ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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7激甘ネジ

それは過去という名の①

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 それは唐突ではなく予想していたもの。
 いつかくると思っていた不安と期待。

 果たして、自分にとってどちらに比重が傾いているのかそれさえもわからないが、鳴った携帯にドキッと心臓が跳ねた。
 ブブブブブッと、携帯のバイブとともに鳴るメロディー。

 カエルの歌が聞こえてくるよ~なんて、四つ上の姉に千幸が実家を出る時に設定された曲。
 姉と実家の電話はこの曲が設定されていて、「これが鳴ったら帰りたくなるでしょ?」と澄まし顔で言われそのままだった。

 カエルから帰る。
 すっごく単純であり実際この耳に聞くと自分の携帯から鳴っている事実が嫌すぎる。

 姉妹仲は悪くないが、そんなにしょっちゅうやり取りもしない。ほんのたまにメールするだけで、電話は設定されてから初めてだったので忘れていた。
 小野寺に断りを入れてから、慌てて通話ボタンを押す。

「もしもし」
『やっほ~。ちーちゃん。元気?』
「元気だよ」
『それはよかった。こっちは幸せいっぱいです!」
「はいはい。幸せで何よりです」

 姉は昨年結婚した。
 ゆくゆくは実家の家業を継ぐことを含め、旦那となる人が千幸の実家に住んでいる。すごく頼りになる男性で、自由な姉をおおらかに包み込んでくれる人だ。

 ついでに言うと、ご近所さんであり小さい頃から知っている人でもあった。
 その人が姉の旦那になって気恥ずかしいのもあったが、二人のことは心から祝福している。

『ちーちゃんは?』
「……それなりにしてるよ」
『出た。秘密主義』
「秘密ってわけじゃないけど、電話であれこれ話すことでもないし。というか、何か用があったんじゃないの?」

 テンションの高さに苦笑して問いかけると、電話の向こうでぽんと手を打つ姿が目に浮かんだ。

『そうそう。ふみ君が日本に帰ってくることになったんだって。だから、久しぶりに全員集合。逃げるのなし。ってことで、月末の平日どっか休みとって帰ってきてね~』
「……わかった」
『よし。言質取ったからね~。なんなら彼氏連れてきてもいいからね。一部屋取るよ~』
「相談してみる」
『えっ、本当に?』

 驚いた声で返されて、千幸は見えないだろうけれど首を傾げた。

「冗談だったの?」
『いやいや。いるかなぁとは思ってたけど、へぇ~、そうなんだ。へぇ~』
「もう。いい? また日にちとかいろいろわかったら連絡するから」
『わかった~。ふみ君どう思うかな?』
「……どうもこうも。さっちゃんみたいにへぇ~で終わるよ」

 あれから何年経っていると思うのだ。

『そうかな~。あや君には話してもいい?』
「好きにしていいよ。でも、当日どうなるかわからないからお母さんたちにはまだ黙ってて」
『了解~。じゃ、またね~』
「うん、また」

 通話が終わり携帯を置くと、ゆっくり息を吐き出した。
 別に動揺するようなことではない。今さら気持ちは動かない。

 でも、そこに何も感じないかというと別の話だ。
 ただ、それだけ。

 それだけ、のことなのに鼓動が早くなっている事実に複雑になる。
 そして、そんな様子をじっと横で見つめてくる小野寺の存在。

「電話、すみませんでした。……何ですか?」
「いや」

 そう言いながら、じっと何か言いたそうに見てくる小野寺に、ふぅっとまた息を吐くと千幸から口を開いた。

「姉からでした」
「カエルの歌」
「びっくりしましたよね? 姉に強引に設定されてそれから初めて鳴ったので忘れてました」
「そうか」
「…………」
「…………」

 沈黙が重い。何かを感づいている相手に黙っているのは苦痛でしかない。
 さて、どこまで話すべきか。

 重い話でもないけど、ちょっと気を使う。黙っているのも、話すのも微妙というか。
 千幸自身がどうしていいのかわかっていないから、気まずく感じるのかもしれない。

「ああ~、それでですね。月末、休みが取れたら実家に帰ろうと思うのですが」
「確か、旅館を経営してるんだったな」

 やっぱり、知っていた。
 まあ、履歴書とかから調べようと思えば簡単にわかることだ。

「はい。こじんまりした旅館ですけど」

 代々続く老舗といえば聞こえはいいが、そんな大きなものでもない。
 だけど、それなりに歴史があり固定客もあり、そこそこ繁盛している。

「そんなことはないだろう。受け継ぎ維持できていることは、評価され続けているということだからな。いい旅館なのだろう」
「ありがとうございます」

 学生の時は長期休暇の際は必ず手伝いをしていた。
 正直サボりたい時もあったが、結局はお客さんの喜ぶ姿を見ているとそういった気持ちも吹き飛んだ。

 ただ、小野寺も言ったように維持というのは大変だ。
 人は世代が変わり若くなるけれど、建物は老朽化する。あちこちそういうのが目につき、なんとかならないかと考え出したことから今の仕事に繋がっている。

 大事にするものと、変えていくもの。
 もともとインテリアが好きなこともあって、選んだのが今の会社。

 まだまだ知識も浅いが、ゆくゆくは何かしらの形で貢献できればと思っている大事な旅館のことを褒められ、無意識に口元を綻んでいく。
 それを見た小野寺が眩しそうに目を細め、伸ばした手の甲でするりと頬を撫でてきた。

「それで、お姉さんは何て?」
「ああ、はい。昨年姉が結婚したんですけど、旅館は姉夫婦がゆくゆく継ぐ予定でして。休みもあってないようなもののなか、結婚式が無事済んだまではいいんですけど、旦那さんの弟は海外にいて顔合わせやらそういったものにずっと参加できなかったんです。それが、このたび帰ってくるので全員集合ってことになりました」
「それはよかったね」
「はい。……そ、それでですね、翔さんも一緒に来ませんか? 忙しいと思うし無理にとは言わないですけど」

 実際、小野寺は忙しい。九割無理だろうとは思いながらも、言うだけならと聞いてみる。

「行ってもいいの?」
「ああ。はい。そんな集まりですけど、翔さんがいいのでしたら部屋も一部屋取ってくれるとのことなので」
「それって意味わかってる?」
「ああ。はい。翔さんを彼氏として紹介するってことになりますね。だから、そういったことも含めて翔さんがいいなら」
「いいに決まってるだろ」

 迷わず断言されて、千幸はほっとした。
 期待に満ちた瞳の圧に、独りよがりではないことに胸を撫で下ろす。

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