1 / 7
1-1
しおりを挟む
古本屋を一旦出て、すぐさま携帯電話をいじる。現在の価格帯をチェックすると、少し前に記憶していたのと大差ないと分かった。これなら、あの絵本は“買い”だ。
店内に引き返し、百円均一のワゴンから、目を付けた絵本を掘り出して手に取った。極々希に、店外で値を確かめている合間に、“お宝”を他人にかっさわれてしまったなんてことも起こるが、店内で携帯電話を操作するのはマナー違反だと考える。携帯電話のカメラで本の中身を撮影していると疑われかねない行為は避けるべし。それが僕、瀬島理人が己に課したルールの一つ。
ところ変われば千円以上の値が付く百円の絵本に、値の安定している写真集一冊、テレビ出演で人気が出て来た評論家の過去の著作一冊、絶版になって久しい少女漫画十五冊で、しめて二千二百五十円。駐車場の車まで運ぶや、書影を撮り、携帯電話を使って販売サイトにアップする。物によっては、オークションサイトに出品した方が高く売れると見越せるが、今回の“仕入れ”にその手の本は皆無だった。
と、午前中にアップしておいた怪獣図鑑に、早くも注文が入っていることに気付いた。すでに古いプロレス雑誌がまとめて売れたし、なかなか幸先がよい。ノルマは簡単に達成できそうだ。あと一軒、仕入れのために回る予定だったが、どうしようか迷う。
アダルトに重きをおいた店で、正直言って、自分はあまり詳しくない。だが、“せどり”のノウハウやコツを教えてくれた先輩・小笠原庄介さんから、定期的なチェックを頼まれているため、時折足を向けている。何でも、現時点では販売自体が違法とされる類のヌード写真集をたまに置いているのが美味しいんだそうだ。いや、ていうことはそれを買い込んでネットで転売するのもやばいんじゃないかと思うんだが。
でも、同じ方角に、僕好みの古書店がある。古書の価値を充分に理解した価格を付ける店で、仕入れの対象とするには不向きだ。でも古い小説や雑誌に特化した品揃えは、店舗自体の古色蒼然とした趣と相俟って、独特の雰囲気を醸し出している。もし将来、自分の店を持つなら参考にしたいと思っている。
そういう風にしてアダルト書店のある方角へ向かうモチベーションを高め、エンジンキーを回しかけたそのとき、注文が入ったことを報せるメールがまた届いた。操作して内容を確かめると、オークションへ出品したある“特別な物”への入札だった。
「本当に来た……」
思わず声が出た。
* *
オークションサイトにはウォンテッド、つまり欲しい品物としてユーザーが登録するコーナーがあるものだが、かれこれ五週間ほど前、とあるサイトに自費出版物をほしがっているユーザー登録者が現れた。「芽森」なるニックネームのその人物は、『透き通る剣の風』という題名の小説を探していた。著者名は美幕志文。どこの自費出版会社かは不明。驚かされたのは希望価格だ。十万円で即決するという。
興味を持った自分は、この本と著者について調べてみた。だが、美幕という著者は、無名のアマチュア作家らしく、検索しても全くヒットしない。活動時期が最近ならネットに創作を発表するなどの痕跡を残していていいはずだが、昔の作家なら、公になった情報がゼロというのもあり得ない話じゃない。
無名作家の小説に十万……ますます興味がわいた。できうるなら、『透き通る剣の風』を手に入れ、読んでみたい。転売は二の次。
手掛かりを得るため、芽森氏宛に、「いつ頃活躍した作家ですか」「出版されたのはいつですか」と問い合わせるメールを出してみる気になったのだが、同じことを考える者は大勢いるらしい。自分が行動に移すよりも先に、追加情報として「一九九四年頃の出版で、活動時期も同じ頃と思われます」との一文がサイトに上がった。他にも「何部刷られたかや、どのように配付もしくは流通されたのかは、全く分かりません。書籍のタイプは多分ハードカバーですが、確証はありません」との説明もあった。
そうなると、この芽森氏はどういった経緯で『透き通る剣の風』の存在を知ったのかが気になる。実は大傑作で評判を聞きつけたのなら、それをもたらしてくれた人物が手掛かりを握っている可能性は大いにあろう。あるいは、そういった伝を頼り尽くしても本を見つけられず、最終手段的にネットに載せてみた、なんていういきさつかもしれないが。
