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「水上のハーレム」
3.容疑者達
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刑事二人が次に向かったのは、二番目に有力な容疑者である北野成実補(二十歳)のペンション。
「えっ、滝田さんで決まりなんじゃないんですかあ?」
口をまん丸に開いて、意外そうに彼女は言った。そのあと、他に誰がいるのかしらとばかり腕組みをして首を傾げたのだが、胸を強調するような位置に腕が来ているのは、恐らくは半ば無意識の動作なのだろう。薄い青色のTシャツ越しに、形がはっきり分かる。
「とぼけないで、ご自分のことを説明してもらいに来たんですよ」
「何だか怖いぃ」
北野の反応に俣野は頭を片手で押さえ、権藤にバトンタッチした。頭が痛いのは権藤も変わりなかったが、ここは甘い顔を見せている場合ではないと判断したので、交代はやむを得ない。
「話をそらさんでもらおう。あんた、事件が発覚した段階で、ずぶ濡れだったそうじゃないか」
「それはサイレンにびっくりして、ペンションを飛び出したら、池に落ちちゃったっていうだけですよぉ」
「犯行に及んだあと、濡れた髪を乾かす時間がないから、咄嗟の判断でサイレンを鳴らして、犯行時刻を狭めた上で、水に飛び込んで濡れた髪をごまかした。こうじゃないのか」
「想像で言わないでくださいよー。いくら夏っていっても、四時前だと暗いんだから。信じらんないくらいに」
こっちはあんたの証言が信じられんわいと心の中で毒づく権藤。気を取り直した俣野が、新たに尋ねる。
「起き出すまで髪の毛が乾いていたと示す証拠でもありませんか。“ライクアタック参加中”とか言って、写真をネットに上げたなんて」
「そういうの、全部禁止だからぁ。スマホも何もかも取り上げられているの。もし秘密に持ち込めてもばれた時点でだーめ、失格。それどころか賠償ものだよぉ」
「だったら、ネットに上げないプライベート用の写真なんかもないんですね。参ったな」
「とりあえず、保留だな。あ、そうだ。サイレン鳴らしたのもあんたじゃないんだな?」
「当然ですぅ」
三番目と四番目に疑いの差はない。ペンションの位置が近い方から訪ねただけである。
「江利さんは緊急ボタンは……」
「押していません」
江利ノエル(二十五歳)はりんとした声できっぱり、即答した。それから一転、いかにもなアニメ声で、にこにこ笑みを浮かべつつ、付け足す。
「尤も、押した人だって『押していない』と答えるに違いないのだから、たいして意味はありませんよね」
「確かに。ところであなたのペンションは、門に一番近いですよね」
「ええ。すぐ隣って訳じゃないけれども、他の三つに比べたら。それが何か」
「門が開いた瞬間に、出ていく者はいなかったかと思いまして」
「つまり……元々、第五の人物が隠れていて、鬼塚さんを殺害してから緊急ボタンを押し、開いた門からそっと抜け出た可能性を仰っているんですか」
「はあ。そうなります」
俣野は丁寧な言い方に戸惑いながらも、会話を続けた。
「面白い仮説だと思います。でも、そのような人物を目撃していれば、真っ先に証言してますよ。思いません?」
「思います。だから今の質問は、あなたがその実行犯と共犯か何かの関係にあるのではないかという前提で言っています。いかがで?」
「――あははは。凄い。発想も凄いけど、それをストレートにぶつけてくるなんて」
ひとしきり笑った江利は、目元を指先で拭ってから否定に入った。
「だけど、脅かしても無駄です。塀の内側にはカメラを向けていなくても、外から門のところはカメラがずっと狙っているって、撮影の最初に皆さんに説明がありましたから。出て行く不審者が映っていれば、それが第一容疑者で決まり。なのに全くそんな気配がないということは、門を出て行った者はいないってこと」
「やれやれ。このお嬢さんは僕より上手みたいです。権藤さんから何かありませんか」
権藤は頭を掻きむしりながら考え、質問を捻り出した。
「あー、ペンションは四つとも電話でつながると聞いた」
「はい。それが」
「江利さん、あんたは得意の声色を使って、他の三人の誰かを操ったなんて真似はしてないよな」
「たとえばどんな」
「番組スタッフのお偉いさんになりすまして、命令するんだ。緊急ボタンを押せとか、コテージにいる鬼塚はダミー人形だから、ちょっと行ってきて首を絞めてとか。売れるためなら、何でもやるんじゃないのかね」
「これもユニークな仮説ですこと。でも、残念ながら自分には年配男性のダミ声は無理ですね。たとえ出せて、電話で殺しをやらせたとして、じきに電話は偽者からだったと知られる。そうなったら一番に疑われるのは声優ですよね。メリットが感じられない計画です」
