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1-1 無名探偵
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小学生高学年の頃、名探偵の登場する推理小説を初めて読んだ。ミステリコミックよりも推理小説の方に先に触れたのは単なる偶然だろうけれど、それがよかったのだと思う。
初めて読んだ推理小説の名探偵は、名を流次郎といい、僕と同じ名字だった。でも、僕がこの探偵に惹かれたのは、名字の一致が理由じゃない。ワトソン役による記録の形で綴られた怪奇な事件や驚天動地のトリック、意外な犯人といったミステリのエッセンスに魅せられ、そういった謎をロジックで解明する名探偵という存在そのものに憧れを持ったのだ。
僕は長じるにつれ、いつしか名探偵を志すようになる。幸か不幸か、我が家は代々続く物流会社の経営を担っており、当時、業界内では中堅よりも少し上といったランクだった。僕も大卒後、そこに入って勤め人をやっていたのだが、二年目のある日、大きな変化が起きる。時代の移り変わりにより中堅クラスが堅実にやっているだけでは立ち行かなくなり、大手に吸収されることになったのだ。買収額は決して低くなく、また従業員はほぼそっくりそのまま雇用されるし、父にしても役職を用意されるという好条件に、断る理由なんかなかった。だが、一国一城の主の座を降ろされた父は張り合いをなくしたのか、老け込むのが早くなり、病に倒れて帰らぬ人となった。
しばらくは何もせずとも暮らしていけるだけの財産を相続したことで、僕は蓋をしていた気持ちに火が着いた。名探偵を目指そう、と。
いくらか反対に遭ったけれども、押し切って会社を辞め、関東圏の比較的物価の低いテリトリーにて、探偵事務所を構えるに至った。
学生時代までに片手で足りる数の事件を解決した程度で、刑事事件ともなると実績はほぼゼロ、他のことで何か成し遂げた訳でなく、著名人でもない。警察に知り合いなんていない。激弱スペックの僕には、浮気踏査や迷子のペット探しの依頼すらなく、広告しても無駄に終わった。そんな徒労を積み重ねるだけの日々が二ヶ月ほど続いたあるとき、初めての依頼人が現れた。
依頼人である中年女性は年老いた父が家出をしたという表現を用いたけれども、実際には徘徊老人の発見じゃないかなと直感した(その想像は結果から見ても当たっていた)。女性も本心では分かっているらしくて、警察や消防に届けたら大ごとになり、ご近所さんにも知られてしまう、そうならないように捜すのを手伝って欲しいと頼んできた。僕は人捜しに自信がある訳ではなかったけれども、選り好みはしないでこつこつと名を上げていこうとの方針の下、一も二もなく引き受ける。
事前情報として、老人が運転免許を返納して一年くらい経っていること、いなくなった日の朝、車のキーや免許証を探した形跡があったことを知らされた。これら二点から推して自家用車の中にいるのではという仮説を出したが、そこは真っ先に調べました、鍵がないと開けられませんしと却下された。
それでもこの説を捨てきれなくて、依頼人宅のガレージから車を出してもらって、ガレージの中を捜索してみたところ、隅っこで、ぼろきれを被ってすやすやと眠る依頼人の父親を見付けた。ほぼ偶然かつ幸運だっただけなんだが、ガレージの電球が切れたままになっているという話を聞いて、ガレージそのものは暗くて捜しきってないんじゃないかと思ったまでのこと。
とにもかくにも、初めての依頼を首尾よく片付けることができて、ほっとした。しょうもないといえばしょうないことなのに、依頼人からはえらく感謝され、こっちも気分がよくなった。気分がよくなったついでに、どうしてうちに依頼しようと思ったんでしょう?と尋ねてみると、意外な答が。
「一刻も早く捜してもらいたかったから近場の探偵さんがよかったのと、流という名前が気に入ったから。子供の頃、同じ名前の名探偵が出て来る小説を読んだ記憶があって」
驚いたし、うれしかった。僕は名探偵流次郎に救われると同時に、探偵としての第一歩を踏み出す手伝いをしてもらったのである。
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