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四.新たな知り合い
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引っ越してきた当初、空きが多かった学生アパートもじきに埋まって、住人同士で挨拶を取り交わした。
自分が病のせいであとどれくらい生きられるのか分からない石上にしてみれば、人付き合いは優先順位が低く、挨拶は簡単かつ適当だった。無愛想だったと言ってもいい。にもかかわらず、ご近所づきあいというものは否応なしに生まれるらしく、隣に越してきた吾妻光及び上の部屋に元から入っていた志熊泰造の両名とは、何となく親しくなった。
二人についてごくシンプルに描写すると、吾妻は小柄で肌が白く、女子からはペットのようにかわいがられそうなタイプ。志熊は大柄で日焼けした顔には髭を蓄え、まるで名は体を表すを地で行くよう努力しているかのようだ。
「いっつも芸能週刊誌の最新号があるから、よっぽどその手のネタが好きなのかと思ったら、意外と知らないんですね」
あるとき、田舎から届いた荷物のお裾分けを名目に訪ねてきた吾妻が言った。ちょうど石上が不要になった古雑誌を片付けているところだったのだ。
「僕が芸能ネタに詳しくないなんて、どこで知ったんだい? 君とはそんな話をした覚えないんだけど」
「何言ってるの石上君。新歓コンパのときに女子勢に囲まれて話していたじゃない」
「ああ、そういえば」
石上は最初、大学で部活動をする気はなかったのだが、吾妻に誘われて見学に行った疑似科学研究所というサークルが案外面白くて入ってみた。自分が今完全な仮説を組み立てようとしていることに相通じるものがあると感じたのが大きい。無論、そんな入部動機については誰にも打ち明けていなかった。
「折角のチャンスだったのに、知らない、興味ないを連発しちゃって、傍から見ていてほんともったいないことするなあって思ったよ」
白い手を強く握って、力説する吾妻。いやいや、おまえの方がもてていただろうがと心の中でつっこみを入れつつ、返事する石上。
「誰それの大ファンだよと嘘をついたってすぐばれるから、意味がない。かえって蔑まれそうだ」
「知ってるふりなんか必要ないんだって。『へえ、誰それ。知らないから教えてよ』とでも応対しておけば、話の広げようがあるってもの」
「ん~、それはそれで興味がないのに興味があるふりを続けなきゃいけない。しんどいな」
「そこが不思議なんだよなあ。興味ないって言うならこの週刊誌は何なのか問いたい」
「そうだなあ、何て言えばいいか」
軽い逡巡の後、石上はある程度話しても支障はないと判断した。
「僕が興味あるのは、鏑木康太郎の記事なんだよ」
「あっ、今話題の。あの人、いい役者さんなのにね。考えてみればひどいと思うんだ。思わない?」
自分なんかよりもよほど芸能ネタ好きらしいなと吾妻を見る石上。
「分かるように言ってくれよ」
「今流行している奇病Xに罹っても、普通は個人情報なんて公表されないでしょ。だけど鏑木康太郎の場合は芸能人だからというだけで、名前が世間に出ちゃった。伝染病、感染症かどうかが確定していないし、気を付けようがないのなら名前出さなくてもよかったんじゃないのって思う。そのせいで自殺に追い込まれちゃったんじゃないのかなあ、あの人」
「そういう見方はできるよな、確かに」
石上が淡々と応じると、吾妻は不満そうに眉間にしわを寄せた。
「え、なに。鏑木さんが浮かばれないから記事の載っている週刊誌を集めてるんじゃないの?」
「そういう気持ちが皆無ではないけれども……元々、うちの家族はみんな、鏑木康太郎という俳優のファンだから」
嘘を織り交ぜつつ、鏑木に関心を持っていても気にしてくれるなというアピールのつもり。
「へえ。じゃあさ、記事をスクラップにしておいているとか?」
「切り抜いちゃいないよ。これはと思った記事だけ、撮影して残してる。個人的に購入した物を個人が使うためだけに複写したのだから問題ないはずだと思うんだが」
他のことに注意を向けさせようと、そんな軽口を叩いてみたが。
「ふうん。家族全員、鏑木康太郎のファンだったのかあ。それならやっぱり、話題にできるじゃないか。決してハッピーな話題ではないけれども」
