46 / 143
3惑甘ネジ
長い夜④
しおりを挟む「俺が言えた義理じゃないけど、千幸、いや藤宮さんには幸せになってほしいから」
「それは騙されないか、そういう意味ですか?」
「それは違う、かな。とにかく、手強そうだしどんな形でさえ相手するのは大変そうだから」
「ああぁ……」
千幸はその言葉に思わず反応し、視線を落とした。
それならわかる気がする。
まさに手強く、大変だ。
それを感じるなら距離をとればいいのだけど、本気でそうしたいと思えない吸引力がある。やっぱり、彼の行動が気になってしまう。
だから、手強く大変な相手なのだ。
千幸の反応を見て、遊川は寂しげな眼差しを隠すようにふっと楽しげに口の端を上げて笑う。
「思うことあり、そんな感じだな。君だしただ流されるままとかではないのかな。余計なお世話だったかな」
「いえ。ありがとうございます。こんな形になってしまいましたが、一緒に過ごした時間は楽しかったです」
「そうだね。俺も……。今までありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
手を握り、そこで最後に力を込められる。
千幸は積極的に握り返すということはしなかったが、そのまま遊川を見た。
口を開かれ紡がれる言葉。
「元気で」
「はい。お元気で」
千幸は頷くとそっと手を離した。
これで最後だ。男女という関係、意識する仲はこれで終い。やっと互いに気持ちを分かち違う方向に向き合うことを確認した。
次に会った時にはもっと良い形で向き合える。職場の仲間として接することができると思えた時間だった。
千幸は席を立ち、元いた場所に戻る。
桂木がほかの人と楽しそうに話をしているのにほっとして、そっと遊川を見た。
主役の彼はすでに同僚と酌を交わし合い話している。
──これで、本当に終わったんだ……。
そう思えた。
この日はずっと気鬱だったが、その一つに区切りをつけられたことで気持ちが軽くなる。
二次会は予定通り断り、ビルは違うが同じグループの自社が内装を最近手がけたホテルが近くにあると酒席で聞いたので足を伸ばした。
予定より早めにお開きになって時間があったこと、そして少しでも酔いを覚ましてから帰宅したかった。
夜の街をゆっくりと歩く。
車のライト、行き交う人々。この瞬間にも終わり始まりを繰り返す。
夜の闇が静けさを落としているが、人工的な光が街を息づかせている。
皆と別れてから、小野寺にはもう少ししたら家に帰ることを連絡してあった。そのうち連絡が入るだろう。
出かけたい場所があると言っていたが、事前に明確な時間が約束できなかったこともあり、今夜は家で待ち合わせることにしている。
遊川とのことがしっかりと過去になり、憂いがなくなってさらに仕事の熱に火がついた。
気分もよくいろいろやる気も出てきたため、自分を鼓舞するために外からでも眺めてみたくなった。
この調子で小野寺と対峙できたら、きっと何かしら納得いくものが得られるのではないかとそう思えた。
そう思ったすぐに、やはり世の中なかなか自分の思惑通りにはいかないものだと千幸は足を止めた。
時間が止まった。音が止まった。
体感的にはその表現がしっくりくるくらい周囲の雑音もなく、ゆっくりと景色だけが動いていた。
見てみたかったホテル。
大きなエントランスには白とオレンジのライトが照らされ、夜の街から見たホテルの雰囲気を幻想的に見せていた。
ここから見えるだけでもロビーは高級感と開放感を感じ取れるものだ。
泊まってみたい、そこに泊まることはいつもより自分のステータスが上になったと思わせるような品の良さが窺えた。
本当なら仕事柄もっと感じ取るものがいろいろあったとは思うけれど、今はそれどころではなかった。
吸い寄せられる視線の先には見慣れた相手が、この後会う約束をしていた人がいたからだ。
そして、その隣には……。
──……時間が止まって見えるって本当にあるんだ。
自衛のため冷静になろうとそんなことを考えながら、見たかったホテルではなく彼らを視界に捉える。
「翔さん?」
今日は腕は組んでいないものの、女性とホテルに入るところだった。時間的に出ていくところならまだしも入るところ。
それはどういう意味なのだろうと、何も考えられないのに思う。
前に別のホテルで見た女性と同じ人のように見える。
ということは、絵理奈たちが話していたようにやはり小野寺の彼女なのだろうか。
わからない。
ただただ見たものを処理し、自分の中にない答えを無理矢理すり合わせをするために疑問を繰り返す。
以前に見た時は出てきたところだったので、ずっと気になりながらもホテルのレストランで食事をしたのかと思っていた。
だから、仕事なのだろうと思い出すたびに自分を納得させるために考えていた。
だけど、今は自分と会う約束をしていながら彼女とホテルに入っていく。
――それってどういうことなのだろう。
静かに寄せては引く波のように、気持ちがさざ波立つのを感じた。
じわじわ侵食してくる感情は自分のものなのに、処理が追いつかない。
60
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる