上 下
23 / 32

23.古巣を訪ねてみれば

しおりを挟む
 ところでつかぬことを聞くけれど、清原さん。僕の誕生日は何月何日にしたのかな?
「僕の誕生日だって? そりゃあんたが一番よく分かってるだろうが。捨て子でもない限り……あっ、そうか。こいつは俺の失態だ。カール・ハンソンの誕生日の話じゃねえよな、当然」
 うん。ディッシュ・フランゴの誕生日、どこかに公的な形で残してしまった? もしそうでないのなら、自由に決めたいんだ。
「ああ。大丈夫だぜ」
 では、僕の新誕生日は旧誕生日と同じにしたい。
「同じとはまた拍子抜けだな。言っておくが、生年までは無理だぞ。フランゴの方が数年若い」
 年はいいんだ。何月何日だけでいい。
「そうか。だったら六月三十日、これでいいんだな」
 僕はしっかりと首を縦に振った。

 自宅の部屋に戻り、地図を広げて場所をようやく認識できた。思っていたよりもずっと近い。直線で結べば、歩いて一時間強といったところか。実際はもうちょっと掛かるだろうから、徒歩ではさすがにしんどいかもしれない。今後のことも考え、足になる物を確保すべきだな。
「蒸気自動車を買い入れるほどの金銭的余裕はないぞ」
 いや、自動車は端から選択肢に入っていないってば。というか、僕カール・ハンソンは運転資格免許証を取得していないんだけれどな。もしかして、ディッシュ・フランゴは運転免許証を取得しているんだろうか?
「一応、技能は身に付けているが、免許となると別だな」
 だよね。今この国では、職業運転手以外に、個人的に運転免許を持っている人は少ないし、車を所有している家庭となるともっと少数だろう。それだけ車を自ら運転する機会なんてないのだ。うちの、というかカラバン探偵事務所ではカラバン探偵の他に秘書のギップスさんが女性では珍しく持っているけれども、ギップスさんだってカラバン探偵のサポートのために取得したんだから職業運転手みたいなものと言える。
 てな訳で、僕は最初から“これ”一択だ。
「――なーるほど。じゃあ先に自転車屋に立ち寄るかい?」
 ああ、そうしよう。生前?に購入した自転車が、まだカール・ハンソンの自宅に残してあるかもしれないけれど、あれを無償で手に入れる術はないだろうからね。もったいないが、やむを得ない出費だ。
 地図を隅々まで見ていくと、幸い、自転車屋は近くにあった。馬車や自動車の整備も兼ねている割と大きな店みたいだ……と当たりを付けて、徒歩で向かう。
 やがて見えてきたのは、きっちりと区画を分けた三つ横並びの店舗で、自転車屋は真ん中で広いスペースを取っていた。
 中古でよい物があればと期待して店主の男性に聞いてみたが、あいにくと残っているのはどれも僕の希望を満たすレベルに達していなかった。近頃は中古自転車が人気で、いい物が入ってもすぐに売れてしまうと言う。
「新車にしておきなさいって、にいさん」
 鼻髭が特徴的な店主は調子よく売り込んできた。
「値引きはできないけれども、うちで新車を買ってくれたなら、一年以内は修理無料、二年以内の下取りもよそより高値を付けてあげるよ」
「下取りって、どの程度まで? 壊れて鉄くずみたいになっても、じゃないでしょう?」
「そりゃもちろん限度ってものはあるが、原則的に乗れて、漕げて、前進できたら認める。ブレーキやランプが健在なほど、高く買い取れるのは言うまでもない」
「なるほど」
 仮にうまく探偵助手として“復帰”できた場合、調査に自前の自転車を活用する場面も多々出て来るだろう。自ずと破損や故障、パンクなどは増えるはず。それを一年間、費用を掛けずにメンテナンスしてもらえるのであれば、とても助かる。そんな計算を働かせて、僕は真新しくて頑丈な自転車を一台、買うことにした。試し乗りをさせてもらって、自分にぴったりであると確認して決めた。
「銀星号とでも名付けるか?」
 清原氏が言ってきた。何のことか分からなかったけれども、言葉の響きがいい感じだったので、その名称をいただくことにする。
 そうして購入したばかりの“銀星号”に跨がり、僕は古巣と言えるカラバン探偵事務所を目指して軽やかに走り出した。

 十五分足らずで事務所の近くまで来たのは認識できたんだけど、それまでに通ったルートとはまったく違っていたせいか、最後に来てまごついてしまった。ハンソンとして勤めているときには気付かなかったが、近くに似た建物があって、裏手から見ればそっくりなんだ。助手として採用されたときは、依頼人が迷わないように注意書きの案内看板か何かを出すことを進言しよう。
 さて、いよいよだ。まだ緊張する段階ではないんだけども、最初が肝心なのは間違いない。好印象を与えられたらいいな。でもまあ最低限避けるべきは、カール・ハンソンの記憶があるが故に不自然な振る舞いをして、結果怪しまれるという事態だな。
「ごめんください」
 探偵事務所のドアの前に立ち、声を掛けると同時にノックをした。
 反応は、すぐにはなかった。もう一度ノックして呼び掛けようかなと思った刹那、室内からどんがらがっしゃーん的な物がひっくり返る音が聞こえてきた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

マスクなしでも会いましょう

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:2

集めましょ、個性の欠片たち

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:2

十二階段

ミステリー / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:8

地球を守れ-Save The Earth-

BL / 完結 24h.ポイント:440pt お気に入り:7

その子の背には翼の痕がある

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:0

それでもミステリと言うナガレ

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:127pt お気に入り:3

コイカケ

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:3

ベッド×ベット

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...