吾妻は案外、鏑木の名前から離れようとしなかった。
自分が病のせいであとどれくらい生きられるのか分からない石上にしてみれば、人付き合いは優先順位が低く、挨拶は簡単かつ適当だった。無愛想だったと言ってもいい。にもかかわらず、ご近所づきあいというものは否応なしに生まれるらしく、隣に越してきた吾妻光及び上の部屋に元から入っていた志熊泰造の両名とは、何となく親しくなった。
二人についてごくシンプルに描写すると、吾妻は小柄で肌が白く、女子からはペットのようにかわいがられそうなタイプ。志熊は大柄で日焼けした顔には髭を蓄え、まるで名は体を表すを地で行くよう努力しているかのようだ。
「いっつも芸能週刊誌の最新号があるから、よっぽどその手のネタが好きなのかと思ったら、意外と知らないんですね」
あるとき、田舎から届いた荷物のお裾分けを名目に訪ねてきた吾妻が言った。ちょうど石上が不要になった古雑誌を片付けているところだったのだ。
「僕が芸能ネタに詳しくないなんて、どこで知ったんだい? 君とはそんな話をした覚えないんだけど」
「何言ってるの石上君。新歓コンパのときに女子勢に囲まれて話していたじゃない」
「ああ、そういえば」
石上は最初、大学で部活動をする気はなかったのだが、吾妻に誘われて見学に行った疑似科学研究所というサークルが案外面白くて入ってみた。自分が今完全な仮説を組み立てようとしていることに相通じるものがあると感じたのが大きい。無論、そんな入部動機については誰にも打ち明けていなかった。
「折角のチャンスだったのに、知らない、興味ないを連発しちゃって、傍から見ていてほんともったいないことするなあって思ったよ」
白い手を強く握って、力説する吾妻。いやいや、おまえの方がもてていただろうがと心の中でつっこみを入れつつ、返事する石上。
「誰それの大ファンだよと嘘をついたってすぐばれるから、意味がない。かえって蔑まれそうだ」
「知ってるふりなんか必要ないんだって。『へえ、誰それ。知らないから教えてよ』とでも応対しておけば、話の広げようがあるってもの」
「ん~、それはそれで興味がないのに興味があるふりを続けなきゃいけない。しんどいな」
「そこが不思議なんだよなあ。興味ないって言うならこの週刊誌は何なのか問いたい」
「そうだなあ、何て言えばいいか」
軽い逡巡の後、石上はある程度話しても支障はないと判断した。
「僕が興味あるのは、鏑木康太郎の記事なんだよ」
「あっ、今話題の。あの人、いい役者さんなのにね。考えてみればひどいと思うんだ。思わない?」
自分なんかよりもよほど芸能ネタ好きらしいなと吾妻を見る石上。
「分かるように言ってくれよ」
「今流行している奇病Xに罹っても、普通は個人情報なんて公表されないでしょ。だけど鏑木康太郎の場合は芸能人だからというだけで、名前が世間に出ちゃった。伝染病、感染症かどうかが確定していないし、気を付けようがないのなら名前出さなくてもよかったんじゃないのって思う。そのせいで自殺に追い込まれちゃったんじゃないのかなあ、あの人」
「そういう見方はできるよな、確かに」
石上が淡々と応じると、吾妻は不満そうに眉間にしわを寄せた。
「え、なに。鏑木さんが浮かばれないから記事の載っている週刊誌を集めてるんじゃないの?」
「そういう気持ちが皆無ではないけれども……元々、うちの家族はみんな、鏑木康太郎という俳優のファンだから」
嘘を織り交ぜつつ、鏑木に関心を持っていても気にしてくれるなというアピールのつもり。
「へえ。じゃあさ、記事をスクラップにしておいているとか?」
「切り抜いちゃいないよ。これはと思った記事だけ、撮影して残してる。個人的に購入した物を個人が使うためだけに複写したのだから問題ないはずだと思うんだが」
他のことに注意を向けさせようと、そんな軽口を叩いてみたが。
「ふうん。家族全員、鏑木康太郎のファンだったのかあ。それならやっぱり、話題にできるじゃないか。決してハッピーな話題ではないけれども」
吾妻は案外、鏑木の名前から離れようとしなかった。
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