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「水上のハーレム」
5.解明
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「そんなあからさまに落胆しないでください。自分だって、ずっと同じ思考経路を辿っていたんですから」
肩を落とした権藤に、俣野は励ましの言葉を掛けた。
「じゃあ、残る二人のどちらかが犯人だろうとも、何らかのトリックを弄したことになるな。どんな小細工なんだ?」
「細工を考えるのに向いていそうなのは、江利の方でしたけど……中上には演劇の経験があるそうなので、芝居をしていたのかも」
「うーむ、しまらんなあ」
刑事二人が揃って小首を傾げたところへ、鑑識課員により新たな情報がもたらされた。
「犯行現場周りの指紋採取、水気のおかげで苦労したんだが、いくらか取れた。と言っても、被害者のものばかりなんだが、ちょっと偏って見付かったところがあってな」
「どこですか」
「ガイドラインと浮島のつなぎ目を中心に、何度も触った痕跡があった。しかも興味深いことに、かなり先の方まで触ろうとしていたようだ。水を被って指紋は無理だったが、油脂分は微量ながら残っていたからな」
鑑識課員が立ち去って、権藤と俣野は再度、頭を捻ることになった。
「何かをしようとしてたみたいですね、鬼塚は」
「それも夜中にな。まさか、暗闇の中、ガイドラインに掴まって泳ごうとでもしたのか? 岸のペンション目指して」
「あり得なくはないですけど、鬼塚の遺体は濡れていなかったと聞いてます。夜が浅い内に泳いだとして、髪は何とか乾かせても、水泳パンツは無理な気が……」
「穿いてなかったのかもしれん」
「いやあ、そいつもどうかなと。鬼塚の方から夜這いを仕掛けたと考えてるんですよね? 仮に合意の上でも、穿かずにっていうのは他人に見られる可能性を考えると、無茶でしょう」
「だったら何なんだ。おまえも意見を出してくれよ。一方的に言わせるだけじゃなく」
「……一方的じゃなく、ですか」
「おうよ。交互に出し合って、真相に近付いていく。これがなきゃ二人で考える意味がない」
「……近付いていく……一方的じゃなく」
ぶつぶつ繰り返す俣野。権藤は「おいどうした」と心配になって相手の顔を覗き込んだ。そうして目が合った。
「分かったかもしれません」
「犯人がか?」
「いえ、犯人を知るにはもう一度、鑑識の話を聞いてからです。でも十中八九決まりだと思いますけどね」
あとになって思い返してみれば、単純な構図だった。
犯人ではなく、被害者の方が岸に移動したのだ。それも、身体を一切濡らさずに。
鬼塚は夜中、闇に紛れてガイドライン二本を手に取り、ゆっくりと、しかし力強く引っ張った。ガイドを通るロープは長さに余裕があり、しなやかなので、じわじわとでも進み、やがて岸に辿り着く。そこで予め約束していた女性と逢い、関係を持とうとした。
だが、女の方にその気は実はなく、殺害こそが目的だった。用意してあった針金で絞殺すると、遺体を浮島コテージごと元の位置に戻そうと試みた。自白によれば、当初は蹴り出すだけで自然と戻るだろうぐらいに考えていたが、そうはならなかった。慌てて反対側のコテージまで走り、ガイドを引っ張った。重くて手応えが感じられなかったが、それでも徐々に動き出したという。途中で左右のペンションにも行き、それぞれの場所からもガイドを引いてみて、バランスを保ち、どうにかこうにか元あった中央付近まで浮島を戻すことに成功したという。
これでもう明白であろう。
犯人は中上妙子で、四箇所ある各ガイドラインに彼女の毛髪が絡まったのは、犯行後の工作の過程で偶然、抜け落ちたもの。鬼塚の指紋が集中していたのも、中上のペンションへと続くガイドだった。
