マスクなしでも会いましょう

崎田毅駿

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理解が追い付かない

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 最初に聞いていた話と違う、もやが掛かったような状況に不平不満は募っていたのだけれども。
 料理は凄く美味しい。口に合う。連続で三日目だけど、まだ飽きが来ない。もしかすると一日三食の内に二回がここのカレーでも大丈夫かも。
 という風に気に入っただけに、首尾よく調査を終わらせて、来週からは一般の客として訪れたいな。このまんまもどかしい思いを味わいつつけるくらいだったら、さっさと異趣欄に“異変”を報告して指示を仰ぐべきだろうかと思い始めた。これが異趣欄で初めてのアルバイトじゃなかったら、もっと余裕を持てたはずだけど、初めてなんだからちゃんとフォローしてよ!という気持ちが三割ぐらいある。
 それともまさか、これって異趣欄側の私に対する最終テストとかじゃないでしょうね? 調査対象となる店や人が当初言われていたのと異なる状況だった場合、何日目に報告してくるのかを見る、とか。あるいは嘘のレポートを出さないか、とか。
 うーん、正社員候補に対してならまだしも、一介のアルバイトにそんな手間を掛けないよねえ。それに、そんな面倒臭いテストを仕掛けるには、お店側も協力してくれないとできない。この『和カレーの逢太郎』はすでに評判を取っているカレー店であり、異趣欄に頼まれたからって、一時的に店主が方針転換に応じるなんて信じられない。
 私はカレー皿をほぼ空にしたところで、スマホに手を掛けた。このもやもやした常態のまま調査を続けて食事を摂るのは、胃によくない。異趣欄に電話かメールで知らせよう……と決意を固めるためにスマホを握ったのだ。もちろん、実際にこの場ですぐ掛けることはできない。調査は内緒で行ってるんだから。
 そのとき、また店主からの視線を感じた。スマホの画面から顔を起こすと目が合いかけたが、すっと逸らされる。そして何も言わない。
 腹を立てていい場面じゃないかしら。でも、それがきっかけで出入り禁止なんてことになったら、調査が台無しになる。ここはお冷やを飲んで、自分が冷静になるのを待った。と同時に、このあと店を出たら絶対に連絡しようと決めた。
 ところが。
 私の背後で、がらっという音とともに遠慮のない動作でドアが開けられたと思ったら、コンマ数秒のタイムラグでカウンター向こうの店主が、ふわっと沈んだ。膝からじんわり溶け出したみたいに、スローモーションで頭の位置が下がっていく。
 私は思わず手を差し出していた。あとで冷静になってみれば、手が届く距離じゃなかったんだけど、そのときはそうせざるを得なかった。
「大丈夫ですか!」
 身を乗り出して、まだ手を伸ばそうとする。そんなことしなくても、カウンター内にいたもう一人の男性――昨日代理を務めていたがっちりした人だ――と、女性定員が駆け寄ってきて、店主を抱き起こそうとしているのだが。
「お嬢さん、いや、お客さん、すみません。大丈夫です」
「ほんとに? 失礼ですけどご病気では」
 ぱっと浮かんだことをそのまま口にした。だってそう考えたら辻褄が合うじゃない。月曜から今日まで元気がなかったり、不在だったりしたのは病気の兆しが現れていたと解釈すれば。
「年は食っても健康そのものです」
 店主は意外と丁寧な物腰で言って、立ち上がった。両サイドから支えていた二人に「もういい、平気だ」と言う。女性店員の方が何故かしら涙ぐみながら、「でも。よかった。このあとは? 閉めさせてもらいますか?」と店主に尋ねた。え、閉める?
「お客さんがいる限り、閉める訳にゃいかん」
「だった自分が引き受けますから、師匠は行ってください」
 巨漢の男性店員が店主を押し出すような格好をしながら言う。彼もまたちょっと目が潤んでいるように見える。何が起こっているのだろう、これは。
 店内は空いているとは言え、数組のお客がいて、誰もが不思議そうにしているのが分かった。――否、一人だけ意に介した様子もなく、携帯端末を操作し、席を立った男性がいた。
 その男性はつかつかとカウンターの近くまで寄ってくると、店主達に声を掛けた。
「それでは行きましょうか」
「ありがとうございます、ほんっとうにありがとう」
 謎のやり取りが繰り広げられ、私の中ではクエスチョンマークがあふれた。

 つづく
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