江戸の検屍ばか

崎田毅駿

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3.検屍馬鹿、目覚める

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「そうか。思ったほど簡単ではないようだ」
 法助らが不安になるようなことを口にする。
 それから高岩は岡っ引き二人に命じて、遺体を庭に出させた。
 そのちょっとした騒ぎを聞きつけてか、近所の連中が一人二人と集まってきて、柵の向こうから遠巻きにする。時は日中、場所は町の外れとあって黒山の人だかりとはならないものの、それでも辺りがざわざわし出した。死体が出たのだと分かると気味悪がってすぐさま立ち去る者がいる一方、話の種になると考えたか、それとも別の何か思惑でもあるのか、足を止めて見物を決め込む者もいる。
「野次馬はよろしくないな。だが、身元を知る者がいるかもしれん。追い払う前に聞いておくとするか」
 亡くなった女に見覚えのある者以外は散れ、と命令口調で場に告げた高岩。反応はすぐにあり、男と女がそれぞれ一名ずつが手を挙げた。彼らを残して他は解散させたのち、二人に別々に話を聞くと、答は一致していた。
「近くの掛茶屋に新しく入った、“およし”という者らしいです。家がどこかはよく知らないようで」
「近くというと、どこになる?」
「ええっと、三筋挟んだ通りの角から二軒目」
 高岩の問い掛けに、多吉が応じる。頭の中で地図を描いて説明しようとしているらしい。が、高岩が知りたいのはそういうことではなかった。
「店の名は何というのだ」
「あ、橋元茶屋です」
「そこがこの娘の住まいって訳ではなさそうだな。新しく入ったと言うからには」
「はあ。その辺りの事情は知りませんが、かわいい子が立つようになったと噂を耳にした覚えはあります」
「そうか。では遣いをやって、そこの者を連れてきてくれ。確かにおよしであるかどうか、明らかにしておかねば」
 多吉は証言をしてくれた二人に、遣いを頼めるかを尋ね、男の方から了承を得た。

             *           *

 床に伏せっていた堀馬佐鹿は、表から聞こえてくる話し声に目を覚ました。「死人が出た」だの何だのと断片的に聞こえるものだから、話の中身が非常に気になる。だが、耳をすませてもしかとは聞き取れない。戸を開ければはっきり分かるかもしれないのだが、風邪を引いている身故、自重に務めねば。いやそもそも、ちょっとでも無理をする素振そぶりを見せれば、小糸おいとが止めに入るであろう。今は薬湯の準備で離れているが、堀馬が些細な物音一つでも立てれば、飛んで駆け付けるに違いない。
 堀馬はしばし考え、意を決した。
「おーい、小糸。薬が用意できたら、すぐに来てくれんか」
 かすれ気味の声を張る。
「はい、ただいま。ちょうど仕上がったところですよ。あれだけ嫌がっていたのに、進んで飲む気になっていただけて、嬉しゅうございます」
 勘違いした小糸は、上機嫌な顔になって足早にやって来た。両手はもちろんお盆で塞がっている。
「そんなに急がずともよいのに。気を付けてくれよ」
「あなたの気の変わらぬ内にと思いまして。さあどうぞ」
「分かったから、そんなに近付くな。うつしたら大ごとだ」
「何をおっしゃいますやら。私が引き受けられるものなら、代わりたいくらい。それだけ佐鹿さんは大事な仕事を担っておられるというのに、風邪なんて引いて」
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