これを問い合わせるメールを出したのが二十日ほど前。だが、返答に当たる新たな追加説明はなされなかった。プライベートな部分に関わるため、明かせないのかもしれない。
手掛かりはほとんどなかったが、それでも十万円という値付けにつられ、古書店巡りの際には留意するようにした。と同時に、ライバルをむやみに増やしたくないという思いから、小笠原さんにはこのことを伝えずにいた。元々、稼ぎの柱を写真集や週刊誌に置いている人だし、誰でも見られるサイトに載っている情報なのだから。
ところが、つい六日前に、判断が間違っていたと知った。ファミレスで昼食を一緒に摂っているとき、小笠原さんがいきなり話し始めたのだ。
「おまえのことだから、当然、『透き通る剣の風』の情報は掴んでいるよな」
口に含んでいたパスタの束を噴きそうになった。顔と目で、どうしてそれをと問い返す。
「俺もたまには文芸書関連に目を通すさ……てのは嘘。実を言うとな、あのウォンテッドを出したのは、俺なんだ」
店内に引き返し、百円均一のワゴンから、目を付けた絵本を掘り出して手に取った。極々希に、店外で値を確かめている合間に、“お宝”を他人にかっさわれてしまったなんてことも起こるが、店内で携帯電話を操作するのはマナー違反だと考える。携帯電話のカメラで本の中身を撮影していると疑われかねない行為は避けるべし。それが僕、瀬島理人が己に課したルールの一つ。
ところ変われば千円以上の値が付く百円の絵本に、値の安定している写真集一冊、テレビ出演で人気が出て来た評論家の過去の著作一冊、絶版になって久しい少女漫画十五冊で、しめて二千二百五十円。駐車場の車まで運ぶや、書影を撮り、携帯電話を使って販売サイトにアップする。物によっては、オークションサイトに出品した方が高く売れると見越せるが、今回の“仕入れ”にその手の本は皆無だった。
と、午前中にアップしておいた怪獣図鑑に、早くも注文が入っていることに気付いた。すでに古いプロレス雑誌がまとめて売れたし、なかなか幸先がよい。ノルマは簡単に達成できそうだ。あと一軒、仕入れのために回る予定だったが、どうしようか迷う。
アダルトに重きをおいた店で、正直言って、自分はあまり詳しくない。だが、“せどり”のノウハウやコツを教えてくれた先輩・小笠原庄介さんから、定期的なチェックを頼まれているため、時折足を向けている。何でも、現時点では販売自体が違法とされる類のヌード写真集をたまに置いているのが美味しいんだそうだ。いや、ていうことはそれを買い込んでネットで転売するのもやばいんじゃないかと思うんだが。
でも、同じ方角に、僕好みの古書店がある。古書の価値を充分に理解した価格を付ける店で、仕入れの対象とするには不向きだ。でも古い小説や雑誌に特化した品揃えは、店舗自体の古色蒼然とした趣と相俟って、独特の雰囲気を醸し出している。もし将来、自分の店を持つなら参考にしたいと思っている。
そういう風にしてアダルト書店のある方角へ向かうモチベーションを高め、エンジンキーを回しかけたそのとき、注文が入ったことを報せるメールがまた届いた。操作して内容を確かめると、オークションへ出品したある“特別な物”への入札だった。
「本当に来た……」
思わず声が出た。
* *
オークションサイトにはウォンテッド、つまり欲しい品物としてユーザーが登録するコーナーがあるものだが、かれこれ五週間ほど前、とあるサイトに自費出版物をほしがっているユーザー登録者が現れた。「芽森」なるニックネームのその人物は、『透き通る剣の風』という題名の小説を探していた。著者名は美幕志文。どこの自費出版会社かは不明。驚かされたのは希望価格だ。十万円で即決するという。
興味を持った自分は、この本と著者について調べてみた。だが、美幕という著者は、無名のアマチュア作家らしく、検索しても全くヒットしない。活動時期が最近ならネットに創作を発表するなどの痕跡を残していていいはずだが、昔の作家なら、公になった情報がゼロというのもあり得ない話じゃない。
無名作家の小説に十万……ますます興味がわいた。できうるなら、『透き通る剣の風』を手に入れ、読んでみたい。転売は二の次。
