしいな。昨日のことで一気にその存在とともに呼び名が広がっていった」
「ふーん。勇者パーティの前ヒーラーの話は聞いたことがあるな。なんか噂では地味平凡で無気力でやる気なくて、お金に強欲だとか?」
それを聞いた時、なおさら聖女召喚が成功してよかったと思ったものである。
やはり、相手は命をかけるのでそれ相応の金額を積むのには反対しないが、腹が立つヤツに渡るよりはいいヤツに褒美がいくほうがいいと思うのは心情だろう。
「それは実際のところわからないが、確かに明るいタイプではなく目立つタイプの容姿でもないけど、ヒーラーとしての能力は申し分なかったらしい。冒険者の中では有名な噂らしいが、いろいろ理由があったのだろう。じゃないと、聖君があれほど惚れ込むはずがない」
「そうそう。そんな性格なら、あの誰にも手に負えなかった聖女様が大人しくなるなんてことなく、もっと騒ぎになってそれこそ殿下を挟んで泥沼化していただろう」
確かに金にがめついタイプなら、好き嫌いがはっきりしていそうな聖女様が懐くはずはないように思える。
「それを心配して昨日は見つかるまでは大騒ぎだったしな。万が一聖女様が聖君の大事な秘宝を傷つけたりすればどうなるかわからないって。その逆もしかり。聖君の出方も気になるはで、聖女の護衛と聖君側も顔面蒼白になっていたからな」
「ああ。聖君側の反応を見て、周囲がものすごく慌てだしたのだろう? いつもみたいにのんびり構えている場合ではないって。王子の大事な人だというのは本当だったんだとそこでまた秘宝って言葉が広がったんだ」
「なんにせよ、聖女様を落ち着かせることができる存在ができたと、特に聖女様周辺は歓喜している」
結局、自分をそっちのけで盛り上がっている。
無気力守銭奴ヒーラーと呼ばれていた青年はずいぶんと噂とは違うようだ。
聖君と聖女という魔力において二代巨頭的な相手の機嫌が、その青年によって変わるとか末恐ろしい。
先ほどつい噂をそのまま口にしてしまったが、今度からは言葉には気をつけようと男は誓うのであった。
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