理路整然と返され、権藤もまた沈黙した。
「えっ、滝田さんで決まりなんじゃないんですかあ?」
口をまん丸に開いて、意外そうに彼女は言った。そのあと、他に誰がいるのかしらとばかり腕組みをして首を傾げたのだが、胸を強調するような位置に腕が来ているのは、恐らくは半ば無意識の動作なのだろう。薄い青色のTシャツ越しに、形がはっきり分かる。
「とぼけないで、ご自分のことを説明してもらいに来たんですよ」
「何だか怖いぃ」
北野の反応に俣野は頭を片手で押さえ、権藤にバトンタッチした。頭が痛いのは権藤も変わりなかったが、ここは甘い顔を見せている場合ではないと判断したので、交代はやむを得ない。
「話をそらさんでもらおう。あんた、事件が発覚した段階で、ずぶ濡れだったそうじゃないか」
「それはサイレンにびっくりして、ペンションを飛び出したら、池に落ちちゃったっていうだけですよぉ」
「犯行に及んだあと、濡れた髪を乾かす時間がないから、咄嗟の判断でサイレンを鳴らして、犯行時刻を狭めた上で、水に飛び込んで濡れた髪をごまかした。こうじゃないのか」
「想像で言わないでくださいよー。いくら夏っていっても、四時前だと暗いんだから。信じらんないくらいに」
こっちはあんたの証言が信じられんわいと心の中で毒づく権藤。気を取り直した俣野が、新たに尋ねる。
「起き出すまで髪の毛が乾いていたと示す証拠でもありませんか。“ライクアタック参加中”とか言って、写真をネットに上げたなんて」
「そういうの、全部禁止だからぁ。スマホも何もかも取り上げられているの。もし秘密に持ち込めてもばれた時点でだーめ、失格。それどころか賠償ものだよぉ」
「だったら、ネットに上げないプライベート用の写真なんかもないんですね。参ったな」
「とりあえず、保留だな。あ、そうだ。サイレン鳴らしたのもあんたじゃないんだな?」
「当然ですぅ」
三番目と四番目に疑いの差はない。ペンションの位置が近い方から訪ねただけである。
「江利さんは緊急ボタンは……」
「押していません」
江利ノエル(二十五歳)はりんとした声できっぱり、即答した。それから一転、いかにもなアニメ声で、にこにこ笑みを浮かべつつ、付け足す。
「尤も、押した人だって『押していない』と答えるに違いないのだから、たいして意味はありませんよね」
「確かに。ところであなたのペンションは、門に一番近いですよね」
「ええ。すぐ隣って訳じゃないけれども、他の三つに比べたら。それが何か」
「門が開いた瞬間に、出ていく者はいなかったかと思いまして」
「つまり……元々、第五の人物が隠れていて、鬼塚さんを殺害してから緊急ボタンを押し、開いた門からそっと抜け出た可能性を仰っているんですか」
「はあ。そうなります」
俣野は丁寧な言い方に戸惑いながらも、会話を続けた。
「面白い仮説だと思います。でも、そのような人物を目撃していれば、真っ先に証言してますよ。思いません?」
「思います。だから今の質問は、あなたがその実行犯と共犯か何かの関係にあるのではないかという前提で言っています。いかがで?」
「――あははは。凄い。発想も凄いけど、それをストレートにぶつけてくるなんて」
ひとしきり笑った江利は、目元を指先で拭ってから否定に入った。
「だけど、脅かしても無駄です。塀の内側にはカメラを向けていなくても、外から門のところはカメラがずっと狙っているって、撮影の最初に皆さんに説明がありましたから。出て行く不審者が映っていれば、それが第一容疑者で決まり。なのに全くそんな気配がないということは、門を出て行った者はいないってこと」
「やれやれ。このお嬢さんは僕より上手みたいです。権藤さんから何かありませんか」
権藤は頭を掻きむしりながら考え、質問を捻り出した。
「あー、ペンションは四つとも電話でつながると聞いた」
「はい。それが」
「江利さん、あんたは得意の声色を使って、他の三人の誰かを操ったなんて真似はしてないよな」
「たとえばどんな」
「番組スタッフのお偉いさんになりすまして、命令するんだ。緊急ボタンを押せとか、コテージにいる鬼塚はダミー人形だから、ちょっと行ってきて首を絞めてとか。売れるためなら、何でもやるんじゃないのかね」
「これもユニークな仮説ですこと。でも、残念ながら自分には年配男性のダミ声は無理ですね。たとえ出せて、電話で殺しをやらせたとして、じきに電話は偽者からだったと知られる。そうなったら一番に疑われるのは声優ですよね。メリットが感じられない計画です」
理路整然と返され、権藤もまた沈黙した。
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