江戸の検屍ばか

崎田毅駿

文字の大きさ
3 / 13

3.検屍馬鹿、目覚める

しおりを挟む
「そうか。思ったほど簡単ではないようだ」
 法助らが不安になるようなことを口にする。
 それから高岩は岡っ引き二人に命じて、遺体を庭に出させた。
 そのちょっとした騒ぎを聞きつけてか、近所の連中が一人二人と集まってきて、柵の向こうから遠巻きにする。時は日中、場所は町の外れとあって黒山の人だかりとはならないものの、それでも辺りがざわざわし出した。死体が出たのだと分かると気味悪がってすぐさま立ち去る者がいる一方、話の種になると考えたか、それとも別の何か思惑でもあるのか、足を止めて見物を決め込む者もいる。
「野次馬はよろしくないな。だが、身元を知る者がいるかもしれん。追い払う前に聞いておくとするか」
 亡くなった女に見覚えのある者以外は散れ、と命令口調で場に告げた高岩。反応はすぐにあり、男と女がそれぞれ一名ずつが手を挙げた。彼らを残して他は解散させたのち、二人に別々に話を聞くと、答は一致していた。
「近くの掛茶屋に新しく入った、“およし”という者らしいです。家がどこかはよく知らないようで」
「近くというと、どこになる?」
「ええっと、三筋挟んだ通りの角から二軒目」
 高岩の問い掛けに、多吉が応じる。頭の中で地図を描いて説明しようとしているらしい。が、高岩が知りたいのはそういうことではなかった。
「店の名は何というのだ」
「あ、橋元茶屋です」
「そこがこの娘の住まいって訳ではなさそうだな。新しく入ったと言うからには」
「はあ。その辺りの事情は知りませんが、かわいい子が立つようになったと噂を耳にした覚えはあります」
「そうか。では遣いをやって、そこの者を連れてきてくれ。確かにおよしであるかどうか、明らかにしておかねば」
 多吉は証言をしてくれた二人に、遣いを頼めるかを尋ね、男の方から了承を得た。

             *           *

 床に伏せっていた堀馬佐鹿は、表から聞こえてくる話し声に目を覚ました。「死人が出た」だの何だのと断片的に聞こえるものだから、話の中身が非常に気になる。だが、耳をすませてもしかとは聞き取れない。戸を開ければはっきり分かるかもしれないのだが、風邪を引いている身故、自重に務めねば。いやそもそも、ちょっとでも無理をする素振そぶりを見せれば、小糸おいとが止めに入るであろう。今は薬湯の準備で離れているが、堀馬が些細な物音一つでも立てれば、飛んで駆け付けるに違いない。
 堀馬はしばし考え、意を決した。
「おーい、小糸。薬が用意できたら、すぐに来てくれんか」
 かすれ気味の声を張る。
「はい、ただいま。ちょうど仕上がったところですよ。あれだけ嫌がっていたのに、進んで飲む気になっていただけて、嬉しゅうございます」
 勘違いした小糸は、上機嫌な顔になって足早にやって来た。両手はもちろんお盆で塞がっている。
「そんなに急がずともよいのに。気を付けてくれよ」
「あなたの気の変わらぬ内にと思いまして。さあどうぞ」
「分かったから、そんなに近付くな。うつしたら大ごとだ」
「何をおっしゃいますやら。私が引き受けられるものなら、代わりたいくらい。それだけ佐鹿さんは大事な仕事を担っておられるというのに、風邪なんて引いて」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

観察者たち

崎田毅駿
ライト文芸
 夏休みの半ば、中学一年生の女子・盛川真麻が行方不明となり、やがて遺体となって発見される。程なくして、彼女が直近に電話していた、幼馴染みで同じ学校の同級生男子・保志朝郎もまた行方が分からなくなっていることが判明。一体何が起こったのか?  ――事件からおよそ二年が経過し、探偵の流次郎のもとを一人の男性が訪ねる。盛川真麻の父親だった。彼の依頼は、子供に浴びせられた誹謗中傷をどうにかして晴らして欲しい、というものだった。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

サウンド&サイレンス

崎田毅駿
青春
女子小学生の倉越正美は勉強も運動もでき、いわゆる“優等生”で“いい子”。特に音楽が好き。あるとき音楽の歌のテストを翌日に控え、自宅で練習を重ねていたが、風邪をひきかけなのか喉の調子が悪い。ふと、「喉は一週間あれば治るはず。明日、先生が交通事故にでも遭ってテストが延期されないかな」なんてことを願ったが、すぐに打ち消した。翌朝、登校してしばらくすると、先生が出勤途中、事故に遭ったことがクラスに伝えられる。「昨日、私があんなことを願ったせい?」まさかと思いならがらも、自分のせいだという考えが頭から離れなくなった正美は、心理的ショックからか、声を出せなくなった――。

神の威を借る狐

崎田毅駿
ライト文芸
大学一年の春、“僕”と桜は出逢った。少しずつステップを上がって、やがて結ばれる、それは運命だと思っていたが、親や親戚からは結婚を強く反対されてしまう。やむを得ず、駆け落ちのような形を取ったが、後悔はなかった。そうして暮らしが安定してきた頃、自分達の子供がほしいとの思いが高まり、僕らはお医者さんを訪ねた。そうする必要があった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし

佐倉 蘭
歴史・時代
★第10回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ ある日、丑丸(うしまる)の父親が流行病でこの世を去った。 貧乏裏店(長屋)暮らしゆえ、家守(大家)のツケでなんとか弔いを終えたと思いきや…… 脱藩浪人だった父親が江戸に出てきてから知り合い夫婦(めおと)となった母親が、裏店の連中がなけなしの金を叩いて出し合った線香代(香典)をすべて持って夜逃げした。 齢八つにして丑丸はたった一人、無一文で残された—— ※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

処理中です...