ちなみに動機は、中上の名字の異なる妹が鬼塚にお金をだまし取られ、それが元で自殺未遂を起こしたことにあった。
――「水上のハーレム」終わり
肩を落とした権藤に、俣野は励ましの言葉を掛けた。
「じゃあ、残る二人のどちらかが犯人だろうとも、何らかのトリックを弄したことになるな。どんな小細工なんだ?」
「細工を考えるのに向いていそうなのは、江利の方でしたけど……中上には演劇の経験があるそうなので、芝居をしていたのかも」
「うーむ、しまらんなあ」
刑事二人が揃って小首を傾げたところへ、鑑識課員により新たな情報がもたらされた。
「犯行現場周りの指紋採取、水気のおかげで苦労したんだが、いくらか取れた。と言っても、被害者のものばかりなんだが、ちょっと偏って見付かったところがあってな」
「どこですか」
「ガイドラインと浮島のつなぎ目を中心に、何度も触った痕跡があった。しかも興味深いことに、かなり先の方まで触ろうとしていたようだ。水を被って指紋は無理だったが、油脂分は微量ながら残っていたからな」
鑑識課員が立ち去って、権藤と俣野は再度、頭を捻ることになった。
「何かをしようとしてたみたいですね、鬼塚は」
「それも夜中にな。まさか、暗闇の中、ガイドラインに掴まって泳ごうとでもしたのか? 岸のペンション目指して」
「あり得なくはないですけど、鬼塚の遺体は濡れていなかったと聞いてます。夜が浅い内に泳いだとして、髪は何とか乾かせても、水泳パンツは無理な気が……」
「穿いてなかったのかもしれん」
「いやあ、そいつもどうかなと。鬼塚の方から夜這いを仕掛けたと考えてるんですよね? 仮に合意の上でも、穿かずにっていうのは他人に見られる可能性を考えると、無茶でしょう」
「だったら何なんだ。おまえも意見を出してくれよ。一方的に言わせるだけじゃなく」
「……一方的じゃなく、ですか」
「おうよ。交互に出し合って、真相に近付いていく。これがなきゃ二人で考える意味がない」
「……近付いていく……一方的じゃなく」
ぶつぶつ繰り返す俣野。権藤は「おいどうした」と心配になって相手の顔を覗き込んだ。そうして目が合った。
「分かったかもしれません」
「犯人がか?」
「いえ、犯人を知るにはもう一度、鑑識の話を聞いてからです。でも十中八九決まりだと思いますけどね」
あとになって思い返してみれば、単純な構図だった。
犯人ではなく、被害者の方が岸に移動したのだ。それも、身体を一切濡らさずに。
鬼塚は夜中、闇に紛れてガイドライン二本を手に取り、ゆっくりと、しかし力強く引っ張った。ガイドを通るロープは長さに余裕があり、しなやかなので、じわじわとでも進み、やがて岸に辿り着く。そこで予め約束していた女性と逢い、関係を持とうとした。
だが、女の方にその気は実はなく、殺害こそが目的だった。用意してあった針金で絞殺すると、遺体を浮島コテージごと元の位置に戻そうと試みた。自白によれば、当初は蹴り出すだけで自然と戻るだろうぐらいに考えていたが、そうはならなかった。慌てて反対側のコテージまで走り、ガイドを引っ張った。重くて手応えが感じられなかったが、それでも徐々に動き出したという。途中で左右のペンションにも行き、それぞれの場所からもガイドを引いてみて、バランスを保ち、どうにかこうにか元あった中央付近まで浮島を戻すことに成功したという。
これでもう明白であろう。
犯人は中上妙子で、四箇所ある各ガイドラインに彼女の毛髪が絡まったのは、犯行後の工作の過程で偶然、抜け落ちたもの。鬼塚の指紋が集中していたのも、中上のペンションへと続くガイドだった。
ちなみに動機は、中上の名字の異なる妹が鬼塚にお金をだまし取られ、それが元で自殺未遂を起こしたことにあった。
――「水上のハーレム」終わり
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