マスクなしでも会いましょう

崎田毅駿

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出たとこ勝負

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 結局、例の男性は現れなかった。そもそも、二日連続で来店したことはこれまでになかったので、もしかしたら来ないかもと思わないでもなかった。けれども、忘れ物をしてるんだし、眼鏡ってないと日常生活に困る場合もあるし、だったら忘れ物を取るためだけに来ることも充分に考えられるわけで。
「そもそも何で女性の名前が入ってるでしょうね、みさわ・みつこって」
 モップ掛けをしつつ、私が前に思ったのと同じ疑問を口にする連城君。そして、自ら答を捻り出す。
「お、もしかして、男に見えて実は女だった、とか」
「ないわって否定したいけれども、そういう人達も珍しくないご時世だから、分からないわね」
 内心、連城君の発想の柔軟さに驚き半分呆れ半分を感じていた。
「ただ、以前、忘れ物のマスクを手渡ししたときは、確かに男だと思ったんだけど」
「あ、そうか。店長はあの人物と直に接触したことがあったんだ」
 あの男性がお店に初めて現れ、マスクを忘れて行ったとき、連城君は店にいなかった。わざわざ詳しく語って聞かせるほどのエピソードでもなかったので、ざっとしか話していない。
「男だとしたら、付き合っている彼女さんからプレゼント?」
「意味が分からないわよ。どうして恋人へのプレゼントに、自分の名前を彫るの」
「だよねー。でも、彼女さんが相手のことを何でも言うことを聞くペットロボットみたい思ってたとしたら、名前を書いておきたくなるんじゃない?」
「やだな、そんないびつな関係。高校生でよく思い付くわね」
「別に~。これくらいは普通ですよ、普通」
 モップを最後に洗って絞って、「これでいいっすか」と連城君。
「ん、ご苦労様。今日もありがとう」
「どういたしましてー。あ、前に言ってた、期末考査の日程、だいたい分かったんで、約束した通り、その一週間前からシフト離れます」
 彼の通う高校では、アルバイトは届け出さえすれば原則的にOKだが、定期テストの始まる一週間前からテスト期間が終わるまでは、アルバイト禁止。そういう校則になっている。
「七月二日から予定されてるんで、六月二十五日はもう出て来られないっす。カレンダーに書き入れていいですか?」
「わー、待って待って。お店のはだめ。書くのなら個人用の……ううん、やっぱり手帳にメモをしておくわ」
 思い当たる場所に手を当てて、自分の身体を探るがポケットからは何も出て来ない。
「あ、そうだった」
 前掛けを外したとき、そのポケットに入れておいたのを出して、えっと、レジの脇に置いたと。
 記憶を手繰っていくと、手帳は思った通り、レジの脇に窮屈そうに置かれていた。
「はい、どうぞ言って」
「だから六月二十五日です。記憶力、不安だなあ」
 言いたい放題だ。軽そうな外見にこの口の悪さ。なのに憎めない。人柄が出ているということかしら。
「だからこうしてメモを取るのよ」

 木曜になって、くだんの男性が姿を見せた。午前中の私が一人でいるときだった。
 今日は最初から、黒縁の重たい感じの、言ってしまえば野暮ったい眼鏡を掛けている。それはそれで案外似合っている。学者のたまごみたいだと思った。
「アイスミルクティーと塩キャラメル味のクッキーをセットで」
 席に着いたところへ、私が駆け付けるや否や、オーダーを言った。私は伝票に書き付けつつ、どのタイミングで忘れ物のことを切り出そうかと考えていた。
 作っている途中では私の方が気が急く、お出しするときでは注文を待ちかねているかもしれないお客さんに対し、邪魔をすることになる。
 結局、今言うのが一番だと判断した。

 つづく
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