籠の鳥はそれでも鳴き続ける

崎田毅駿

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6.落下

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「これがリストです」
 と、長辺から事件のあったテレビ局に当日出入りしていた人物の一覧を渡されたのは、一日経った朝だった。またもテレビの仕事らしく、俺と長辺は控え室にいる。杠葉本人は仕事中だ。
「早いな」
「それはもう、達也を護るためですから」
 長辺の言葉は、昨日の彼の言動と矛盾しているように感じる。
「あれもいい根性をしている」
 リストに目を通しながら、俺は話をつないだ。昨日、立ち直ったあいつは、何事もなかったかのように仕事をこなしていったのだ。
「じゃ、私は達也を見てないといけないんで」
 マネージャー氏はスタジオへ向かうため、出て行った。
 一般の客を入れる公開番組でなければ、収録中は杠葉の側を離れてもいいと許可を得ているので、俺はリストを眺めることに専念する。弁当が局に届けられ、さらに各控え室に配布されるまでの行動も、分かる範囲で調べてもらっている。単純に、アリバイが成立する連中は除外してもいいと考えている。
 その線で進めていったところ、細かい雑用をやる下っ端の人間ばかりが残った。当然、アルバイトもこれに含まれる。
 俺はまず、一人の名を記憶した。赤堀克毅あかほりかつき――当日、弁当を受け取り、配布したバイト学生だ。学生と言ってもこのアルバイトのキャリアは長く、信用されているという。ま、犯人であろうとなかろうと、彼には話を聞かねばなるまい。
 それにしても、失敗だったと後悔する。この赤堀ぐらいはすぐにでも掴まえて、昨日の内に話を聞けばすむことだった。それを、長辺が騒ぎにならぬよう穏便にと言うので、必要以上に大人しくしてしまっていた。俺らしくもない。
 そんな折、飛び込んできた男がいた。見たことのない若者で、俺は身構えた。
「あの、あなたが相原さん?」
 若い男は息を切らせながら言った。そのやんわりとした口ぶりに、警戒を緩める。
「そうだが」
「長辺さんが呼んでます」
「杠葉達也に何かあったのか?」
「詳しくは向こうで……急ぐように言われてますんで」
 彼の案内で広い局内の廊下を走る。どうやって道を憶えているのだろう、やがて目的のスタジオに到着した。騒然とした空気が伝わってくる。
「ああ、相原さん!」
 手を振る長辺の周辺は人だかりができている。駆け寄り、輪を割って入る。
 中心で、杠葉達也が左足のすねの辺りを両手で押さえ、うずくまっていた。
「ライトが落ちたのですか?」
 周囲の状況を見て、俺は聞いた。言葉は一応、丁寧にしておこう。俺が杠葉に雇われた探偵ということは秘密なのだから。確か、長辺のところの芸能プロの新入社員で、見習いマネージャー兼ボディガード役でついて回っているという設定だった。
「そう。まっ逆さまに」
 答えたのは長辺でなく、中年の髭の男。彼が上向きに指を立てているので天井を見やると、等間隔に列んだライトの一箇所が、ぽんと抜けている。
「照明は誰が関わっているんで?」
 小声で俺は長辺に聞いた。
「操作はサブコン――副調整室にいるスタッフが。あの位置に照明を固定したのはバイトだと聞いています」
「ふん……ネジをゆるませておけばライトが落ちることはあるんですね?」
 今度は全員に聞いてみる。さっきの髭の男が口を開いた。
「それはそうだよ。試したことはないがね」
「誰かが下に来たとき、タイミングよく落とせるもんですか?」
「……無理だろうな。そりゃ、紐でも付けて引っ張ればできるだろうけど、そんな目立つ物は見えなかったしな」
「なるほど。どうも」
 俺は頭の中で結論を出す。あとでライトが固定されていた箇所を見なければならないが、リモコンだの磁石だのの複雑な細工がしてあるとは思えない。リアリストとしての結論、ライトの落下は偶然であり、杠葉が脅迫されている件とは無関係なんじゃないか?
「立てるか」
 長辺だけでなく、テレビ局の人間や他の出演者が杠葉に言葉をかけ、手を貸そうとしている。
「何とか……つぅ」
 顔をしかめると、杠葉は伸ばしかけた足を再びかくんと曲げた。結局、杠葉は休むことになった。さしもの長辺も観念したか、このあとの仕事もキャンセルの模様だ。
 とにかく病院へ行き、傷の程度を診てもらう。幸い、骨は無事だったがかなりひどい痣が数日、消えないで残るだろうということだ。
「どうなっているんです?」
 病院から帰りの車中、長辺が言った。まるで俺が悪いかのようだ。ま、ぼさっとしていたから杠葉に怪我をさせたと言えなくもないが。
「……いや、まだ何も分からない」
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