マスクなしでも会いましょう

崎田毅駿

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いない店主にいる子供

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「カウンター席だと、その、やばいでしょうか?」
「いや、さほどでもないと思う。ダクトで外に流しているみたいだから。排出口の真下に立ったら、やばいかもしれませんが」
 やばいにアクセントを付ける男性。何か面白がられている空気を感じる。私はお礼を言って前を向いた。時刻を確認すると、思っていたよりも時間が経っている。この分だとカウンター席が空くのを待つ余裕はないかな。
 結局、カウンター席へ座りたいとのリクエストは表明せずに、この日もテーブル席に。昨日と同じ場所になったのは偶然だろうけど、これはこれで店の人の印象に残っていいかも。
 で、注意されるようなことをしなければいけないのだが……あまりにも常識を欠いた行為だと通報されかねないし、それって店の規則とか店主のキャラクターとは全然関係のないことだから、調査目的から外れてしまう。
 どうしようと悩みながら、一方ではメニューを眺めてどれにしようと悩む。火曜日限定メニューだろうと何だろうと激辛はパス。月曜はライスだったから、今日は麺類がいいか……カレーうどんをチョイスした。出汁カレーとは銘打ってないが、うどんなんだから出汁は入っているだろう。
 昨日と同じ女性店員に注文を通し、ふとカウンターに目をやる。その目が点になったかもしれない。
 店主の姿が見当たらない。
 昨日店主がいたポジションには、大柄な、プロレスラーかラガーマンを思わせる髭の男性が、捻りはちまきをして頑張っている。
 どういうこと?
 お客は不平不満を漏らすことなく、食事にありついている。名物店主だと思っていたけれども、みんな気にしていないのかな。でも、月曜は何だか寡黙で、今日火曜は不在って……あ、そうか。激辛の日は他の人に任せているとか?
 そうに違いないと信じ、確かめるためにオーダーしたカレーうどんが届くのを待つ。五分ほどで女性店員が運んで来た。うまい具合にお客の波に切れ目が来ているようだから、今ならさほど迷惑にならないわよね。
「あの、つかぬことをお伺いしたいのですが」
「何でしょう」
 きびすを返し掛けていた店員は、若干目を見開きつつもにこやかに振り向いた。
「店主の方が、昨日と違うみたいなんですが、何かあったのですか」
 さっき想像したのと全く同じとまではいかなくても、似たような返答が聞けるものと信じて疑わなかった私。ところが斜め右に立つ女性店員は軽く唇を噛み、にこやかさの中に少し困ったような空気を滲ませた。
「ごひいきにしてくださいまして、ありがとうとございます。店主は本日、外せない所用で留守にしておりますが、代理の者も変わりのない味をご提供できるものと思いますので」
「あ、いえ、不満とか文句とかじゃないです」
 クレームを付けていると思われては困る。私は笑顔を作って否定した。
 そしてできることなら、その所用が何なのかも教えてもらいたかったのだけれど、さすがに言ってくれそうにない。こちらもこれ以上突っ込んで尋ねられるはずもなく、会話は終わってしまった。
 二日目も早くも手詰まり感が。というか、これって昨日よりも事態は悪化してない? 店主が出てこなきゃ調査にならないじゃない。所用って今日だけなのかしら。明日は出てくるのか聞いておけばよかった。
 覆面調査のレポートどうしようと頭を悩ませつつ、割り箸を割ってカレーうどんを食べ始める。美味しかった。昨日の出汁カレーよりも、出汁が気持ち、濃いように感じる。思い込みかもしれないけど。とりあえず、店主が不在でもおいしさはキープしていた。ついでに言えば、つゆが跳びにくいよう、麺の長さを適度に短くしているようだ。
 ほぼ食べ終わり、どんぶりの残るスープをどのくらい飲もうか思案していると、店の出入り口辺りから、お客らしからぬ声がいきなり聞こえた、
「おばさーん! 安男やすお君は?」

 つづく
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