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10.解決とその後

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「あれ、偶然だろう?」
「そうです。あのときばかりはひやっとしましたよ」
 ようやく笑った杠葉。だが、それもすぐに元へと戻る。
「危ない目に遭ったものの、これ幸いとばかり、君は第二の襲撃を受けた風に振る舞った。しかし、それでも要求を飲む気配はないし、警察にも届けない。仕方なく、君はもう一度、襲われるふりをすることに決めた。警備が手薄な地方の小さな営業が、その舞台に選ばれたわけだな。一人、控え室にいるとき、いきなり窓が開いて、男に襲われるという設定。凶器もうまく始末できたし、万全だと思ったんじゃないかな」
「そんなことは思わなかった。ただ、今度のが最後になればいい。これで辞められたらいいと願ってはいましたけどね」
 うつろな笑みを浮かべる杠葉。演技ではなく、本当に顔色が悪くなっているようだ。
「……長辺さん」
 俺は茫然自失の観があるマネージャー氏に声をかけた。
「これでいいでしょう。俺の仕事はここまでだ。あとはあなた達で決めてください」
 そして俺は一人、病室を出た。

 あれ以来、何週間経過したことだろう。俺は充分な報酬を得て、一時的にではあるが満ち足りた暮らしを送れた。
 しかし、気分はすっきりしていない。杠葉達也が芸能活動を続けていることが気になってしょうがないのだ。
 そんなことぐらいしか頭を悩ませる問題を抱えていなかったある日、俺は街で偶然を経験した。
「島原明奈……」
 その小娘を見かけたとき、俺は名前を呼び捨てにしてつぶやいていた。彼女も俺に気付いたらしく、目で驚きを表している。
 そしてどうした理由からか、小娘は逃げたのだ。
 俺は追った。だてに探偵をやってるんじゃない。こんな子供の追跡ぐらい、片目でもできる。実際、ほんの一分足らずで俺は島原に追い付いた。
「何故、逃げる?」
 息も乱さず、俺は相手に詰問する。
「……なーんだ。ばれたのかと思ってたら、そうじゃないんだ」
 作ったような台詞を口にする島原。
「どういう意味だ?」
「達也のこと」
「あいつのことなら妙だとは思ってるさ。あれだけの大騒ぎがあって、どうしてまだやってるんだってな」
「……いい人だから教えてあげるよ、相原さん。パフェをおごってくれたらね」
 俺は相手の要求を飲んだ。これで疑念が晴れるなら、実に安い買い物だ。それにしても、再びこんな小娘と喫茶店で相席しようとは想像もしなかった。
「さて、話してもらおうかな」
 舞台は整っていた。以前と同じ、パフェにコーヒー。演じる役者も同じだ。違っているのは配役だけかもしれない。
「もう、長辺んとことは切れてるんでしょ、探偵さん?」
「ああ」
「だったら、いいかな。絶対に漏らさないでね。……あのね、相原さんも達也の計画に乗っちゃってたんだよ」
「達也の……計画……?」
 相手の言葉を俺は繰り返した。さっぱり分からない。
「達也が仕事のことで悩んでいたのは本当。でも、それは辞める辞めないじゃない。ギャラが少ないってこと、それだけだったの」
「……」
 黙っていた。もう、おおよその察しはついたが、解説を聞くことにする。
「すごく稼いでいるはずなんだけど、渡される額はその十何分かの一だって、達也は言ってたわ。抗議してもまともに取り上げてもらえない。それで考えたのが、自分が仕事を辞めたがっているという設定。辞めたがっているのをプロダクション側に引き留めさせるため、あんな手の込んだことをやったんだ。うまい具合に達也はそれなりに売れてたから使える手よね。おかげで今、達也のギャラは大幅にアップしているよ」
「自殺未遂も作り話か」
「うん」
 あどけないまでの笑顔で認めた島原。
「車のタイヤなんて、私、放り投げられないよ。多分、火事場の馬鹿力を発揮しても無理。だいたいさ、初めて相原さんと会ったとき、私が喋ったことのほとんどは、達也から指示が出ていたんだよ。これこれこーゆーことを向こうに教えてやれって。達也、感心していたわ。あれだけのヒントでこうもうまく推理してくれるとは思ってもいなかった。あの探偵にも感謝しなきゃなって」
「そうだろうとも。俺でなきゃ、おまえらの気持ちはまったく分からなかったはずさ。事件の顛末も、こううまく転がりはしない」
「そうよね。でも、私、悪いことをしたなんて思ってない。みんなが喜んでいるんだもの。達也はお金が手に入った、私は達也の役に立てた、相原さんは報酬を受け取った」
「マネージャー氏は?」
 パフェを頬張る彼女に、俺は聞いてみた。
「長辺? そうねえ」
 いたずらっぽく笑う少女。
「達也みたいな将来のスターを手放さずに、元のように置いとけたんだから、喜んで当然よ」
「ふ、違いない。杠葉達也は役者でも成功しそうだからな」
 俺は自嘲気味に笑った。その笑いはやがて本物の笑いとなった。

――終わり
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