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5甘重ネジ
元彼vs今彼 side遊川④
しおりを挟む「それはわかっています。だから、今さら言い訳はしません。こうしていたらのもしを考える時間も意味がないのもわかっています。単純に疑問に思っているだけです」
「それはただの逃避だろう?」
「かもしれません。でも、誰かにとって出来すぎてると思いませんか?」
「どうだろうな。たとえそうだとしてもそんな荒唐無稽な話は誰も信じないだろう。今回の新たなプロジェクトは成功すれば昇進だ。俺も可能性があると感じこの企画に了承した。その上で必要な人材の移動は当たり前だ。そのために大きな金が動いているのはわかっているだろう? 期待が乗ったそれを棒に振るようなことはしないと信じているが」
わかっている。肯定も否定も今さら遊川にとって意味がないことだと。
小野寺がどう反応しようが、結局何も現状は変わらない。
ただ、このモヤモヤを整理し吐き出してしまいたかった。その相手は小野寺以外にいないのだ。
「はい。今さらそれについては何も言いません。むしろ、機会を与えてもらったと思い頑張るつもりです。ですが、千幸の」
「千幸は俺の恋人だ」
遮るように告げられて、ぎろりと睨みつけられる。
名を呼ぶことでさえ嫉妬を見せる男に、遊川は肩の力が抜けた。なんだかここにきて張り合う気持ちもなくなる。
──俺の、か。
はっきりと関係を告げられ、やはりそうかと自嘲の笑みさえ浮かぶ。
意識して下の名前を呼んだわけではないが、その意識せずに出るそれが嫌な気分になるのもわからないでもない。反対だったらいい気はしないだろうなとは思う。
振られた身であるから小野寺と張り合おうなどとは考えてはいなかった。
ただ、千幸と付き合っていた元恋人として、最後に千幸を傷つけた者として、少しでも千幸の先が幸せであれと思っただけだ。
自分に起こったことはもう過去である。
それが偶然、あるいは必然、もしくは計画的なものであったとしても、それらは千幸にとっては小野寺と関わる限り付いて回る気がしたから。
きっと余計なお世話だろうし、今さら遊川が口を挟んだところで何も変わらない。それをまざまざと突き付けられた。
遊川のそんな気持ちさえ入る隙がないほどに、小野寺が全力で千幸を囲っていることを知り、本当に自分の出る幕はないとわかった。
「お付き合いされているんですね」
「ああ。心配せずとも俺が千幸を幸せにする」
これが小野寺の言っていた、『面識を持ち理解することが増え先々のことを多角的に考えるいい機会になる』ということだろうか。
己の立場をしっかりと把握させられた。
ただ、最後に元彼して、そして同じ社の者として、確認しておきたいことがあった。
「小野寺さんが藤宮さんに好意を持ち大切にしようという気持ちは理解しました。だからこそ聞いておきたいことがあります」
「何だ?」
「藤宮さんは小野寺さんの正体を知っているのですか? つまり、グループのトップであることですが」
「話してある。といってもつい最近だが」
ずいぶん正直に話される。
遊川は静かに相槌を打ちながら、聞いても自分にとって何もいいことはないと思いながらも、ついつい聞かなくてもいいことまで聞いてしまうのは性分なのか何なのか。
「その上でその余裕ということは、彼女は問題なくということですか?」
「それは別れたあなたには関係ないのでは?」
綺麗な弧を描き口元に笑みを刻む男の目は全く笑っていない。
千幸の話に口を出されるのが心底気に食わないとばかりだ。
遊川は負けじと視線を合わせ、男の矜持で同じように笑みを浮かべた。
もう、千幸が彼のものだというのなら、元彼として少しくらい最後は余裕を見せておきたかった。
しょうもないプライド。
だけど、目の前のすべてを持っている、そして千幸も持っていってしまった男を前にそれくらいは許してもらいたい。
未練の未の字も湧かないくらい見せつけてもらうほうが、いつかまた同じように仕事をする時に千幸と仕事仲間として良い関係が作れるかもしれないと自虐的な考えも過る。
「確かにそうです。だからこそ、最後まで見せつけ突き付けてもいいと思いますが?」
「言うね」
そこで小野寺はにやりと笑んだ。多分に色気を含むをそれは獰猛な獣のようだ。
怖いのに、いつ襲ってくるかわからないのに、そのしなやかな動きを見ていたい。そういうのに似ていた。
一体、自分は何と対峙して、何をしているのだろうか。
どこかでそう考えるが今さら後には引けない。
「ええ。ここまでくるとはっきり見せつけられたほうが清々しい気分になるかと」
「へぇ。その心意気はいいが千幸とのことは千幸とゆっくり確実に進めていくから、今は関係のない者に告げることはない。遊川さんが何か知る時はそれ相応の覚悟をしておいたらいい」
「なるほど。わかってましたが俺の出る幕はないということですね」
「一ミクロンもな」
──ミクロンって。
大人気あるのかないのかわからない人だが、もう十分に千幸への思いと現状を理解した。
もともと失恋もしていて、呆めてもいて、最後にトドメを刺されたこれはくさくさしたものが晴れて面白ささえ感じる。
「遠巻きながら、拝見させていただきます」
そう告げると、小野寺は自信ありげにゆったりと口の端を上げ目を細めた。
次に彼らのことを知るのは、──ああ、考えたくないな。
とにかく、どういった類いになるかはわからないが、どうやら見せつけてくれるらしい。
疲れとともに吐き出した遊川の吐息は、やっとこちらまで伸びてきた光に混ざって消えた。
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