ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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3惑甘ネジ

長い夜④

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「俺が言えた義理じゃないけど、千幸、いや藤宮さんには幸せになってほしいから」
「それは騙されないか、そういう意味ですか?」
「それは違う、かな。とにかく、手強そうだしどんな形でさえ相手するのは大変そうだから」
「ああぁ……」

 千幸はその言葉に思わず反応し、視線を落とした。
 それならわかる気がする。

 まさに手強く、大変だ。
 それを感じるなら距離をとればいいのだけど、本気でそうしたいと思えない吸引力がある。やっぱり、彼の行動が気になってしまう。

 だから、手強く大変な相手なのだ。
 千幸の反応を見て、遊川は寂しげな眼差しを隠すようにふっと楽しげに口の端を上げて笑う。

「思うことあり、そんな感じだな。君だしただ流されるままとかではないのかな。余計なお世話だったかな」
「いえ。ありがとうございます。こんな形になってしまいましたが、一緒に過ごした時間は楽しかったです」
「そうだね。俺も……。今までありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」

 手を握り、そこで最後に力を込められる。
 千幸は積極的に握り返すということはしなかったが、そのまま遊川を見た。
 口を開かれ紡がれる言葉。

「元気で」
「はい。お元気で」

 千幸は頷くとそっと手を離した。
 これで最後だ。男女という関係、意識する仲はこれでしまい。やっと互いに気持ちを分かち違う方向に向き合うことを確認した。

 次に会った時にはもっと良い形で向き合える。職場の仲間として接することができると思えた時間だった。
 千幸は席を立ち、元いた場所に戻る。

 桂木がほかの人と楽しそうに話をしているのにほっとして、そっと遊川を見た。
 主役の彼はすでに同僚と酌を交わし合い話している。

 ──これで、本当に終わったんだ……。

 そう思えた。
 この日はずっと気鬱だったが、その一つに区切りをつけられたことで気持ちが軽くなる。
 
 二次会は予定通り断り、ビルは違うが同じグループの自社が内装を最近手がけたホテルが近くにあると酒席で聞いたので足を伸ばした。
 予定より早めにお開きになって時間があったこと、そして少しでも酔いを覚ましてから帰宅したかった。

 夜の街をゆっくりと歩く。
 車のライト、行き交う人々。この瞬間にも終わり始まりを繰り返す。
 夜の闇が静けさを落としているが、人工的な光が街を息づかせている。

 皆と別れてから、小野寺にはもう少ししたら家に帰ることを連絡してあった。そのうち連絡が入るだろう。
 出かけたい場所があると言っていたが、事前に明確な時間が約束できなかったこともあり、今夜は家で待ち合わせることにしている。

 遊川とのことがしっかりと過去になり、憂いがなくなってさらに仕事の熱に火がついた。
 気分もよくいろいろやる気も出てきたため、自分を鼓舞するために外からでも眺めてみたくなった。

 この調子で小野寺と対峙できたら、きっと何かしら納得いくものが得られるのではないかとそう思えた。
 そう思ったすぐに、やはり世の中なかなか自分の思惑通りにはいかないものだと千幸は足を止めた。

 時間が止まった。音が止まった。
 体感的にはその表現がしっくりくるくらい周囲の雑音もなく、ゆっくりと景色だけが動いていた。

 見てみたかったホテル。
 大きなエントランスには白とオレンジのライトが照らされ、夜の街から見たホテルの雰囲気を幻想的に見せていた。

 ここから見えるだけでもロビーは高級感と開放感を感じ取れるものだ。
 泊まってみたい、そこに泊まることはいつもより自分のステータスが上になったと思わせるような品の良さが窺えた。
 本当なら仕事柄もっと感じ取るものがいろいろあったとは思うけれど、今はそれどころではなかった。

 吸い寄せられる視線の先には見慣れた相手が、この後会う約束をしていた人がいたからだ。
 そして、その隣には……。

 ──……時間が止まって見えるって本当にあるんだ。

 自衛のため冷静になろうとそんなことを考えながら、見たかったホテルではなく彼らを視界に捉える。

「翔さん?」

 今日は腕は組んでいないものの、女性とホテルに入るところだった。時間的に出ていくところならまだしも入るところ。
 それはどういう意味なのだろうと、何も考えられないのに思う。

 前に別のホテルで見た女性と同じ人のように見える。
 ということは、絵理奈たちが話していたようにやはり小野寺の彼女なのだろうか。

 わからない。
 ただただ見たものを処理し、自分の中にない答えを無理矢理すり合わせをするために疑問を繰り返す。

 以前に見た時は出てきたところだったので、ずっと気になりながらもホテルのレストランで食事をしたのかと思っていた。
 だから、仕事なのだろうと思い出すたびに自分を納得させるために考えていた。
 だけど、今は自分と会う約束をしていながら彼女とホテルに入っていく。

 ――それってどういうことなのだろう。

 静かに寄せては引く波のように、気持ちがさざ波立つのを感じた。
 じわじわ侵食してくる感情は自分のものなのに、処理が追いつかない。

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