マスクなしでも会いましょう

崎田毅駿

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神様ではないができる限りのことを

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「ええっ? みつこ?」
 女性名にちょっと驚いて、小さく声を上げてしまった。幸い、渡辺さんはカップルのいる席に行って、追加のオーダーを取っているみたいだった。
 私は使わなくなった眼鏡ケースがあったのを思い出し、レジ下の筆記用具などを入れた、ごちゃごちゃした箱をかき回した。出て来た青紫色のケースに、丸眼鏡を入れるとちょうど収まった。
 輪ゴムを掛け、インデックスシールに今日の年月日とだいたいの時刻、お客さんの特徴を記してから貼る。
「店長、この洋梨のケーキ、お持ち帰りはできないでしょうかっていうリクエストですが、どうしましょうか」
 眼鏡ケースを仕舞うと同時に、渡辺さんに言われた。お持ち帰りって、まさか食べ残し?そんなにおっきくないでしょうと思った。でもそれは誤解で、新たに購入して持ち帰りたいという希望だった。
 店の厨房で焼いて作った物を、半冷凍状態にして用意している。
「食べ残しではなく新品だし、保冷剤もあるにはあるから、一応、衛生面は大丈夫なんだけれども、適した箱がないのよね。タッパーに入れる物でないし」
 そう話した声が届いてしまったらしく、お客さんが「タッパーでかまいません!」と元気のよい女性の声がした。
 私は急ぎ気味にそのテーブルへと向かった。
「お客様、お持ち帰りになるのはご自宅の方だと思いますが、今からどのくらいあとになりますか。目安だけでも――」
「さあ……五十分ぐらい?」
 女性が男性の方に目を向ける。女性が三十代、男性は四十代辺りに見えた。
「そのぐらいかな。雨が降ってきたら、もうちょっと遅くなるだろう」
 時間は問題なし。
「品質は変わらないのですが、表面のメレンゲは時間の経過に弱く、食感が多少よくなくなると思います。それでもかまいませんでしょうか」
「大丈夫。子供達に食べさせてあげたくなって」
 女性の方は、外見に比べて些か子供っぽい喋り方をするようだ。
「それから、本日中に召し上がってください」
「分かったわ。あ、タッパー代は?」
「お返しに来られなければ、申し訳ありませんが多少上乗せさせていただくことに……」
「うーん。返しに来るのが三月みつきほど後になるのは遅いわよね」
「いえ、大丈夫です」
 応対する内に、ああこれは返って来ないかも、あきらめておくのがよさそうと感じていた。
「ああ、よかった。それじゃ、あのケーキを五つお願いできます?」
「五つですね。――ある? よかった」
 渡辺さんに確認してもらって、個数もクリア。提供することに決めた。
 伝票に追加の書き込みをしてから、ケーキを箱詰めしようと戻り掛けたところで、ふと思い出した。お客二人に改めて向き直り、「あの、もう一つお願いが」と話し掛ける。
「何か」
 今度は男性の方だ。
「お持ち帰りは本来対応しておりませんので、一連のことをインターネット上に書き込んだり、不特定多数の方に話して聞かせたりといった行為はなさらないように、お願いします」
「うん、分かった。大丈夫だよ。僕も彼女もそんな趣味は持ち合わせていないから」
「ありがとうございます」
 ここでお礼を言って頭を下げるのも何だか違う気がしないでもない。けど、まあいいわ。気持ちよく帰っていただくには、できる限り要望に応えたいし、上から目線の話し方もしたくない。
 結局、洋梨のケーキが五個入るちょうどいい大きさのタッパーが見当たらなかったため、やや大きめの重箱みたいなタッパーにお入れして、渡すことになった。

 つづく
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