手掛かりを得るため、芽森氏宛に、「いつ頃活躍した作家ですか」「出版されたのはいつですか」と問い合わせるメールを出してみる気になったのだが、同じことを考える者は大勢いるらしい。自分が行動に移すよりも先に、追加情報として「一九九四年頃の出版で、活動時期も同じ頃と思われます」との一文がサイトに上がった。他にも「何部刷られたかや、どのように配付もしくは流通されたのかは、全く分かりません。書籍のタイプは多分ハードカバーですが、確証はありません」との説明もあった。
そうなると、この芽森氏はどういった経緯で『透き通る剣の風』の存在を知ったのかが気になる。実は大傑作で評判を聞きつけたのなら、それをもたらしてくれた人物が手掛かりを握っている可能性は大いにあろう。あるいは、そういった伝を頼り尽くしても本を見つけられず、最終手段的にネットに載せてみた、なんていういきさつかもしれないが。
これを問い合わせるメールを出したのが二十日ほど前。だが、返答に当たる新たな追加説明はなされなかった。プライベートな部分に関わるため、明かせないのかもしれない。
手掛かりはほとんどなかったが、それでも十万円という値付けにつられ、古書店巡りの際には留意するようにした。と同時に、ライバルをむやみに増やしたくないという思いから、小笠原さんにはこのことを伝えずにいた。元々、稼ぎの柱を写真集や週刊誌に置いている人だし、誰でも見られるサイトに載っている情報なのだから。
ところが、つい六日前に、判断が間違っていたと知った。ファミレスで昼食を一緒に摂っているとき、小笠原さんがいきなり話し始めたのだ。
「おまえのことだから、当然、『透き通る剣の風』の情報は掴んでいるよな」
口に含んでいたパスタの束を噴きそうになった。顔と目で、どうしてそれをと問い返す。
「俺もたまには文芸書関連に目を通すさ……てのは嘘。実を言うとな、あのウォンテッドを出したのは、俺なんだ」
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サウンド&サイレンス
崎田毅駿
青春
女子小学生の倉越正美は勉強も運動もでき、いわゆる“優等生”で“いい子”。特に音楽が好き。あるとき音楽の歌のテストを翌日に控え、自宅で練習を重ねていたが、風邪をひきかけなのか喉の調子が悪い。ふと、「喉は一週間あれば治るはず。明日、先生が交通事故にでも遭ってテストが延期されないかな」なんてことを願ったが、すぐに打ち消した。翌朝、登校してしばらくすると、先生が出勤途中、事故に遭ったことがクラスに伝えられる。「昨日、私があんなことを願ったせい?」まさかと思いならがらも、自分のせいだという考えが頭から離れなくなった正美は、心理的ショックからか、声を出せなくなった――。
扉の向こうは不思議な世界
崎田毅駿
ミステリー
小学校の同窓会が初めて開かれ、出席した菱川光莉。久しぶりの再会に旧交を温めていると、遅れてきた最後の一人が姿を見せる。ところが、菱川はその人物のことが全く思い出せなかった。他のみんなは分かっているのに、自分だけが知らない、記憶にないなんて?
籠の鳥はそれでも鳴き続ける
崎田毅駿
ミステリー
あまり流行っているとは言えない、熱心でもない探偵・相原克のもとを、珍しく依頼人が訪れた。きっちりした身なりのその男は長辺と名乗り、芸能事務所でタレントのマネージャーをやっているという。依頼内容は、お抱えタレントの一人でアイドル・杠葉達也の警護。「芸能の仕事から身を退かねば命の保証はしない」との脅迫文が繰り返し送り付けられ、念のための措置らしい。引き受けた相原は比較的楽な仕事だと思っていたが、そんな彼を嘲笑うかのように杠葉の身辺に危機が迫る。
江戸の検屍ばか
崎田毅駿
歴史・時代
江戸時代半ばに、中国から日本に一冊の法医学書が入って来た。『無冤録述』と訳題の付いたその書物の知識・知見に、奉行所同心の堀馬佐鹿は魅了され、瞬く間に身に付けた。今や江戸で一、二を争う検屍の名手として、その名前から検屍馬鹿と言われるほど。そんな堀馬は人の死が絡む事件をいかにして解き明かしていくのか。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる