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コイカケその29
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またもついつい笑ってしまいそうになる。何故なら、彼女は用意された百円玉二枚が、ともに同じ“平成8年”と打刻されているのが見て取れたから。
(同じ年の発行の硬貨なら、数字では見分けられない。言い換えると、落とした百円玉を拾うときに、『さっき右手に入れたコインなのにどうして左手に入れろというの?」などと突っ込まれる心配が無用になる)
帆里は確信を強めた。
「いいですか?」
「ええ、充分に見たわ。それじゃ、早く始めましょうか」
「――どうぞ」
差し出された二本の腕の先、手のひらに、帆里は百円玉を一枚ずつ置いた。特に理由はないが、年号のある裏を上向きにして。
「では、始めてください」
馬込の合図で、対戦する二人は互いに頷いた。
充分にためを作ってから、手首が返る。
次の瞬間、「あ」という声とともに、コインが床を叩いたコンという音。帆里は予想通りの展開を冷静に見守った。いや、冷静なつもりだったが、何も言われない内から思わず手を伸ばしてコインを拾い上げようと、身体を動かしそうになった。
「すみません。負けたらおしまいだと思うと、手元が狂っちゃったみたいで。帆里さん、拾ってくれますか」
帆里は再三、笑いを堪えるのに苦心した。しかし油断はしていない。しゃがみながらも、相手の様子を窺う。視線を外したのは、コインの位置を見定めるためのほんの一瞬だけだ。
百円玉を拾って立ち上がった帆里の前に、右の拳がぬっと出される。
「お願いします」
軽く開いた右手は何も持っていないように見える。だが、その指の曲がり具合は硬貨を保持するのにちょうどよさそうだ。帆里は敢えて乗った。百円玉を置くと、すぐに握られた。
「次を落とすと失格よ。くれぐれも注意して」
「もちろんです」
再び、向き合う形になる二人。
「それでは改めてやります。ようく見ておいて」
さっきと同様、ためを作ったあと、おもむろに手首が返される。
「――さあ、左右それぞれに何枚ありますか」
問い掛けられた帆里は、脳内で念には念を入れた。
(今の動作で、コインが飛ばれされることは絶対になかった。右に二枚、左にゼロ枚で合っている)
当然、そう答えようとした。が、その矢先、相手の自信満々の表情が目に付いた。口角を上げて笑っている。
(何あの自信は。あなたの手口はとうに露見しているのよ。――待って。最初のゲームで、私はマジックを目撃していたことを明かしてしまった。その事実を知ってなお、お屋敷で演じたマジックをそのまま使うなんて、あり得る?)
一旦生じた疑惑は、当初は小さなものだったが、あっという間に拡大する。
(これって罠なんじゃない? いかにもマジックを行ったように、つまり右手に二枚握ったように思わせておいて、実は何にも仕掛けていない……。あの百円硬貨は、事実、右手から落とした物だったとしたら)
帆里は改めて敵の両拳を見つめた。しかし、膨らみ具合、力の入れ具合は同じように見える。分からない。
「さあ、どうぞ。馬込ディーラーも待ちかねていますよ」
「……分かったわ」
帆里はそう応じたものの、左右に一枚ずつなのか、右手に二枚なのかの確証を得られていなかった。罠ではない可能性も充分にある。疑い出すときりがない。
(流れから言って、私がマジックを見破ることに賭けたはず。だからこれは罠なんだわ。右に二枚と見せ掛けて、実際には一枚ずつ。これよ)
結論を出した。
「百円玉は、右手に一枚、左手に一枚よ」
(同じ年の発行の硬貨なら、数字では見分けられない。言い換えると、落とした百円玉を拾うときに、『さっき右手に入れたコインなのにどうして左手に入れろというの?」などと突っ込まれる心配が無用になる)
帆里は確信を強めた。
「いいですか?」
「ええ、充分に見たわ。それじゃ、早く始めましょうか」
「――どうぞ」
差し出された二本の腕の先、手のひらに、帆里は百円玉を一枚ずつ置いた。特に理由はないが、年号のある裏を上向きにして。
「では、始めてください」
馬込の合図で、対戦する二人は互いに頷いた。
充分にためを作ってから、手首が返る。
次の瞬間、「あ」という声とともに、コインが床を叩いたコンという音。帆里は予想通りの展開を冷静に見守った。いや、冷静なつもりだったが、何も言われない内から思わず手を伸ばしてコインを拾い上げようと、身体を動かしそうになった。
「すみません。負けたらおしまいだと思うと、手元が狂っちゃったみたいで。帆里さん、拾ってくれますか」
帆里は再三、笑いを堪えるのに苦心した。しかし油断はしていない。しゃがみながらも、相手の様子を窺う。視線を外したのは、コインの位置を見定めるためのほんの一瞬だけだ。
百円玉を拾って立ち上がった帆里の前に、右の拳がぬっと出される。
「お願いします」
軽く開いた右手は何も持っていないように見える。だが、その指の曲がり具合は硬貨を保持するのにちょうどよさそうだ。帆里は敢えて乗った。百円玉を置くと、すぐに握られた。
「次を落とすと失格よ。くれぐれも注意して」
「もちろんです」
再び、向き合う形になる二人。
「それでは改めてやります。ようく見ておいて」
さっきと同様、ためを作ったあと、おもむろに手首が返される。
「――さあ、左右それぞれに何枚ありますか」
問い掛けられた帆里は、脳内で念には念を入れた。
(今の動作で、コインが飛ばれされることは絶対になかった。右に二枚、左にゼロ枚で合っている)
当然、そう答えようとした。が、その矢先、相手の自信満々の表情が目に付いた。口角を上げて笑っている。
(何あの自信は。あなたの手口はとうに露見しているのよ。――待って。最初のゲームで、私はマジックを目撃していたことを明かしてしまった。その事実を知ってなお、お屋敷で演じたマジックをそのまま使うなんて、あり得る?)
一旦生じた疑惑は、当初は小さなものだったが、あっという間に拡大する。
(これって罠なんじゃない? いかにもマジックを行ったように、つまり右手に二枚握ったように思わせておいて、実は何にも仕掛けていない……。あの百円硬貨は、事実、右手から落とした物だったとしたら)
帆里は改めて敵の両拳を見つめた。しかし、膨らみ具合、力の入れ具合は同じように見える。分からない。
「さあ、どうぞ。馬込ディーラーも待ちかねていますよ」
「……分かったわ」
帆里はそう応じたものの、左右に一枚ずつなのか、右手に二枚なのかの確証を得られていなかった。罠ではない可能性も充分にある。疑い出すときりがない。
(流れから言って、私がマジックを見破ることに賭けたはず。だからこれは罠なんだわ。右に二枚と見せ掛けて、実際には一枚ずつ。これよ)
結論を出した。
「百円玉は、右手に一枚、左手に一枚よ」
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